緊褌一番
* 緊褌一番(きんこんいちばん): ふんどしをきつく締めてかかる。発奮して大いに心を引き締めて取りかかること。
◇
一戦交えて、コト済んで。
強烈な快感が過ぎ去った後の気だるさはいつも独特。
でも口も開きたくないような時間が過ぎ去ると、少しだけ余裕が出てくる。
横を見ると、恋次はうつ伏せに寝転がったまま、煙草の先から立ち昇る紫煙をぼんやりと見ている。
その横顔を見ていて不意に浮かんだ、どうでもいい疑問。
国語の授業で習って以来、どうしても頭を離れなかった。
なぁ、と顔だけ恋次の方に向けて話し出す。
「緊褌一番ってコトバ、学校で習ったんだけどよ」
ひどく億劫気に恋次がこちらを向いた。
「・・・・・へー、褌、使ってないのに意味わかんのか?」
「そりゃ辞書引けばな。でも感じとして、よくわかんねー。
本当にココ一番って時に、褌って締めなおすものなのか?」
「そりゃー、緩んでたらコトに当たれないからな。
ま、クセみたいにいつでもどこでも締めなおす人もいるけどな」
決戦前、皆でいっせいに褌を締めなおしてる情景を想像して笑ってしまう。
女性隊員はどうしてるんだろうか? アッチ向けホイか?
つーか、オンナの人たちはどうやって締めなおすんだ?
ちら、と横を見ると、布団の脇には恋次が脱ぎ散らかした漆黒の死覇装と派手な色彩の褌。
「・・・・しかしアレだな。オマエのは派手だよな」
「おう!男のタシナミよ!」
・・・・・なんでそこで突然元気になる。自慢か。自慢なんだな?
「・・・・そうか。その点は横に置いとくとしてだな、」
「あんだよソレ。遠い目すんな」
「・・・いや、だって、炎とか赤とか黒とかこう、気が違ってるとしか思えな・・・、イテッ」
「っせーよ、死覇装が真っ黒だからアレぐらいで丁度良いんだよっ」
そんなん、オマエだけだろ、特注だろ。
でもそれを言ったら、このガキくさい男は機嫌を損ねるに違いない。
つーかもう機嫌悪い。
アレじゃねーか? 髪も刺青も何もかもただの派手好きじゃねーか?
天然派手。
自覚なし。
・・・てことは、それに惑わされてる俺も同類か?
「・・・・・テメーだって相当妙なの、着てんじゃねーか」
「妙じゃねーよ。フツーだよ」
「義骸入ってるとき着けたけど、あれだな。現世の下着はなんか気持ちワリィ。フラフラスカスカする」
自慢の褌をけなされてすっかり不機嫌の赤死神はソッポ向いてぶつくさと反撃する。
「そーか? ああ、オマエのはトランクスだったからな。今度はボクサータイプにしとけよ」
「なんだそりゃ?」
「俺のみたいなヤツ」
「ああ、あのピッタリくっついてくるヤツね。
うー、でもケツっぺたまで覆われるってのがなー、基本、気持ち悪いんだよなぁ」
真剣、嫌らしい。眉間どころか鼻の上まで皺が寄っている。
「そーゆーもんかな。慣れるといいと思うけど、こんど試してみろよ」
さすがに、脱がせやすいから、とかそういう理由は口に出さない。
でもここで浮かび上がるもうひとつの質問。考える間もなく、口から出た。
「あのさ、やった後、褌って痛くねーの?」
まさに今の状況。
いつもコトのアトは億劫そうに褌締めてるよな、と思って。
「そーなんだよなぁ。コツがなぁ。弛んじゃまずいけど、きつすぎるとイテーしなぁ。
こう、ケツにぎゅっと力を入れて傷にあたらないようにしてから・・・ってテメー何言わせるんだ!」
お。怒った。マジメに聞いていたのに。
「・・・・いや、参考になりました、本当に」
「なんだよそれ!」
「いや、だから、今後もうちょっとな、こう、気をつけようかと・・・」
「そうだよ、大体テメーが下手すぎるのが悪いっ!!
だから俺までしなくていい苦労してんじゃねーかよっ!」
「・・・上手下手だけの問題じゃねーだろ、サイズとか他にもイロイロあるじゃねーか。
大体オマエもちゃんとチカラ抜かないのが悪い・・・か・・と・・・」
「チカラ抜く抜かないはテメーの技量とガマン次第じゃねーかよっ」
しまった。
今日も今日で、失敗しちまった後だった。赤死神、激高。鋭い光が眼に宿る。
・・・・墓穴だ。それも相当深いヤツ。嫌な予感で冷や汗が出る。
先ほどまでの気だるい雰囲気がウソのような緊張感に部屋が満たされ、
ゆらり、と赤死神が身を起した。
「じゃー今からテメーに突っ込んでやる。テメーのやったとおりにやって、この苦しみ、味あわせてやる」
「いや本当にすみません。カンベンです」
愛想笑いを浮かべるも、もはや時遅し。
煙草を消した恋次が不穏な笑みを浮かべてにじり寄ってくる。
「いや、今日はもう大体やりすぎたからもう無理だってな?」
俺に馬乗りになってきた恋次の笑顔が更に深まる。
「・・・・ほう。いつもいつも勝手にやるだけやるヤツが無理だなんてそりゃーいけねーな。
病気じゃねーか? 俺がちゃんと具合を見てやるよ」
しまった。
墓穴更に掘り進み、いまや地殻突破。つーか、地球中心部到達の気配。
「結構です勘弁です。つーか、締めなおす話、してたんだからさ!ほら、褌締めてさ!!」
「・・・・おう、緊褌一番、やってやろうじゃねーかよ、第三戦。気合入れなおせよ、テメー」
・・・・完全に地球の裏側まで掘り抜いてしまった。
さーどうやって逃げようと焦る俺の頭の中で廻るのは、まさに走馬灯。
でも逃げ道なんて見つからない。
もう焦りに焦って冷や汗まで出てきた俺に覆いかぶさってくる赤死神。
ヤバいヤバいヤバい!!
