上巳
「ごめん、今日、今からはちょっとダメなんだ」
「へ?」
我ながらなんてマヌケな返答。
あまりにマヌケすぎて、一護でさえ反応できない。
沈黙が落ちる。
やっと現世に行けるってのに。
いつもイヤそうな振りしても、結局のところ何を押しても俺に付き合うくせに。
それが数週間ぶり、ようやく溜まりに溜まった仕事の合間を縫って連絡してみれば会えないと言う。
なんだそりゃ。
「そっか。じゃ仕方ねーな」
「あ、ちょっと待てよ恋次っ。切るなって・・・」
ブチッ。
音を立てて伝神機を切る。
直前になんかわめき声が聞こえたが、知ったこっちゃねえ。
ガキくせえとは思うが、断られるんのは気に食わねえ。
こちとら慈善事業やってんじゃねーっての。
ガキの都合にそうそう合わせてられるかっての。
当然食いついてくると思ってた自分が阿呆みたいじゃねーか。
胸糞わりい。
「あ、お帰りッスか? お疲れ様でした」
ささくれ立った気持ちを抑えつつ執務室に戻ると、
午後一番に宣言したとおり、朽木隊長は早めの帰宅の準備をしていた。
席についてまた書類の束を手に取る。
所詮、仕事は山と積もっているのだ。
現世に行かないなら行かないでやることはたくさんある。
隊長も今日は自宅だから一人で残業。
自分のペースで結構多めに残務をこなせるかもしれない。
一汗かきに鍛錬場に行ってもいいかもしれない。
久々に十一番隊に行って、一角さんに稽古をつけてもらってもいいかもしれない。
その後、呑みに行ってバカ騒ぎしてもいいかもしれない。
最近、ヒマさえあればあの子供のところに入り浸ってたし、
時間の使い方、もうちょっと考えたほうがいいのかもしれない。
俺もいい大人なんだし、死神なんだし。
「・・・・・聞いておるのか恋次」
「え? あ、すみません」
顔を上げると、隊長がこちらを呆れ顔で見ていた。
どうやら書類の束を握ったまま、俺は意識を飛ばしていたらしい。
隊長がため息をつきつつ俺に訊いた。
「今夜、屋敷にくるのかと訊いておるのだ」
「へ?」
ああ、まただ。何てマヌケな返答。
最近の俺、マヌケ度上がってねーか?
「何を聞いていたのだ、貴様は。
今日は上巳だから、内々で祝い事をすると申しておる」
「・・・・じょうし」
「桃の節句だ」
「あ、ルキアの!」
「やっとわかったか。それで来るのか来ぬのか」
隊長がかなりイライラしてきてるのが見て取れる。
「あ、伺います。でもいいんですか?」
「いいも何も、あれが望んでおる」
「アレ?」
「・・・・ルキアだ」
アレって、そんな言い方しなくても。
歯切れ悪すぎ。
らしくなさすぎるぜ、隊長。
「何がおかしい」
「いえ、何でもないッス。喜んで伺います」
いつもの仏頂面を更に顰めさせて隊長は帰り支度を整えた。
「あっ!」
「・・・・なんだ恋次」
そうだったのか
桃の節句、一護の妹達。
「・・・いえ、何でもないッス」
「少しは落ち着け。貴様は全く成長してない」
「申し訳ないッス」
「つか隊長。ルキア、結構いい年なんですけど、いつも桃の節句、祝ってるんッスか?」
「・・・初めてだ」
なら何を今更、桃の節句。
大体、桃っつーガラじゃあねーだろ、隊長。
楽しいはずの祝い事に、いつもの仏頂面で挑む隊長の顔が目に浮かぶ。
その前に神妙な顔をして座るルキア。
だだっ広い空間を埋め尽くす沈黙、重量と密度を増す空気。
容易に想像がつく。
あ、もしかして俺、また、場の和ませ役?
つか声の届く距離での伝書鳩役?
最近の俺、道化役が増えてねーか?
「早く支度しろ」
「はい」
もう夕刻を過ぎて暗くなっている。
あのだだっ広い屋敷は今頃星の数ほどの灯火に照らされ、
夜闇に浮かび上がっているのだろうか。
飾り立てられたルキアが身の置き所のない風で待っているのだろうか。
雛人形とか似合わなさそうだなあ。
一護も今頃、仏頂面で祝ってるんだろうか。
あの騒々しい家族に囲まれながら。
あんな風に連絡を切ったのに、掛けなおしてこないところをみると、
今頃、家族サービス中なのだろう。
次に連絡したとき、どんな風に言い訳してくるのだろうか。
この目の前の上司のように、仏頂面に輪をかけて照れ隠しをするのだろうか。
今日の仕返しに思いっきりからかってやろうか、
それとも何もなかったことにして肩透かしを食らわすか。
どちらにしても面白そうだ。
楽しみが増えた。
「何を浮かれておる」
「・・・・・だって美味いものが腹いっぱい食えるんっしょ?」
「全く貴様は・・・」
呆れ顔を通り越した隊長の顔までが心地いいのは、きっと気のせいだろう。
それにしても全く。
あっちもこっちもシスコンだらけだぜ。
世話が焼けるこった。
2007.桃の節句
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