naive 



◇ side:一護 ◇


きっかけはなんだったか。
またしてもガキくさいとバカにされて、つい言い返したんだ。

「うるせーな。
 てめーみたいな年寄りに、高校生のナイーブな心がわかってたまっかよ!」

「・・・ないーび? ぶ?」

どうやら赤死神の辞書には載ってないらしい。

「ほら、辞書引いてみな!
 つづりはエヌ、エイ、アイ、ブイ、イー!
 仮にもコーコーセ、やってんだろ?」

好きでやってんじゃねーよ、と文句を垂れる死神は、それでも素直に辞書を引く。

「エヌエヌエヌ・・・、お、これか。次はエイっと。
 んで、オー? あれ、なんだっけ? 
 オイ、一護! 次、何だよ、オイ!」

ああ、やかましいことこの上ない。
俺は宿題さえ静かに出来ないんですか。
っつーか、てめーも同じだけ宿題あるだろーが?
でももうなにもかも面倒くさいので、辞書を奪い取って単語を探し出し、恋次に突きつける。

「おお、これか。何々・・・。」

これで静かになると思いきや、なんか恋次の反応が微妙。

「ほー、なるほど。
 確かになー。こりゃーオマエにぴったりだわ。」

ニヤニヤしながら、ほれ、と辞書を逆に突きつけ返してきた。

「ナイーブ。意味は、うぶな人。
 他にもいっぱいあんぜー?
 世間知らずの、世間をなめた、経験の少ない・・・」

「嘘だ! 貸せ!」

あわてて辞書を奪い返してみると、まだまだ続く。
思考が単純な、だまされやすい、ばか正直な、うぶな、無警戒な、認識の甘い、愚直なって、オイ。
ナイーブって繊細っとかって意味じゃねーの?
和製英語ってヤツ?

「てめー、自分をよくわかってんなぁ。
 とくにウブだとか世間をなめたとか経験ナシとかなぁ?」

混乱する俺を横目に、ニヤニヤ笑いながら赤死神は辞書をのぞきこんでくる。

「うるせーよっ。
 それに大体、経験ナシじゃなくって、少ない、だろうが!!!」

恋次、大爆笑。

「じゃー、経験少ないって認めんだ?」

ひー、おかしーと床の上で腹を抱えて笑い続ける赤死神。
ちくしょーーーー!

「ヨシヨシ、じゃー年寄りがよろしく指導してやっから。がんばれなー、青少年!」

くっそー、涙まで浮かべてんじゃねー!!!

すっげームカついて、なんかこう一発泣かせたくなって、
床の上にすっころがったままの恋次の上に馬乗りになる。
そのまま、唇を合わせて息が出来ないほど、深く深く口付ける。
本当に息が詰まったらしく、バンバンと脇の床を叩いてギブアップした死神は涙目。
ま、涙はさっきの笑いすぎのせいだろうけど。

「じゃ、よろしくご指導頼みますよ? センセ?」

凄みをきかして見下ろすと、

「土下座してご挨拶してみな?」

と余裕の笑み。
ついでに首に腕までまわされちゃ、さっきまでの怒りはあっさり消失。
ああ、俺ってやっぱりナイーブなのかも、と思いながら、
赤死神の思惑にまんまと乗る、宿題放棄の午後。




◇ side:恋次 ◇



窓枠に切り取られた空はバカみたいに蒼い。
日の光が燦々と差し込んできて、この上なく健全な晩夏の午後。
俺たちは硬い床の上で、この上なく背徳的な行為に耽る。

上がる体温、流れる汗。
床がぬめり、背中できゅっと不埒な音を立てる。
早くなる一方の拍動は体の隅々まで熱を運び、
湿気を十分に含んでいるはずの空気は、酷使する喉から無常に水分を奪っていく。
混濁した意識を痛みと快楽が刺激し続け、どこに反応を返していいか分からない手は宙を掻く。
その手を包むように捉まれ、飛びかけていた意識が引き戻された。

「大丈夫か。」

ぼんやりと戻ってきた視界には、
涙か汗か、何か水に似たものを一杯に溜めた琥珀の眼。
心配そうにしながらも、獣の本性がちらちらと奥に揺れている。

「無理だったら言えよ。」

耳元に囁きながらそのまだ柔らかい頬を、耳にこめかみにこすり付けてくる。
その様子が動物同士のようで、まさにこの状況にぴったりで。
体はまだつながったままだから、快感に疼く体を無理やり引き止めている一護の震えが直に伝わってくる。

「・・・ばぁか。ガキが気ィ使ってんじゃねーよ。てめーのほうが一杯一杯じゃねーか。」

一護の後頭部を片手で掴み引き寄せ、額と鼻を擦り合わせるようにする。
むっとした、それでいてほっとした様子のこの子供は、
それでも負けん気一杯、後悔すんなよ、とひどくやさしい調子で言い捨ててまた動き出す。

「んっ・・・」

意識の支配を拒む仮の肉体は、目が眩むような鮮やかさでもって熱も振動も脳髄に叩き込んでくる。

「・・・恋次」

時々堪らないといった感じで一護の口から漏れる俺の名前が、
まだ柔らかい線を残した体の輪郭や筋肉の線が、
滴る汗や切羽詰った目、押さえきれていない荒い吐息が、
醒めているはずの俺の意識を取り囲み、陥落する。
殻の肉体も中身の魂もどうしようもないほど昇りつめたとき、一護も俺の上に倒れこんできた。




「なぁ、どーしたのオマエ、今日」

床の上に裸で転がったまま、一護が訊いてきた。

「・・・なにがだよ」
「なにがってほら、なんつーか、すっげー感じてたじゃん?」
「うっ・・・」

あまりの単刀直入な言われ様に、反射的に体を起してしまったが、そこはアレ。
硬い床の上での行為直後。
体中がギシギシと痛む。
あきらめて体を床の上に再度投げ出し、でも一護の目を直視できず背を向ける。

「・・・別に感じてねーよ。義骸の調子がわりーんだよ。」

ふーん、そーかよー、と信じてなさそうな声で応えながら、一護が背中にくっついてくる。
どんな表情してるのか、見たくもない、想像したくも無い。

「あっち行けよ、あちーだろ!」

肘鉄を入れるが、それでも一護は後ろから抱き付いてきて、頬と頬を寄せ囁いた。

「なー、オマエもさ、結構ナイーブなんじゃないの?
 経験はともかくさ、バカ正直なのとか、認識の甘いところかさ。」

反論できない俺の態度を確かめるように一拍おいた後、
だから今日は付き合えよ?と耳の後ろ、髪の生え際に鼻をこすりつけてくる。

「だから! 仮に俺がないーぶだとしても、なんでそーなんのかわかんねーよっ。」

わかんなくてもだいじょーぶ、と力強く保障してくれる子供の腕は力強くて抜け出せず、
なすすべも無く落とされる俺の義骸。
せめて布団の上にしてくんねーかなーと頭の片隅で思っている俺の意識を尻目に、
経験値アップに努める子供と仮の肉体は走り続ける。





<<back