熱雷
いきなり俺のこと、壁に押し付けてガッついてきやがったくせに、
それでもその指は最初、躊躇いがちだった。
けど俺の肌の湿りと熱を感じとった途端、無邪気なほどに勢いを得た。
発火点を求め、躍起になって探りまくる稚拙な一護の指。
真昼間だし、ここでは人にいつ見つかるかわからない。
焦るのは分かるが、こんなに闇雲で荒い動きではこれ以上、先に進めそうにない。
だったら、それと悟られぬように導いてやるのが俺の役目。
焦りに翻弄されて、先を急ぎ過ぎないように。
熱に浮かされて、行過ぎないように。
そして柔芽のような矜持を折り取らぬように。
緩すぎる動きの一護の手に俺の手を重ね、滑りも足りぬまま、強く自身を扱く。
痛みに近い、けれど確実に快楽を引き起こすこれが俺の好み。
覚えたか?と見下すと、痛くないのかよと半信半疑の目が見上げてくる。
わざとらしい喘ぎで応えてやると、攻めにまわっているはずの一護の目元が逆に赤らむ。
その目元に唇を落とし、あふれ出た熱を啄ばみ取ると、
シャツの中に忍び込んでうろうろしてた一護の手が俺の背を駆け上り、
肩に手をかけて俺の上半身を引き下ろす。
そして食い尽さんとばかりに、欲を剥き出しにした唇がむしゃぶりついてきた。
全てはただの約束事。
拙いまま背伸びを続ける一護の手管も、
揶揄する振りして少しづつ教え込むのも、
口付けと抱擁でさえ全て、熱を放出するための手順に過ぎない。
けれど至近距離のきつく閉じられた眼が、俺を圧倒する。
深く深く眉間にしわを寄せて、
合わせた唇の間から漏れ出る荒い息もそのままに、
真剣さも肉欲も幼さも何もかも剥き出しにして、
満足することを拒否した舌が、熱く深く纏いついてくる。
もっと、もっとと際限なく。
一護の衝動に便乗して、熱を吐き出すためだけのはずだったなのに、
習得したばかりの技巧も手順も投げ捨てた一護の性急さに押し流されて、
体の芯がどうしようもなく疼きだした。
吐き出したいのは熱だけじゃない。
欲しいのは体だけじゃない。
でもそれは許されない、願ってはいけない。
だから肌を晒して、この間違った想いを単純な欲望へと置き換える。
すると吐息がため息へと色を変えて漏れ出したから、
今度は口唇を強く一護に押し付け返して息も止める。
それでも汗で額に張り付いたオレンジ色の髪に目が眩むから、
瞼を降ろして視界も閉ざす。
だがもう遅かった。
まっすぐに何もかも押し付けてくる一護に対抗しようと、
これ以上暴かれては困ると、俺も手を伸ばし返したせいで、
すべての算段が崩れてしまった。
余裕も約束事も自制も、何もかも消え去ってしまった。
もう止める術はない。
ここから先には何の筋書きもない。
ただ追い詰めあうだけ。
だから
唇も舌も、持ち主の意思など関係ないと、
抉るように互いの口腔内を荒らしまくる。
そして指と掌は、互いの快楽をできる限り引き出そうと、
溢れだす滑りを絡めつけながら、勝手に蠢きつづける。
暴走し始めた熱と官能に足を掬われ、
体表を薄く覆っていただけの湿りは汗の粒となり、肌を濡らして滴り落ちる。
雫を受けて熱が沸き起こり、盗み見た真剣な表情に抑えきれぬ恋情が暴かれる。
愛しさと切なさと諦めが綯交ぜにになって、通り雨のように叩きつけてきやがる。
そして止めは、恋次、と消え入るような掠れた声で呼ばれた自分の名。
まるで落雷のように背筋を貫ぬいた。
こんな声で呼ばれては、堰き止めていたはずの熱が、
奔流を為して迸り出てしまうのを止められるはずもなかった。
体中を満たす余韻に酔ったまま眼を開けると、
「へへ、俺の勝ち」
と抑えきれぬ優越感を溢れさせた一護が、俺の精液で白く汚れた指を見せ付けてきた。
勝負もへったくれもねえだろ、と毒づいてはみたものの、荒い息で途切れ途切れ。
一護のを扱いてたはず俺の手は、いつのまにか一護の肩に回ってしがみ付いている。
なんてこった、やってらんねえ。
だから仕返し代わりにその手を引っ掴んで、一護のシャツで拭いつけてやった。
一護は当然のごとく、何しやがんだテメーと本気で青筋立ててきやがったけど、
それを無視して腰を引き寄せ、肩先に顔を埋めて、
「まだ終わってないんだろ?」
と囁くと、一護の体が面白いぐらいに強ばった。
そのくせ何も言わずに俺の腰を引き寄せ返し、
未だ硬い自身を擦り付けるようにして続きを強請ってきたから、
自分で抜きやがれと揶揄してやると、泣かすぞテメーと大上段に構えた返答。
全くこの意地っ張りがと顔を上げてみたら、
一護の表情は直視するのも憚られるほど、甘く溶けている。
こっちが恥ずかしくなる。
だから要望に応えた振りして口を吸って、そのまま一護のに指を走らせる。
するとようやく熱だまりのような薄茶の瞳が姿を隠したから、
俺は安心して次に進む算段を企てる。
そう、まだ痺れたままの背筋のことも、
今にも砕け落ちて揺れそうになる腰のこともきっちり隠し通して、
快楽に歪むその表情を堪能しながら、
その瞬間の顔を思い浮かべながら、
ありったけの想いと熱を乗せてその耳に吹き込み返してやるよ。
一護、とオマエのその名を。
2007. 受恋企画寄稿作品 2008.03 加筆・修正、再録
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