廃工場の暗がりの中、突然、一護が首に手を伸ばしてきた。
いつものように刺青や鎖骨を辿るわけでもなく、ただ掌を首の側面に当てる。
しばらく探るように掌をあちこちに押し当てていたが、これ、というところを見つけたらしい。
今度はその一点を指で軽く触ったり押したりしている。
両の手の指が、そっと首の両側、頤の下に当てられる。
一護の指の下で脈が打つのを感じる。
頚動脈
圧迫する一護の指を舐めて、弾力のある血管の中を血が通り抜ける。
どくり、と音にならない血液の蠢きが一護の指に伝わり、俺の身体に反射する。
身体に刻まれたリズムが克明になる。
目の前のオレンジの髪の毛がふわふわと鼻腔を刺激してくすぐったいし、
それにいいかげん、首ばっかり注目を集めてるのもつまらない。
その眼を見たくて顔を上向かせようとした直前、
急に一護の両手が俺の首の後ろに廻され、上半身ごと引き下ろされた。
相変わらずの、手前勝手な子供の手口。
今度は指の代わりに顔が首に寄せられる。
口唇がそっと押し当てられる。
「これ、一回止まったんだよなぁ。」
淡々と静かに、押し付けられた口唇から吐き出される。
音になりきれていない言葉が、首の薄い肌を通して流れる血流に直接注ぎ込まれる。
「でも動いてるんだよなぁ。」
一度は止まった血の巡り。
肉は腐り、骨さえ塵と消えてしまったのに、その記憶を辿り、形作られたこの身体。
なんて不条理。
「熱いよなぁ。ちゃんと。」
感情を押し殺した抑揚の無い言葉が一護の不安を表す。
一護、と名を呼んで軽く後頭部を撫でてやると、
音に為りきれない言葉が、ギリ、と歯軋りになって一護の口から漏れる。
背中を宥めるように撫で下ろしてやると、押し殺したため息もこぼれた。
不安に揺れる腕の中の身体が温かい。
一護が口唇を一層強く俺の首に押し付け、強く吸い上げた。刺すように痛む。
この馬鹿。また、痕つけやがって。
だがその痛みが疼きに変わり、隠れていた欲望を引きずり出す。
「オマエもコッチ側にくるか?」
囁きかけ、僅かに身体を離す。
俯いたままの喉に手を掛けると、すっぽり手の中に納まるまだ細い首。
掌に一護の拍動が伝わる。
生きている肉の律動。
親指を交差させ、頚動脈と気管を強く同時に締める。
更に強く一護の首を締め上げると、力強い拍動が指を震わせる。
心臓は力の限り血を送り出すのに、血管は半端にせき止められて血流を阻む。
気道は震え、空気の往来を求めて俺の指を押し返す。
空気と血を欲しがる一護の体中から悲鳴が聞こえるのに、肝心の口は何も言ってこない。
血圧が落ちたのか、急に身体が弛緩した。
手を緩め、手の中の一護に問いかける。
「なぜ抵抗しない?」
ひとしきり咳き込んだ後、くくっと鳩みたいな音を喉から出した。
うつむいたままで顔が見えないけど、笑ったのか?
「このままってのも悪くねーよなーって思って。」
かすれくぐもった声。
「馬鹿! 悪いに決まってるんだろ。まだガキなんだから。」
思わず反論すると、肩を僅かに震わせて一護が哂う。
「・・・オマエ、言ってることとやってること、メチャクチャ。支離滅裂。」
喉から手を外し、抱きしめる。
「全くだ。」
急に血の巡りが良くなって眩暈でもしたのか、一護の身体から力が抜ける。
抱きしめていた腕を腰の辺りに移動させ、その身体を支える。
一護はそれに乗じて俺の首に腕を廻してきた。
そのまま首に顔をうずめる。
「でも俺も同罪。さっき、食い破ろうとしたから。」
ぎょっとして一護の両肩をつかんで引き離し、顔を見つめる。
「オマエ、死人の癖に、血がドクドク流れてっから。
本当に熱いのか血の味すんのか、確かめてみたくなった。」
そう言って笑った口元には、ぬらっと光る犬歯。
それが一瞬、血の赤に見えて、思わぬ官能に目眩がする。
ただの無邪気なのか計算づくか。
その歯を受けたくて、首を傾けて誘った。
一護が首を舐める。
耳の下から首筋を辿り、鎖骨の窪みへと舌を移動させる。
喉笛を遡り、頤へ、そしてまた脈打つ頚動脈へと戻ってくる。
唾液の立てる僅かな水音が鼓膜に届く。
ため息混じりに一護がつぶやく。
「・・・・ワリィ、痕になっちまった。」
当たり前だろ、あれだけ強く吸えば。
今もそこには痺れるような鈍い痛みが残る。
痕を舐め取ろうとでもいうのか、いつまでもそこに留まる舌先。
周囲を口唇で軽く噛まれると痛みがかすれ、くすぐったさに似た疼きが戻ってくる。