思わずぎゅうっと目をつぶったけど、その一瞬前に見えた紅い目が少し笑っていたように見えた。
そして落ちてきたのは、思いがけず柔らかい口唇。
歯を食いしばった俺の口に優しく触れる。
上下の口唇を緩くあわせて、軽く擦り付ける。
舌がそうっと唇の合わせ目をなぞる。
あまりに穏やかな動きにそろりと目を開けたけど、紅い虹彩は見えない。
その代わりに赤褐色の睫毛、軽く閉じられた目。
全然怒ってるようには見えなくて、むしろうっとりしてるように見えて。
緊張が解けてふと息継ぎをしたら、その隙間、熱い舌が忍び込んできた。
とろりと絡んでくる舌の動きに全身の感覚が持っていかれる。
こんな簡単に落とされる俺って一体どうなんだよ。
そんな疑問も、逃げる風を装う舌を追いかけるのに夢中で、あっさり頭の片隅に追いやられる。
だってまだ二人とも裸のままだ。
肌が全身、直接触れ合ってるのに、
ちゃんと動いて触れて感じてるのは唇とか舌だけってのが、なんかすげーやらしいし、贅沢っぽい。
頭の芯が痺れてきて、覆いかぶさる恋次の肩に腕を廻そうとした途端、
「やーめた。やっぱりダリィ。テメーをやるのはまた今度だ」
あっさり恋次が口唇と身体を離す。
ってそこでヤメかよっ、オアズケかよっ。
つーか俺、そこに反応してどうするよっ。
今一瞬ヤバくなかったか?かなり流されてなかったか?!
焦って仰ぎ見ると、にやりと人の悪い笑み。
「命拾いしたか? それとももったいないコトしたか?」
・・・ちくしょーーー!! バレまくりじゃねーかよっ。
急に機嫌のよくなった恋次は、布団に身体を投げ出す。
そして、焦りの消えない俺の耳元に囁いてきた。
「早く上手くなれよ。じゃねーと本当にやるぞ」
何も返せない俺を尻目に、恋次は布団をかぶって寝に入る。
・・・・・やっぱこのまま寝るのか?
煽りに煽られて始末のつかないこの身体を抱えてどう寝ろと?
でもさすがに今日は無理強いできない。悶々としていると、恋次がふと身体を起した。
お? やる気になったか?
「今度、テメーんとこのボクサー何とかってそれ持って来い」
パンツかよ。
「うんと派手なヤツな。炎希望」
やっぱ炎で派手か、そうなのか。
そんなありそうもない柄を探して店を渡り歩く自分の姿が容易に想像出来てうんざり。
つーか、理吉あたりが真似しだして、そのうちあちこちで流行ったらどうしよう。
俺、もしかしてパンツ調達係?
いっそ石田あたりに作らせるか?
でも滅却師マークとか入ってて返品されそうだな。
そのときの折衝係も俺かよ。なんて無駄な苦労の多い人生。
・・・・・いろいろ考えてるうちに、なんかちゃんと萎えてきた。よかった。
でもこれも作戦のうちか、恋次。
横を見ると案の定、寝たはずの恋次がコチラをむいて笑ってるし。
だめだ。完全に掌の上で転がされてる。こんな日はふて寝に限る。
「おやすみ!!」
背を向けて高らかに宣言すると、
「おやすみ」
と穏やかな声。抱え込むように背中から抱きつかれた。
ああ、せっかく落ち着いたのに。
散々翻弄されて、反省する気力はカケラも残ってねぇ。
今度失敗しても、絶対恋次のせいだ。絶対そうだ。
不満たらたら。でも背中の温もりに、うつらうつらと眠りに入りかけたとき、止めを刺された。
「あのボクサーだと、多少痛くても大丈夫そうだよな?
ちゃんと気に入るの持ってきたら、猶予期間延ばしてやるよ」
・・・コイツ、タチ悪い!!
またギンギンに醒めてしまった目と身体。
でも今度こそ満足気な恋次は、背中から俺を抱きこんだまま眠りについてしまった。
健やかな寝息が耳に痛い。
絶対、次、覚えとけよ!
そう毒づきながらもパンツ購入計画に頭をめぐらせる俺って本当にバカ。
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