熾火



くん、と鼻を鳴らして、一護が自分の手の匂いを嗅いだ。
煙草の匂いがすると眉をしかめる。
だから思わずその手を取ってしまった。

いつもと何の変わりもない細く骨ばった手。
学生らしく黒鉛に薄く汚れている。
あんな大刀を振り回すとは思えない、妙に細っこくて長い指。
そのくせ刀を握るせいで、掌の皮膚は厚く硬くなってる。
一護のアンバランスな生き方そのものを象徴する手。

意地とか根性とか無駄に深い思いやり、過剰な責任感、激情、その他諸々。
そんなモンが綯交ぜになったテメーの暴走を止めようとすること自体、無駄なのかもしれないけど。

「・・・・・大体急ぎすぎなんだテメーは」
と呟きが漏れると、当然の如く、
「んなこたねーよ」
と生意気な声と視線が返ってきた。

握ったままだった一護の手。
ちろりと指の腹を舐めて爪先を噛む。
微かに、だけど確かに煙草の存在。
思わず口元が緩む。
だってこれは俺の好きな銘柄。


「何、笑ってんだよ」
「何でもねーよ。ガキの癖に煙草吸ってんじゃねーぞ」

俺の言葉に一護は笑って
「なわけねーだろ、テメーのだぜ?」
と手を引き戻し、自分の指も、俺のも、まとめてゆっくり口に含んだ。
恍惚とした表情に、舌の動きと柔らかさに、見上げてくる視線に、
なけなしの理性を持っていかれそうになる。

突然、血が滲むほどきつく噛まれた。

「・・なにすんだテメー」
手を引こうとすると、
「同罪だろ?」
と歌うように囁いて手を離さない。
わかんねーよと言うと、それでいーんだよ、と笑う。
そして今度は俺の人差し指一本を選び取り、舌を這わせ始めた。

伏せられた眼と、軟体動物のような舌の動き。
眺めているうちに何か、どろりとした感情が胸の奥で生まれた。

失った何かを恋い慕うような、鈍い痛み。
黒く粘って、大事な柔らかな部分を覆い隠してしまう。

何だコレは。
こんなに、全身で一護は俺を求めてくるのに、
その眼はカケラも嘘をいっていないのに、
何故俺はこんなに苦しくなる。
こんな感情は、知らない。


つ、と髪を引きおろされて、一護の顔が近くなり、笑いを含んだ視線にぶちあたる。

「何、夢見てんだ。俺はココ」
「・・・つーか、コレもテメーだろ?」

散々しゃぶられてふやけちまった指を一護の口の中に戻し、
上顎をざらりとなで上げる。
くすぐったそうに笑った一護は、指を甘噛したあと、
「大正解。・・・・・褒美いるか? もういけるだろ?」
とゆっくりと動き出した。

入りっぱなしだった一護のはもう固く回復してて、ゆっくりながらも遠慮会釈なしに腹ン中を抉ってくる。
気がつくと俺だって似たようなもので、指一本舐められただけだってのに簡単に再燃してた。

「・・・・あ・・っ!」

上に乗ったままの無理な姿勢だし、
いきなり一番ヤバいところを突かれたから、つい体が逃げた。
腹の中に溜まってた一護の精液がどろりと漏れ出す。
いつもなら無理に腰を引き戻す一護は、くつりと笑い、代わりに俺の髪を引いた。
上体ごと倒れそうになったから、一護の胸と脇に両手をついて、なんとか体重を支える。

「褒美だっつったろ? 好きなように動けよ」
「・・・・・何を偉そうに。疲れたんだったら止めりゃあいい話だろ?」
そう言って腰を引こうとすると、
「意地張ってんじゃねーよ」
と一護は言って俺の前を掴んで固定し、そのまま自分の腰を打ちつけた。

ほとんど抜けかけてたのが、零れ出た精液のぬめりを利用して勢いづき、一気に肉を押し入ってきた。
楔に貫かれるような痛みと快楽が、衝撃となって脳髄へと駆け抜ける。
背が強烈に反り返り、甲高い声が漏れた。

