drinkin'
片付いた、というよりは閑散とした恋次の部屋。
手洗いから戻ってみると主はいなかった。
月がないから闇が深い。
それでも気配を手繰って障子の外、縁側に出ると、
星明りを浴びて静かに飲む恋次の姿があった。
この男は急に静かになる。
気配が感じられないぐらいに自分を消すことがあって、実はそれが俺は苦手だ。
こんな横顔を見せられると、どうやって声をかけていいかわからなくなる。
「座れよ」
声を掛けられ、俺は我に返った。
視線を中空に向けたままの恋次の横に座る。
湯飲みに注いだ酒をもらう。
飲みあぐねて手の上で湯飲みを遊んでいると、ぐい、と恋次が飲み干す音が聞こえた。
先程までの飲み方と違う。
飲み屋では大騒ぎしながら、そりゃあ楽しそうに美味そうに飲み続けていた。
でも今は、まるで苦い薬でも飲む様。
眉間の皺は深まり、視線は宙を彷徨う。
恋次。
俺がここにいるの、知ってるか?
そう問いかける糸口さえつかめない。
外界を拒絶するかのような、一人で飲むことに慣れた姿。
終には恋次の横顔さえ見ることができなくなる。
だから、同じく正面を見つめる。視線の先は違うと思うけれども。
孤独。
そんな言葉が胸に浮かぶ。
きっと恋次は独りだ。
それはルキアでも変えられない。ましてや俺では。
「飲まねーのか」
声を掛けられて我に返る。
「飲むけど、ちょっと休憩。」
言い訳にもならない言葉が零れ落ちる。
そうか、とだけ頷いて恋次はまた酒に戻る。
いや、独りに戻る、といったほうがいいか。
どれぐらいそうやっていただろう。恋次が口を開いた。
「なあ。命の重さって平等だと思うか」
わからない。
だからそのまま答えた。
そうか、と短く答え、恋次はまた酒瓶に手を伸ばす。
酒を注ぐ音がいやに耳につく。
「今日、隅で飲んでた奴らな。あいつら最近、同期が何人も死んだんだ」
だれだろう。印象に残っていない。
「・・・・しょーがねーよな。弱かったんだから」
それは違うだろ、といいかけた言葉を飲み込んだ。
命は平等だと教え信じる現世とは異なる。ここは俺達のとは違う世界、異なる価値観。
言葉を続ける恋次の顔に表情はない。
「命はさ、多分平等だ。でも価値が違って来るんだ。死神なんかやってると」
そうかもしれない。
「生きるということはいつか死ぬってことで、その点は皆、一緒なんだけどな。
でも犬死っていうのもな」
そう言って初めてこちらを向き眼をあわす。
「そういう言い方も、犬に迷惑だよな、ほんと」
この男はどれぐらいそういう思いをしてきたのだろう。
同期や同僚を亡くして、そのたびに“弱かったから仕様がない”と、
あるいは他の言葉を自分に言い聞かせてきたのか。
俺は幸い、まだ仲間を亡くしていない。
ルキアだって無事に生きてるし、他のヤツラだってちゃんと元気だ。
でも今回のことで、あいつらのうち、一人でも死んでいたらどうなっていたんだろう?
“弱かったらしょうがない”と、言っていたのだろうか。
「なぁ」
何時の間にか虚空に視線を戻した恋次がつぶやく。
「オマエは死ぬなよな」
わからない。
死にたくないけど、それより大事なことは一杯あるような気がする。
恋次が眼を覗き込んでくる。
「生き延びてこその命だ。わかるな?」
その眼に俺が映る。それが少し歪んでいるようで。
俺はこの男を弱くしてしまったのだろうか。
だからはっきりと否定する。
「ぜんっぜん、わかんねぇ」
一瞬の沈黙。でもその後恋次が破顔した。
「そっか。わっかんねぇか!」
ゲラゲラ笑いながら、俺の背中をバシバシ叩く。
「・・・なんだよ。わかんねーんだからいーじゃねーかよ!」
あまりに笑われっぷりに腹が立つ。
背中もイテーよ!
「そーかそーか、わかんねーか。そーだよな。うん、そうだそうだ。
そんじゃ今日は飲め!」
俺の湯飲みをぐいぐい押してくる。
関係ねーだろ。
そう思ったけど、恋次は嬉しそうで、やけっぱちって訳でもなくて、それが妙に嬉しい。
「よし、わかった。今夜は飲むぞ。」
腹を決めて宣言する。
恋次は嬉しそうに肩を組んでくるから、つい湯飲みを開けてしまう。
だって、独りで飲ませたくない、と思ったんだ。
オマエは死ぬなよ。
恋次の言った言葉が、そのときの表情が頭の中をぐるぐる廻る。
そのぐるぐるが最高潮になったとき、意識が落ちた。
そして気がつくと、まぶしい朝日。
眼が痛い。気持ちも悪い。頭も痛い。何がなんだかわからない。
そして無情な恋次の言葉。
「二日酔いかよ、ダッセー。
加減して飲めよな、コーコーセーなんだからよ。」
誰のせいだと思ってるんだテメー!!
叫びたくても叫べない。声を出したら吐きそうだ。
唸り続ける俺を尻目に恋次は更に言葉を重ねる。
「これだからお子様は世話が焼けていけねーよな?!」
にやにやにや。
そのにやけ面、ムカつく。
顔洗って出直して来い!とも言えないこの体。もっとムカつく。
でももう気力がない。
俺のヘタレ!と心の中で毒づきながら、
一応ちゃんと介抱してくれる赤死神に頼らざるを得ない我と我が身の不幸を嘆く。
救いは、昨夜の孤独の色が、恋次からの眼から消えていたこと。 それはともかく。
酒は飲んでも飲まれるな。
そんな言葉がアタマをぐるぐる廻る、二日酔いの朝。
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