「・・・恋次」
「うおぉっ?!」
床に丸まって転がる恋次の身体を無理やり開かせ、その上に四つん這いになって、両手を床に押し付けてみれば、いつもの体勢。
不意打ちを受けてぱちくりと両目を瞬かせる様も、それを彩る一面に広がった紅い紅い髪も、全部いつもの恋次。
だから一護は内心、ほっとする。
さっきまでのアレはアレと棚上げして、無理やりいつものペースに戻そうとする。
「・・・テメエ、恋次。今日は覚悟しろよ」
「って何をだよ」
「何って・・・、そりゃテメエ・・・、イテッ」
そのまま恋次の首筋に吸い付こうとしたら、あっさりと一護の拘束を逃れた恋次の指が、一護の頬を突いた。
「ここ。にきび」
「イテテテテ、突くなテメエッ」
「チョコ、食いすぎたんだろ」
「え・・・?」
「ろくでもねえもん、食わせやがって」
「あァ?!」
一護の下敷きになったまま、恋次はニヤリとした。
「一ヶ月前、テメエがなんかモジモジしながらくれたチョコレートってやつなあ」
一ヶ月前って、こないだ会ったときか?
つかモジモジってなんだよ、俺、モジモジとかしてねえぞ?!と、会話の先行きが全く読めないまま、一護は心の中で叫ぶ。
「あれ、何か変だと思ったらちょっとした媚薬なんだってな?」
「・・・は?」
「だが食いすぎるとニキビが出来る」
体勢的にとても不利なはずの恋次は、したり顔で自説を繰り広げる。
そしてニヤリと笑う。
「テメエ、俺が今日来るからって、食って気合入れてたんだろ?」
「ち・・・、違っ・・・」
んなこた無えよと一護はブンブンと大きく首を振る。
あれはだってバレンタインのチョコレート。
言ってみれば普通の嗜好品。子供だって食べてる。
そういう効果があるという俗説も耳にしたことは確かにあるが、
チョコを食べたぐらいで興奮したりとか、そんな経験も全くない。
そもそも、そんな意味でやったわけじゃない。
だってバレンタインだぞ、バレンタイン!
意味もちゃんと教えてやったじゃねえか!
俺だって高校生だ、にきびだってできるに決まってるじゃねえか!
恋次のとんでもない誤解をどこからどうやって補正したらいいものか、一護は軽いパニックに陥った。
そんな一護を横目に、恋次が懐から取り出したのは、小さな箱。
「ほら、テメーの分だ」
「え・・・?」
「オイ、一護、オマエなあ・・・。さっきからえー、とか、あー、とか。もうちっと真っ当に喋れねえのか」
「つか・・・、えぇ?!」
「だから真っ当に話せつってんだろ! オラ、少し遅れたけどホワイトデーのお返しってやつだ」
「マ・・・、マジでか! 恋次、テメエがか!!」
「・・・つか何かその反応、気に食わねぇなあオイ・・・」
「まさか恋次にお返しとか、そういう気が利いたことが出来るとは思わなかったぜ!」
一護は嬉々として箱を両手に取り、恋次の腹の上に勢いよく腰を下ろした。
「うおぉっ・・・、重いだろうが、クソ!」
思わず文句を垂れはしたものの、もちろん恋次は一護を退かすつもりはない。
いつになく明るく、子供らしい真っ直ぐな笑顔に、さっきまでのあのエロいツラは一体どこへ行ったんだかと、恋次は苦笑を隠しきれず、そっと一護の太腿をに両手を置いた。
「え・・・、これってチョコ」
丁寧に包装を解くと、中から出てきたのはチョコレートの箱。
丸い粒がコロコロと転がっている。
一護は、チョコレートと恋次の顔を見比べた。
恋次の盛大な誤解を念頭に入れると、どうしても意味をかんぐらずにはいられない。
何て訊こう?
だが、一護が訊きあぐねているうちに、恋次がにやりと口元に人の悪い笑みを浮かべた。
「まー、テメエには必要の無いものっつか、逆になるもんの方がいいとは思うんだけどよ」
「・・・んだよソレ」
「とりあえず、少しは持ちが良くなるかと思ってよ。酒入りのにしといたぜ」
「持ちって何だよ、持ちって!!」
「言葉通りに決まってんだろ」
「クソ・・・、テメエ・・・」
「あ・・・、でもまだ未成年ってヤツだったな」
「んだよ、今更」
「全くだ。こんなことしといてなあ」
恋次の上に跨ったままの一護の腿を、恋次の掌がゆっくりと走ると、一護の頬に朱が上る。
「・・・つか酒って遅くなんのかよ。逆じゃねえのかよ」
「まあ人とか量によるけど、鈍くなるのは確かだな」
「へー・・・・」
どうせ俺の知らないとこで、酒飲んで散々やってきたんだろうなーと思うと、一護の胸は少し痛んだ。
けど構いやしない。
今、恋次が居るのはここなのだ。
なら今から、全部、昔の思い出とかそういうのを塗りつぶしてしまえばいい。
「じゃあさ。一緒に食おうぜ」
「え・・・? 俺もか?」
「ああ。せっかくだしさー・・・」
一護が、指先でつまんだチョコの一欠片を恋次の口元に落として入れた。
そしてそのまま覆いかぶさってくる。
口に中で溶けるチョコレートを味わいながら恋次が思い出したのは、初めてのこのほろ苦さを口にした一ヶ月前のこと。
口の中で転がして溶かしていくうちに疼き始めた制御できない甘さ。
記憶の中の一護と重なってどうしようもなく煽られた。
後で
調べてみると、反応に個人差はあるが媚薬効果があるとのこと。
だから、とても旨くはあったけど、あれ以来、口にしないでいた。
そのうち忘れるだろうと思っていた。
なのに今日、一護の姿を目にしただけであの疼きが甦った。
身体は覚えていた。
芯を鷲掴みにする衝動に、全てを持っていかれそうになった。
それを何とか逃して摩り替えて、ようやく制御しきったというのに、なのにあっさりと誘惑に負け、またこのチョコレートを口にしている。
心のどこかで期待していたのだろう。
しかも今度は、一護の舌ごと味わっている。
甘く苦く溶けて絡んでどこまでが自分でどこからが一護なのか、分からなくなっている。
とりあえず今日はテメエ、マジでやべえぞ。
恋次は自嘲気味に、けれど声には出さずに一護に警告する。
そんなこととは知らず、一護は恋次の肌に夢中になっている。
普段よりさらに性急さが増している。
恋次と同じく、一護もあてられたのだろうか。
思わず頬が緩む。
そうだな。
どうせ一護のくれた媚薬のせいだから、この際、思いっきり楽しませてもらおう。
恋次は一護の耳元に吸い付いた。
すると予想以上に元気よく返ってきた反応が今夜の行く末を指し示しているようで、恋次の口元を酷く緩ませた。
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