This flower that you threw to me
「お、水色。何、聞いてんだ?」
帰宅途中、なんとなく群れて歩いていると例の如く啓吾が水色にチェックを入れた。
見ると水色は上の空で、何か音楽を聴いている。
「んー? カルメン組曲。」
「・・・は? なんですかソレは。」
啓吾が目を白黒させていると、チャドがボソリとつぶやいた。
「ビゼーが作曲したオペラだ。」
「はぁぁ? オーペラァァァ?」
啓吾の目は真ん丸くなる。叫ぶ前兆だ。
あーうるせー。
「わかった! オンナ関係だろ、オ・ン・ナ!」
鬱陶しそうに水色は返す。
「あったりまえでしょー、そんなの。
昨日、マリエさんと観に行ったの。復習、復習。」
ちくしょーこいつ、またかよ!
オペラなんかそんな高いだけで食えないもの放っとけーー!と、
啓吾は絶叫しながら水色のMP3を奪い取って、俺にソレを投げて渡す。
「受け取れ一護! こんなセレブなやつ、捨てちゃえーーー!」
ぎゃーぎゃーうるせえんで、耳に蓋ついでにとりあえず聞いてみる。
途端、切なそうな男の高音が聴こえてきた。
何言ってんだかさっぱりわかんねぇ。
でもこいつ、きっとすごく辛い。
ちょっと巻き戻してみる。すると耳になじみのある音楽。オンナの声。
「おい、水色。これなんて曲だ?」
どれどれ、と水色が片一方のイヤホンを聞く。
この際、あーーーずるーい、2人だけの世界なんて!と叫ぶ啓吾は放っとく。
「これ、ハバネラ。
カルメンがホセを誘惑する有名な曲だよ。赤い花、投げてね。
このカルメンってのがいい女でとにかく魅力的なんだよ。
妖艶って言葉がぴったりの役割なんだけど、そのくせリリカルなんだよね。
なんか無防備で危うくて。でも押しがキツくってさ。
誘惑しておきながら、あっさり捨てちゃうんだよね。
ぼく、すっかりまいっちゃった。」
ペロンと舌をだす水色にすかさず啓吾が、お前は年上なら誰でもいーんだろと絞める。
水色はいたいいたいと文句をいいながらも、カルメンの話を続ける。
「ホセはさ、もうカルメンが好きで好きで仕様がなくなっちゃって、
庇い立てして牢にまで入るし、フィアンセ振っちゃうし、最後にはカルメン殺しちゃうし、
とーんでも無い短気な嫉妬深い田舎モノなんだよね。
自分のものだと思ってるし、ことあるごとにナイフ出すし。
ま、確かにカルメンは魅力的だけど、殺してまでってわかんないな。」
そりゃーそうだろお前は選び放題だからな、とまた啓吾が水色を絞める。
きゃーとかぎゃーとか、うるさいことこの上ない。
でも俺はといえば、心此処に在らず。
「赤い」花ってなんだよそれ。
無防備で危うくって押しがキツいってのもアレだ。
最近、姿を見せない俺の赤い死神。
「でもさ、本当に惚れちまったらそういうこともアリなんじゃないの?」
つい、口をついて出た言葉に、我ながら唖然。
「・・・一護?」
啓吾も唖然。
でも水色はやっぱり水色で、
「ふーん、一護、男心がわかるようになっちゃったんだ。
で、夏休みになにがあったの?」
にこにこにこにこ。
あー、こいつの笑顔はヤバイ。
「そんなによかったんだっだら、今度コピーしとこうか?」
「・・・うーん、遠慮しとく」
そう?と怪訝そうな水色にMP3を返してちょっと足を速める。
あー、俺ってほんと、ヤバいかも。
「嫉妬深い、すぐナイフを振り回す田舎モノ」ってそれ、なんか、まんま俺じゃねーか。
もしかして、俺って結構ダメなのか?
頭ん中、アイツでめちゃくちゃ一杯だし。
なんかひたすら待ってるっぽいし。
ウザい。マジ、ウザい。
牢屋に入ってたそのホセっつーダメ男も、きっとおんなじぐらいウジウジ腐ってたんだ。
っつーか、俺も牢に入ってるクチ?
全然こっちからは会いに行けねーしさ。
あーほんと、牢の中。
でも。
突然、視界を横切る赤と黒。
他の奴らには見えなかったかも知れないけど!
でも俺は!
「悪ィ! 俺、ちょっと先帰る!」
言い捨てて、走る。
後ろで、ちょっと待ってよって叫び声が聞こえたような気がするけど、
ホント、ワリィ。
今はダメだ。
そんで俺は突っ走る。
今見えた赤の残像へ。
角を曲がると案の定、相変わらずの仏頂面。
視線はナナメ。
「よぉ、一護。生きてっか。」
いつもの色気も素っ気もないアイサツ。
「おー、おかげさんでな。ちょうど今、脱獄してきたところだ。」
「脱獄ゥ? 一体てめー、何やらかしたんだ?!」
本気にして、目を白黒させる恋次は無防備だ。
そんで危うい。
リリカルってのはちょっとわかんねーけど、
でも魅力的ってーのはヤバいって思う。
惚れた弱みというか。
「なんもしてねーよ。 冗談だ、冗談。」
明らかにほっとして、冗談にならねーんだよテメーの場合はよ、と悪態をつく赤死神。
こんな他愛無いことで心配してくれるなら俺、田舎者ホセにならなくて済みそうだ。
そして俺たちは家路を急ぐ。
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