君の存在 



「どこに忘れたんだよ、それ・・・・っと。」

忘れ物を取りにきたルキアを連れて部屋に戻ると、雑誌を顔の上に乗せて恋次が寝ていた。
ゆっくりTシャツの下の胸が規則的に上下してるから、熟睡してるとわかる。
足、ベッドから斜めにはみ出してるし、腹出てるし、ジーンズのボタン、掛け違えてるし。
こう、気の緩みを体現したような感じ。
なんつーか、コイツはもう。

「何をしてるのだ、こやつは。」

さすがのルキアも呆れ顔。

「起きろ、恋次。」

顔の上の雑誌を取って、軽く身体をゆすってみるが起きない。

「オイ、ルキア来てるぞ。ルキア! 大好きなルキアちゃんですよー。」

耳元でルキアの名前を連呼してみる。ガスっと尻にルキアの蹴りが入った。

「何を言っておるのだ、貴様は。」

おお、怖ぇぇ。つーか、痛ぇ。

「イヤほらだって、コレが一番効果的だから・・・。」
「たわけ。そんなものが効果あるか。兄様の名前、出してみろ。」

・・・・そりゃ確かに。起こすっつーよりも、爆弾落とすって感じだけどな。
ニヤリ、と俺とルキアの目が合う。

「白哉兄様!」 「よう白哉、久しぶり!」

ガバァァァッ!

おお、効果満点。
全身のバネ使ってベッドから跳ねて起きて直立不動。
飛び起きるって言葉、こういうときに使うんだなーと妙に関心。

「おはよーございますっ、・・・・ってオイ、隊長どこだ?」

不審気寝ぼけ眼で部屋中キョロキョロ見渡す恋次。
すっげー間抜け面。髪、めちゃくちゃだし、涎こびりついてるし、フラついてっし!
もう、笑い止んねー!
俺もルキアも腹抱えて笑って笑いすぎて、ついに切れた恋次に蹴りを喰らった。

「何しやがんだ、テメーら! 隊長の名前出すんじゃねー!」
「うっせー、ビビんじゃねーよ、チキンかテメーは!」

俺ばっか蹴るのヤメロ!首絞めんな!本気出すなテメー、部屋壊れる!
ルキアも同罪だろうが、男女平等でいけよ!

つーかルキア、オマエ、腕組んで俺たちの取っ組み合い鑑賞するの、ヤメロ!
はやく仲裁に入れ!

「本当に貴様たちは救いようがないな。
 ま、馬鹿は死なぬと治らぬというから仕様があるまい。」

・・・・・え?
ため息なんかついてますがルキアさん。アナタ、同罪なんですけど?

「恋次。貴様もいい年なのだから、子供にかまってないで仕事しろ。それとも同レベルか。」

ムカ。
恋次と目が合う。コイツもかなりムカついたらしい。
どこがポイントだったかは気になるところだけど、とりあえずそれは置いといて。

ぎらり。

俺たち二人の静かな怒りの視線を浴びたルキアは、危険を感じたらしく後ずさる。

「い、いやまぁアレだ。私は・・・ええと、そうだ。」

ぽむ、と手を打つ。

「わたくし〜、井上さんのところに行かないといけないんでしたわっ。 ではごきげんよう。」

ぴらってスカートの端っこつかんでご挨拶ってテメー。
止める間もなくルキアは、窓から逃げ去った。おほほと妙に甲高い笑い声のエコーが耳に痛い。

「なんだアレ? なんか悪いものでも食ったのか?」

ルキアの居た辺りを指差して、恋次がボーゼンとつぶやく。
オマエ、あの演技派ルキア見るの、初めてか。

「いや、あれ、ルキアの擬態。人間の振り。演技。
 ・・・・あ、いっとくけど、俺じゃねーからな、演技指導したの!」

恋次の冷たい視線を浴びて、慌てて言い訳する。
まったくコイツはルキアのこととなると目の色が変わる。
冗談じゃねーっつーの。

「あーもーどうしてアイツはこう、ガキの頃からどっか抜けてるっつーか、
 常識が足りないって言うか、朽木家に入ってからひどくなったって言うか・・・」

ため息ひとつ、髪をぐしゃぐしゃ掻き毟る。ま、わかるけどな、その気持ち多少は。
でもそんなに窓、見続けなくても。置いてきぼりの犬か、てめーは。
オイ、こっち向け。

「ルキア、当分帰ってこないぜ? なんか井上とどっか行くって言ってたから。」

ふーん、と気がなさそうに返事して、もう一拍、窓の外を見たあと、
先刻と同じように、両手両足だらんと投げ出して横になった。

「・・・ってオイ、また寝るのかよ。」

んー、と呆けた答え。
ルキアいないと意味ないってか? そりゃーねーだろ。
テメー、俺の存在、忘れてないか?