心臓の動きにあわせてリズムを刻むその疼きが、身体の芯を刺激する。
「・・・・・・っ」
思わず漏れた息に一護が笑う。
「やっぱココ、噛み切ってみたい。きっとキレイだと思うんだ。血が。」
そんな理由で食いつかれるのは勘弁。
でも同時に、俺の血を浴びる一護を見たいと思う。
動脈血だから、食いちぎられたら派手に飛び散るだろう。
その鮮やかなオレンジの髪が鮮血と混じってそりゃあ派手な色合いになるだろう。
血に塗れて眼をぎらつかせるオマエをまた見てみたい。
首筋に顔をうずめたままの一護の頭を掌でぐっと自分のほうに押し付ける。
一護の舌が口腔に押し戻され、代わりに歯が強く皮膚を圧迫する。
硬く尖った歯が突き刺さり、引きつるように痛む。
一護はしゃぶるように甘噛みを続ける。
子猫が狩りを習うときに小動物をいたぶる、その動きを思い出させた。
歯列は痛みを、その中央で柔らかく動く舌は官能を、俺の首と心の柔らかいところに刻んでいく。
こんな衝動的なヤツに首を与えるなんて。
まるで命を捧げているよう。
噛み千切られそうな恐怖から逃げようとする本能と、
痛みに酔って快楽の訪れを待つ身体と、その矛盾に膝が崩れる。
背後の壁に押し付けられた。
「相変わらず、弱すぎ。・・・・首とか、」
わざわざ口にするあたり、タチ悪い。
だんだん根性がひねくれていってるような気がする。俺の教育が悪かったか?
すっと背筋を辿って一護の指が下り、腰を荒くつかまれる。思わず背が反り返る。
「背中とか腰とか、」
シャツの中、もう一方の手が差し込まれ、胸の先が捻られる。息が漏れ、顎があがる。
「胸とか、」
晒された喉に一護がまた食いつく。
押さえきれない声が出る。
自分のとは思えないほど甘い。
磔にされてるみたいに、壁を背に首を圧迫されて動けない。
「・・・・・・・こことかも。」
下から顔を覗き込みながら、手を下肢にゆっくりと伸ばしてくる。
内腿を撫で上げながら見上げてくる眼が俺を観察している。
こういうとき、コイツは自分の背丈を最大限に利用してくるからほんと、タチが悪い。
硬い生地の上から確かめるように触られて、探るような眼に晒されて、どう振舞っていいのかわからない。
「力、抜けよ。」
緊張した腹とジーンズの間に隙間が出来ていて、そこから手が忍び込んでくる。
いきなりの直接刺激に膝に力が入る。こんなに緊張しては、更に脆くなるというのに。
そんな俺の考えを嘲笑うかのように一護の手が強弱をつけて動きだす。
眼を瞑ると、ベルトが外される金属音がやけに耳に響いた。
息を殺して手の動きについていくのに精一杯。
声出せよ、の囁きに目を開けると、一護の顔が正面にあった。
足の力が抜けて、身体が壁沿いにずり落ちていた。
半ば以上、俺の体重を支えていたのは、足の間の一護の片膝。
その膝にのった腰は突き出され、一護の手を追うように揺れていて。
勝手に乱れていく身体が、俺自身を裏切ったみたいで悔しい。
思わず顔を背けると、一護がそれを追ってきて口付ける。
「声、出せよ。気持ちいーんだろ?だったら俺に隠すなよ。もっとよくしてやるからさ。」
その囁きが熱と優越感を含んでいて、挑戦的で。
だから下から、見上げてみたくなった。
そんな眼で覗き込まれるときのいらだちを味あわせてみたかった。
セックスに絶対優位なんてないことを知らない子供。
だから悪戯を仕掛ける。
一護の身体を押しのけ、半端にずり落ちた自分の身体を壁に沿って思い切って落とす。
膝立ちになって見上げると、ちょっと混乱している一護の顔。
先程までの優勢があっという間に逆転。
こんなことぐらいで動転するなんて、まだまだ。
笑みがこぼれそうなのを押さえて、更に悪乗りする。
目の前にあるベルトに指を掛けると、更に一護の動揺が深まる。
それぐらい、指に伝わる振動でわかる。
顔を見たら反撃にあうだろうから、うつむいたまま指を進める。
腰を掻き抱くようにすると、慌てて押しのけてくる。
逃がすか。
急いで成長する体は特有の筋肉のつき方と骨の伸び具合で、妙にアンバランス。
緊張してきた薄い腹、臍の辺りを舐めてやる。
そのまま一気にジーンズごと下着も引き下ろし、逃げようとする腰は片腕でしっかりと抱きこんで固定する。
屹立した一護のを口に含むとまだ硬くなり始めたばかり。
丁寧に先の方を舌でなぞりながら、裏を指の腹で撫で下ろす。
括れを軽く舌先で刺激してから、顔を横に傾けて下方へと口唇を滑らす。
