雲に遊ぶ



見てみろよスゲー雲だぜ、と一護が空を見て喚いた。
うるせえなあと思いつつ窓の外を見遣ると、
紺碧の空に立ち登る見事な入道雲。
まるで光の塊。
白金の如く輝いている。

あれ、側で見てみてえな、と窓枠に頬杖をついて一護が呟く。
どうだろうな、と俺は興味なさげに返す。
遠くから見たら一点の曇りもなく美しいものでも、
近くで見たら案外がっかりするものだ。
まして期待しているのならば、落胆の度も大きい。

行ってみようぜ、と一護が体を抜ける準備をしだす。
単純すぎる思考パターンに少し驚いたが、
そういえばこの少年は、突然得た強大な力を自分のために使ったことが無かったことに思い当たる。
じゃあそれぐらいいいだろうと付き合うことに決め、仮の体を抜ける。
指を滑らせて襟を整えると、待ち構えてた一護が俺を振り向いてニヤリと笑った。

「行くぜ!」

窓枠を蹴って飛び出した一護に続いて、保護者よろしく宙へ身を踊らせる。
見下ろすと部屋の中、一護の本体と俺の義骸が共寝をするように折り重なっているのが見えた。
ああこれじゃ見つかったときに誤解されるなあと思ったが、
一護の勢いにつられてあっという間に空高く来てしまい、
俺達の体も一護の部屋も家の屋根も全てが点になる。
 

あれが一護の所属する世界。
俺達が裏で支える現世。
行き交う人々は宙に漂う俺達のことなぞ見やしない。
そんな存在、想像さえしない。
知らぬが仏でこの世は廻り続けている。
なべてこともナシ。

 

「やっぱスゲーっ!!」

いつの間にか目の前に壁と迫っていた入道雲の側面に、一護は躊躇いなく飛び込んだ。
雲が泡立ち、一護を飲み込んだ。
表面には何の痕跡も残らない。

見上げると、雲の塊はやはり光で出来ているように見えるが、
白金のように見えた表面は金属には程遠く、
ふわふわと曖昧に境を為している。
触ってみてもただの空気と変わらず、何も感じられない。

「ぶっはー! 中はスゲーことになってんぜ! 雷の嵐だ!!」

びしょ濡れになった一護が大慌てで雲から抜け出してきて、あまりの滑稽さに大笑いしてしまう。

「ったく、中は綿みたいかと思ってたのによっ」

不満げに嘆いたのは一瞬、今度は入道雲の頂点目指して飛び立ち、
雲の波に隠れ、あっという間に視界から消えた。

 

遠くから見て満足しようと思うのは予防線を引くに等しく、
その臆病さこそが年を経たことの証なのだと。
それに気づいたのは、真白に輝く入道雲に圧倒されて口も聞けないままだった俺に、
雲の中から帰還した一護が勝ち誇ったように笑いかけてきたときだった。

だから俺も共に遊ぶ。
湧き上がる雲に圧倒されるまま、子供の無邪気さにつられたフリをして。




2007.07 飛行機から見た入道雲がすごかったので <<back