"五感とは、動物やヒトが外界を感知するための多種類の感覚機能のうち、
古来からの分類による5種類、すなわち視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚をさす。
「五感を鋭くする」など、人間の感覚全体を指す場合もある。"
auditory stimulation
「・・・・なぁ、あの耳に突っ込んでるの、なんだ?」
恋次が不思議そうにすれ違う人を見る。
「ああ、アレは音楽聴いてんだよ。」
ほら、と手持ちのiPODを見せてやる。
なんだこりゃ?と不信気な恋次。
義骸に入って普通の人間に見えるとはいえ、中身は所詮死神。
遠い遠い昔に死んだ魂。
こちらの風習を全て知っているわけではない。
もつれたコードをなんとかほどいた処で、
上背のある恋次の耳に手を伸ばし、ヘッドフォンの部分を突っ込んでやる。
ぐりぐり耳の中で探って何とか落ち着くところを探してやってるっつーのに、
肝心の恋次はiPOD本体を弄るのに夢中。
「ぅおおおおっ?!」
びくっとあからさまに驚く。
いつの間にかonになっていたらしい。
ヘッドフォンと恋次の耳の間から、カシャカシャと音楽が漏れ聞こえる。
そりゃーな。
そんな音量じゃ、俺でもビビるっつーの。
耳の横を払うように手をバタバタしたり、挙句の果てには耳を防ごうとしたりするんで、
こりゃーパニくってると思った俺は、親切にもヘッドフォンを抜いてやった。
「・・・・なんだこりゃっ。よくこんなの聞いてられるなっ!!」
いやフツウ、最大音量じゃ聞きませんから。
モノに向かって怒らないように。
ほら、と音量調節してもういっぺんヘッドフォンを両耳に突っ込んでやる。
ふっと身体の動きが止まり、紅い眼が空を彷徨い出した。
どうやら聴きだしたらしい。
あごが引かれ、両手が耳に当てられる。
身体が軽く揺れだす。
瞼がゆっくりと降りてくる。
僅かに眉間の皺が緩み、口角も上がる。
初秋特有の蒼い空の下、高く結い上げられた紅い髪は身体の揺れを追うようにざわめく。
逆光で紅色に深みが増す。
でも輪郭は光に縁取られてるから、そのコントラストに思わず眼を奪われる。
ゆっくりと開けられた眼。
紅い虹彩はどこか遠くに向けられる。
何が見えてる?
何を想ってる?
世界から音が消えたような気がした。
すぐ側に居るはずの恋次が遠くに見えた。
思わず恋次の片腕を掴み、引き戻す。
「・・・・どうした?」
見下ろしてくる恋次の眼はなんだかいつもより穏やかで。
「・・・・いや、なんでもないけど。」
思わず眼を逸らす。
なんかこれじゃ恋次みたいじゃないか。
背を向けて歩き出す。
「オイ。」
数歩行ったところで呼ばれて顔を向けると、恋次がソレを投げてよこした。
「え? もういいのか?」
すっげー気に入ってたみたいだったのに。
「ああ、いらねー。
俺にはあわねーみたいだ。五感全部持ってかれちまう。
よく皆、あんなの聞きながら街、歩けんな。信じらんねー。」
相変わらずのそっぽ向いた仏頂面に思わず笑いが漏れる。
俺を気遣ったつもりか?
「いや、オマエみたいに真剣に聴かないから、フツー。
聞き流すもんなんだよ。」
へーそーかい、どーせ俺はフツーじゃねーよ、と俺の応えに不満げな赤死神。
別にそこ、怒るとこじゃないんだけど。
オマエのそういうところがいいんだけど。
絶対言わない言葉を胸に、俺はまた歩き出す。
赤死神が後に続く。
世界は雑音に溢れていて、言葉も無い俺たちを優しく包む。
互いの足音が穏やかに交錯して、あるはずの無い永遠が続くような気がした。
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