でも目まで瞑ってしまった。

「オラ、寝るんだったら帰って寝ろ。ここは俺ん家だ。」

一向に動こうとしない恋次に焦れて、つい手をだす。

「ぅおおおっ?!」

その手をつかまれたと思ったら、俺の体は恋次の上に倒れこんでいた。
恋次がにやりと笑って、隙あり、と耳に囁きこんでくる。
・・・そういうの、クルんですけど。わかってんのか、コイツ。
眼を見ると、明らかに確信犯。笑いをこらえてる。

「・・・オマエなあ。ルキアいなくなったからって拗ねて俺で遊ぶのやめろよ。」

興奮してしまったのをごまかしたくて、つい強気に出る。

「・・・っせーよ。 大体ヒトで遊んだの、てめーらが先だろ。」

両頬をびよよーんとつままれる。イタイ。
でもそのまま恋次は、俺の頬で遊び続ける。

「ったくよー。大体ルキア連れてくるオマエが悪い。なかなか帰ってこねーしよー。」

・・・・・ってそれマジ? 
またからかわれてんじゃないかって思ったけど、そのまま抱き寄せられていて顔が見えない。

「んー、気持ちいいなぁ、オマエの体重。 腰が伸びてちょうどいい。」

は? 体重? 腰?

「イヤー最近さ、座り仕事ばっかりでもータイヘンよ、中間管理職。」

いや、なんといっていいか。
確かに全然そういうの合ってなさそうで気の毒ではあるんだけど、腰痛対策に使われる俺の立場って一体。

「よーしよしよし。そのまま寝ていいから。俺の腰、伸びるから。一石二鳥。な?」

ぽふぽふ背中を叩かれる。
いや、それ違うから。俺、別に眠くないから。

・・・って、本当に速攻寝やがったよ。寝息だよ。ほんと、疲れてたのな。

いくら腰が伸びて気持ちいいって言われても、このままじゃ体痛くなるだろうから、そっと離れる。
つーか、俺がもたねーし。
すかーっと、聞いて気持ちいいぐらいの寝息を立てて熟睡中の恋次。
ちょっとだけ顔とか髪とかに触ってみる。起さないように。
でも、乾いて白くなった涎の跡が気になる。
カリカリ、と軽く爪で擦ってみると、口がひくっと反応した。
ん? 何か言いたいのか? 寝言?

「何?」

微かすぎて聞こえなかったけど、でも口唇の動きからいくとたぶん、俺の名前?

・・・・・寝言で呼ばれるなんて。

ヤバい。
ニヤついてしまう。
顔が熱くなるのが止められない。きっと俺、今真っ赤だ。
思わず眼を瞑って、掌で顔を覆う。
深呼吸だ、落ち着け、俺。

やっとの思いで呼吸を整えて目を開けると、そこには薄目を開けてニヤつく赤死神。
コ、コイツはまた!!

「てめー、狸寝入りしてたなっ?!」
「いやいや、別に。今、起きたところだし。」
「ウソくせーよっ。」

ニヤニヤ笑って言外にウソですと認めるその態度。
なけなしのジュンジョー、もてあそびやがって。もう許せん。

「・・・いやだから、本当にからかってないって。」

くつくつ笑いながら俺のこと、抱き寄せる。
それはそれで気持ちいいんだけど。
でもなんか今日、こんなんばっかりだ。すっげーお子様扱いされてる。
だからイヤなんだ、恋次とルキア、二人そろうと。
なんか微妙に恋次の態度が違って来るんだよな。
保護者っぽくなるっていうか、大人ぶろうとするって言うか。
つーか、俺のことをガキ扱いしてやたらからかってくる。
ルキアのこと、恋愛じゃないって言ってたけど、でもな。
どーしたってルキアの存在、でかすぎ。
いつでもいつまでも恋次の一番なんだ。
仕様がないけど。
それでいいっていったのは俺だけど。
実際、幸せそうな恋次みたら嬉しくなっちまうけど。

「オイ、何、呆けてる?」

問いかけてくる口元はまだちょっと笑ってるけど、でも眼は割と真剣。

「んー、なんでもねー。」

歯切れ悪い言葉をごまかすように、ぽふっと抱きつきなおす。
Tシャツの下の筋肉の柔らかさが気持ちいい。恋次の匂いがする。

「なぁー、しよーぜ?」

俺の言葉に、恋次の眼が細まる。

「・・・いいけど、ルキア帰ってこねーかな?」
「大丈夫じゃねーの? 遅くなるみたいなこと言ってたし。」

ほんとはウソだ。
何時帰ってくるかなんて知らねー。
でもバレたらバレたでいいじゃねーか、と思う。
きっとこれがウワサの独占欲、だ。

「ほら、何時までもボタン、掛け違えたままにしてんじゃねーよ。
 気持ちワリーだろ?」

そろりと恋次のジーンズに手を伸ばす。
それを合図に恋次が眼を閉じる。

本当にもしルキアに見られたら、恋次、どうするだろう。
もう俺のとこ、来なくなるかな。
それとも逆に俺のとこにもっと来てくれるようになるかな。
どっちにしてもルキアに嫌われたらコイツ、ダメになる気がする。

こんなキケンな、賭けにもならない賭けに興奮してしまうのは、俺がガキなせいだろうか。
早くオトナになりたいと思うその一方で、
実は結構、複雑なオトナなんてモノやってる恋次の、せめて身体だけでも。
そう思うのはやっぱりガキの証拠なんだろうか。
矛盾だらけで、自分が望むことの糸口さえ掴めない。

「・・・・集中しろよ。」

そう言って覗き込んでくる紅い瞳に支配されている気がする。

クーデターでも起すかな。

そんな物騒な考えが脳裏をよぎる。
いつになるかわからないけど、支配権完全掌握めざして突っ走ってみるのもいいかもな。
思わず笑いが漏れた。





<<back