それが死人で死神の恋次にとってどんな意味があるのか知らないけど、
誕生日と呼ばれるものだったら祝ってやりたい。
できれば俺が、一番に。



寝待月



意外と律儀な恋次だけど、約束の時間を当に過ぎてるってのに連絡がない。
よっぽど忙しいのか、何か不慮の事態ってヤツが起ったのか。
だから俺は、待ちぼうけで屋根の上。
窓枠も、その向こうの変わらない風景ももう見飽きたんだ。


月明かりのおかげで時計の文字盤がよく見える。
日付が変わるまであと20分。
照らしつけるのは満月を過ぎたばかりの月。
少し欠けてきてるのが分かるけど、でもほとんど真ん丸。もう少しで真上。

こうやって見ると、夜って結構慌しい。
鳥って飛んでるもんなんだ。
人の声も車の音も、虫の声だってする。

見上げると、空に張り付いた薄い雲が流れていく。
月に掛かって貝殻の裏側みたいにきれいな虹色の傘。
明日は雨かな。
せっかくの恋次の誕生日なのに。



-----あと15分。

結構、夜は涼しくなってきたな。
そういえば明後日から9月、もう秋か。
やっぱり恋次、間に合わねえかな。
無理やり約束はとりつけてはみたものの、副隊長だし、
明日もすぐ帰らなきゃいけないみたいなこと言ってたし、俺の学校も始まっちまう。
宿題だって、妹達の相手だって、済ませてたんだけどな。
丸1日空けるためにすげー頑張ったんだけどな。
いろいろ準備だってしてたんだけどな。

ふああと大欠伸が出た。



-----あと10分。

アイツ、来れるかな。来れたとしても疲れてヘロヘロだろうな。
ぐうぐう、来るなり寝てしまうかもしれない。
けど俺だってクタクタだし、なんか一緒に眠ってしまうかも。
そんで起きたら、遅刻だってんで大慌てで帰っていくかもな。
もっと、誕生日らしいこと、したかったんだけどな。
少ししか一緒にいれないって聞いて一気に潰れたいろんな計画のことを思い出す。

あのときからこういうの、大体予想はついてたんだよな、と小さくため息が出た。



-----あ、もうあと5分。

そっか。やっぱり今日は来れないんだ。
なんかすげーつまんねえ。
俺が一番最初におめでとうって言いたかったなあ。
つか誕生日のうちに会えるかどうかもわかんねえな、これじゃ。
・・・ちくしょう。

ゴロンと屋根に転がると、広がる空。
ガラスみたいな雲の上に、歪んだ月が転がっている。
雲が切れたら、落っこちてきそうだ。

こんな夜に恋次に会えないなんて。

「恋次のクソッタレ」
そう呟く自分の声がガキ臭くて甘ったれで、すげえムカつく。
だから思わず眼を瞑った。
さっさとこの瞬間が過ぎてしまえばいいと。





「ヘックショッ・・・っと」

自分のくしゃみに驚いて眼を開けると夜空に星。
眠り込んでたのか、俺。
・・・・なんてこった。よりによって屋根の上で夜明かしかよ。

「・・・あ、過ぎてる」

つい腕時計を見たけど、当然のように日付は変わってて、もうがっくり。
真上にあった月もいつの間にか大きく傾いてる。
・・・何やってんだ、俺。
つか恋次は来れなかったのかよ、やっぱり。
ちくしょう真っ暗になってしまえ、と両腕で目の上を覆う。
暗闇が訪れる。

来年も一緒に誕生日なんて、そんな夢見るほどバカじゃねえ。
死神のアイツと人間の俺。
しかも闘いの真っ最中。
先なんて全然見えない、わからない。
だからこそ一緒に祝いたかった。
今日、今、この時じゃなきゃダメだったんだ。
ちくしょう。

悔しいんだか悲しいんだか、よくわからない空回りする感情を堪えてるうちに気がついた。
目の端、闇の中に赤い光が点滅してる
きつく目を瞑っても瞬いて消えない。
かぎなれた煙草の匂いが一瞬鼻をついた。
もしかして・・・!