点と線の動きで焦らすと、一護の身体の緊張は更に高まる。
しっかり握ってないから、ゆらゆらとソレは揺れてなかなか愛らしく、思わず忍び笑いが漏れた。
「・・・てめー、何笑ってやがる」
切羽詰った表情の一護が、結い上げた髪を掴んで俺の顔を上向かせる。
「声出せよ、気持ちいーんだろ? 俺に隠すなよ?」
先程の一護の言葉を繰り返すと、真似すんなクソっと悔しそうに毒づいて俺の髪に手を伸ばす。
紙紐が解かれ、髪が落ちた。
こめかみの辺りから指を滑り入れて、一護が髪を梳く。
思わず眼を閉じる。
指の動きにあわせて、背中を髪が這うのがくすぐったい。
そういえばコイツは、髪に触るのがやたら好きだったっけな。
波のような動きに恍惚となりかけたとき、急に一護のほうに引き寄せられた。
「じゃあ、もっとよくしてくれよ。」
先刻までの動揺はすっかり影を潜め、不遜な顔つきに戻っている。でも目が興奮を隠しきれていない。
全く。
自分で言った言葉に自分で興奮するところがガキなんだよ。
上目遣いで見たままわざと一拍置いて、いきなり一護のを掴む。
今度は思いっきり深く銜える。落ちてきた髪で視界が朱に染まる。
根元をしっかり押さえたまま激しく動き、時々タイミングをわざとずらして先のほうを強く吸う。
十分緊張が高まったところで口唇を離し、焦らすように軽く舐めてやると、
射精の衝動を押さえ込むのに必死な一護は俺の頭を強く押さえ込む。
でもそんなのには応えてやらない。
しっかり口に出して言ってみろ。
「どうしてほしい?」
ゆるゆると根元のほうをしごいてやりながら訊くと、
「てめー、根性ワリィ・・・・」
と上がった息で反抗してくる。そりゃ、こっちのセリフだ馬鹿。
いい加減、折れろ。
かり、と括れを歯で軽く噛んで先の割れ目に舌を入れた。
「・・・・っ」
止める間もなくドクリと大きく脈打った。
・・・・やられた。
「てめー、出すときは出すって言え、この早漏!」
口の中にぶちまけやがって。
俺嫌いなんだよ、この味とか感触とか。
「・・・う、うっせぇ! 早漏じゃねぇよ、てめーが淫乱なんだよ!」
言うに事欠いて淫乱とは言ってくれるじゃねーか。
でも、見下ろしてくる一護はいたずらが見つかった子供みたいで、
気のせいか涙まで浮かんでるような気がして、さすがに苛めてるような気になった。
「・・・そりゃー悪かったな、淫乱で。つーか、てめーだろ、仕掛けてきたのは?」
突如浮かんだ罪悪感は、ま、アレだ。ちょっとだけ譲ってやって、棚上げ。
うー、口の中が気持ちワルい。
でもココで吐き出したりしたら更に一護落ち込むだろうだから、
口に入った分はとりあえず飲み込み、残りは腕で拭い取る。
「・・・・ごめん、悪かった・・・」
突然素直に謝られてびっくりして見上げると、本当に済まなさそうな顔があって。
髪についた精液をそっとぬぐう指が、不思議な生き物に見えて眼を離せない。
「でもほんと、オマエ、タチ悪すぎ。・・・俺とまんねーよ」
思わぬ弱気と本音の吐露にもう声も出ない。
一護の顔が降りてくる。
そっと抱きしめられる。
なんか二人して下半身だけ出てて、すげー間抜け。
接吻とか抱擁とかそういう状況じゃないんだけど、
でもそんなのお構いナシで、一護は口付けを仕掛けてくる。
「いや、まだ付いてるからヤメロって。」
つい制止してしまう。
でもやっぱり一護は一護で、その手を絶対止めない。
「でもオマエだけって訳にも行かないだろ?」
俺の口の端を申し訳程度に拭いて口唇を近づけてくる。
ってそれ、何でも自分の責任にしなくてもいいと思うけど。
そんな風に何でも自分ひとりで背負わなくてもいいと思うけど。
その真っ直ぐさに為す術もなくオトナは陥落されて、あっさりゲームオーバー。
負けを認めて身体と主導権を受け渡す。
あとはこの子供が、自分の欲望と罪悪感をそれで満たせばいい。
痕の残る首を訪れた血液は、痛みを宿して四肢に還る。
そしてそれは四肢から熱を吸い上げてまた首へと戻ってくる。
痛みさえ快楽へと押し上げるその熱は、夢中になって遊ぶ俺達をさらに煽る。
わかってはいるのだ。
そこは崖っぷちなのだと。
だが俺達は見えない振りをする。
崖の底にあるものなんて知らない。
落ちたときは落ちたときだ。
そして残るのはただ、体中を廻った熱と痛みの記憶。
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