「ひぃ・・・っ」

一気にコントロールを失った俺の体を支える一護は、興奮を抑えきれず得意げな表情。

「どうする?」

そんなことを囁かれても、一護のが深く突き刺さったまま緩く動いてる。
もう膝にも腰にも力が入らなくて、自分では動けそうにない。
さっきの衝撃から立ち直れてない身体は敏感すぎて、たったこれだけの刺激でイきたがってる。
それなのに突いてくる先は微妙に外されてるから、焦れる。
口を開けば、イかせろと乞うてしまいそうで、唇を噛み締めることしかできない。
どうせならいつもみたいにがっついてくればいいのに。

重力に従って一護を下敷きにしているのは俺なのに、
自由度が高いのは俺なのに、
なのに何故、全部曝して、自由を奪われて、操られている気がする?

睨みつけると、ごく、と一護が唾を飲んで喉を鳴らした。

「何、誘ってんだよ・・・」

誘ってねーよ、ムカついてんだよ。
そう怒鳴りつけたいけど、今、口を開いたら負けだ。
きっと喘ぎ声しか出ない。
唇を噛み締めて、その痛みで辛うじて正気と理性を保つ。

急に心配そうな顔になった一護が、俺の頬に手をかけた。

「唇、切れるぜ?」

そして親指でそっと下唇をなぞられたから、堪えきれず息を吐いた。
自分の出した強請るような声に耐えきれず眼を瞑ると、一護が上半身を起した。
一護のが腹ン中で捩れて、ああ、と善がる声が漏れた。


「・・・ふ・・・・んっ・・、ん・・・っ」

突き上げられるたびに、呼吸が漏れる。
規則正しすぎて笑えるぐらいだ。
でもそれが、泣き疲れた子供の嗚咽に聞こえる。
物陰で声を殺して、ガキの俺が泣いている。
そんな気がする。
でも、そんなガキのことなんか知ったことじゃねえ。
俺はテメーじゃねえ。
放っておいてくれ。


胡坐に跨った姿勢で、しがみついたまま揺さぶられると、
打ち付けられる熱も思いも、まるで楔のように突き刺さってくる。
何回イっても、くたばるほど疲れ果てても、いつも何かが足りない。
俺は何でこんなに乾いてるんだ。
どうしてこんなにこの子供が欲しいんだ。

普段、押さえつけている欲望が解放され、狂気のように体中を駆け抜ける。

一護のを締め付けて、腰を振って、快楽を貪る。
切れ切れに聞こえる一護の声も、もう意味を成さない。
意地も恥も捨てて、一護の身体を貪り食う。

狂って狂わせて、縛り付けてやる。
こいつは、俺のだ。

本音が漏れた。



やっと体を離して布団に横になると、一護が俺の首の下に腕を入れた。
そのまま抱き寄せられる。
速めの鼓動が伝わってくる。
一護の身体がずいぶん冷たく感じられるのは、俺の方が火照ってるってことか。
先刻までの自分の嬌態を切れ切れにででも思い出すと、更に顔に熱が上がる。
でも、寝に入ったらしく一護の身体から力が抜けてきたから、そのまま俺も寝る振りをして遣り過ごすことにした。


一刻もしないうちに、一護の寝息が聞こえてきたから、そっと腕を外して抜け出す。
見下ろすと、あどけない寝顔。
何もかも置き去りにして、一人で急いで成長しようとする子供。
頬に唇を寄せると微かに匂う煙草の香り。

「・・・すっかりうつっちまったなあ」

零れる独り言、ため息、そして笑み。
煙草の匂いでも何でもいい。
俺のカケラでもオマエのどこかに残っていれば。


情事の直後でも胸の奥底で赤黒く燃えているこの感情。
絶対誰にも知られちゃいけない。
だからそっと灰をかぶせ、火を消す。
でももう気がついてしまった。
白く燃え尽きた振りをして、芯は赤黒く燃えている俺の本音。
熾火のような、独占欲。



2007.4.29 <<back