「まだ寝んのか? 部屋、入んねえのか?」

呆れたような低い声に目を開けると、肘枕した恋次が真横に寝っ転がってた。

「・・・・恋次ッ!」
「おう」
「来てたのかっ?!」
「おう」
「いつっ?!」
「あー・・・、月があの位にあった時」

恋次が真上からちょっとずれたとこを指差した。

「ってずいぶん前じゃねえか、なんで起さねえんだよっ?」
「気持ち良さそうに涎食って寝てたし」

慌てて口元を拭ってみたけど、涎なんてついてねえ!
って恋次、笑ってるし!

「ものの例えだよ」
デカい手が俺の頬に伸びてくる。

「つか風流だなあって思ってさ」
「風流? 屋根で寝るのがか?」

「じゃなくて月。今日ぐらいのは寝待月っていうんだぜ?」
そういってずいぶん傾いた月を見遣る。

「まあ本当に寝て待つやつとか居ねえけどな。しかも屋根の上だし、起きたと思ったら百面相・・・」
くつくつと恋次が体を震わせる。
・・・・・笑うんじゃねえ。誰のせいだと思ってんだ、この馬鹿!
霊圧と気配、完全に消してやがったんだろ、意地が悪すぎるぜ!

「拗ねてんのか? ほら、こっち来い」

違うと否定する間もなく抱き寄せられる。
けどここは屋根の上。不安定この上ない。

「うあ、落っこちるっ」
「だったら暴れるな!」

両頬を掌で包まれたから、上から押し乗るようにして唇を落とす。
いつもは嫌いな煙草の香りがやけに嬉しい。

「・・・遅くなって悪いな」

唇が離れる前に、恋次が小さな声で詫びをいれた。
くそ。
それじゃ怒れねえだろ。

「・・・連絡一本ぐらいいれろよ」
「すまねーな。つかオメデトーは?」

顔を離してみると、にやにやと人の悪い笑み。
それ、自分で要求することかよ?
そんなんじゃ、待ってる間に一杯考えた祝いの言葉、一言も出て来やしねえ。

「・・・・・これでまた、年の差が開いちまった」

そう呟いた俺を見つめる大きく見開いた眼には、紅い虹彩。
月明かりを弾いて楽しげに揺らめき、瞬きに見え隠れする。

「そういうことだ。がんばれ青少年」

笑いを堪えてるみたいで、くつくつと細かい振動が伝わってくる。
細まった眼には赤褐色の睫毛。
月明かりのせいか、滲んだ涙のせいか、色がいつもより濃い。
ちくしょう、子ども扱いしやがって。
イヤな予感はしてたんだ。
誕生日とか、年の差を感じさせるようなそんな日は。
それでも俺は祝いたかった。

「・・・・・待ってろよ」
「あ?」
「絶対テメーを追い越してやる」
「何言ってんだ、テメーが年取ったら俺だって年取るぞ? つか俺を追い越したら骨だ、骨!」

年の話をしてんじゃねーよ。

「いいじゃねーか。骨上等、だ!」
「あァ? 訳わかんねーぞ?」

長い長い生の代わりにゆっくりとしか年を取らないお前たち。
この闘い、うまいこと生き延びられたら、俺は頑張ってすげえ大人になって、オマエのこと、護ってやるから。
だからそれまで待ってろ。

「つまりおめでとうってことだ」
「・・・おう」

不意をつかれたのか、恋次が戸惑う。
俺はちょっとしてやったりって気分で嬉しくなる。

「ありがとうって言うんだ、そういう時は」
「・・・どのツラ下げて!」
照れてんのか、ふいっといつものようにそっぽを向く。

だから俺は、正面を向いた恋次の耳元に口を寄せる。
「来年こそちゃんと時間通り、来いよ?」

くすぐったそうに首をすくめた恋次は、それでも俺の耳に囁き返す。
「んなこと言ってると鬼に笑われるぜ?」
「死神なんだ。その辺の鬼よりはよっぽど強ぇぜ?」
「そりゃそうだ」

そう言って恋次が愉しげに笑うから、俺は嬉しくなる。

死んだ日が誕生日なんてそんな二律背反って最初は思った。
けど、俺はそれでいい。
俺の会ったこの恋次が現れたのが誕生日だから。

「おめでとう。オマエがここにいて、本当によかった」

今度は答を待たずに唇を塞いだ。
やけに恋次の頬が熱いような気がして、俺はとてもとても幸せな気分になった。

おめでとう、恋次。





2007/08.26 今年の8月30日は月齢18日で、寝待月でした。恋次さんお誕生日おめでとう!(そして何歳?)  一恋祭投稿作品 <<back