そして長い夢から覚めると、そこには怒鳴り続ける恋次が居た。
「オイ、一護! いつまで寝てんだこのバカッ!! 帰るぞコラ! 起ーきーろー!」
覗き込んでくる半眼はいつものとおり不機嫌な真紅で、遠慮を知らない唇は、盛大に罵詈雑言を叩きつけてきてる。
夢の中の、揺れる水面に映っていた恋次の寂しげな様子とのあまりの違いのせいか、くらりと眩暈を覚える。
「… 煩せェ。起きてる」
「うお…ッ、いつの間に …」
「… あからさまに驚くんじゃねえこのバカ」
「バ、バカはテメエだろ、阿呆みてえにグースカ寝てやがって! 殴っても蹴っても起きやしねえ」
「テメエ、俺が寝てる間にそんなことしてたのかよ」
「し …、してねえ! モノの例えだ、モノの」
いつの間に寝てたんだろう。
妙に動揺している恋次は放置して、ベッドに横たわってた身体を起こしてみたが、寝てる間に殴られまくって脳震盪でも起こしたか、眩暈が続いていた。
軽く頭を振ると、恋次が心配そうな顔で覗き込んでくる。
「大丈夫か?」
「… あ? ああ。つかテメーに心配されるようなこたぁねえよ」
「し、心配なんかしてねーよボケ!」
「少しはしろよ、心配」
「するか! つかテメーが花見行くって張り切ってるからわざわざ来たんじゃねえか。なのに昼寝した挙句、起きねえってのは一体どういう按配だ、あァ?!」
「逆切れかよ。つか今日もいろいろと派手だなあ、… 顔とか服とか」
「あ、何だその眼はッ! 俺のセンスに文句つける気か?! つか顔ッ?!」
「… いや、恐れ入りました。俺もう花見してる気分」
「んだとテメエッ!!」
ついに恋次はぶちきれて殴りかかってきた。
それを掌で受け止めつつかわし、でかい身体を抱きこんでその勢いのまま、ベッドに背中から倒れ込んだ。
「う … わッ、テメエ、何しやがるッ」
「何って …、抱っこ?」
「だ … ッ」
「おかえり」
ぎゅっと抱きしめると、恋次の匂いがする。
「へ…?」
「聞こえなかったか? おかえりって言ったんだ」
凍り付いてしまった恋次の肩を押し返すと、俺に覆いかぶさる形になってた恋次が、まん丸な目をして覗き込んできた。
「… オイ、一護。オマエ、本当に大丈夫か? 頭かどっか打ったのか?」
恋次は思いっきり戸惑ってた。
俺も何であんなこと言ったのか分からない。
ただ、あの夢の中で俺は本当に一人で、ここに帰って来れないような気がしてた。
─── あれ? だったら俺、おかえりじゃなくて、ただいまって言うべきだったんだろうか。
黙ったままの俺をどう解釈したんだか、恋次はカリカリと頭を掻いて、
「…どっちかっつーと、こんにちは、だろ」
と零した。
しかも横顔が薄く赤くなってきている。
もしかして、この部屋に「おかえり」と俺が言ったと、そう勘違いしてるんだろうか。
「ぶっ …」
「あ、テメエ、笑うとこか、そこ?!」
笑うとこだろ。
どのツラ下げて「こんにちは」なんだよ。
俺は腹を抱えて笑い転げた。
恋次は憮然として俺を暫く見てたが、
「その様子じゃ本当に春ボケしちまったらしいな。大丈夫か、マジで?」
と冷静さを装ってきた。
それがあまりにも恋次すぎて、俺はさらに噴出した。
「…テメエ、笑うんじゃねえっつってんだろ」
「あ? 悪りィ、悪りィ。つかよ」
「…んだよ」
「俺、オマエじゃなくてよかった」
「…あァ? どういう意味だ、そりゃ」
眉間の皺がうんと深くなった。
なんて単純なんだろ。
「だって俺がオマエだったらこうやってキスできねえじゃねえか」
「… はぁ? ってオイ … ッ」
「いーから黙ってろって」
「つかヤベッ、俺、義骸だった! 誰か来たらマズいじゃねえか!!」
「うん、知ってる」
「… ッ!!」
慌てて退こうとする恋次の肩に腕を回し、無理やり唇を重ねるだけのキスをする。
そして夢の中のあの時間を思い出す。
あのとき、確かに恋次の何かを知って、何かを理解できたと思う。
今はもう消えてしまったけど、あの想いはここに深く残ってる。
恋次もこうして此処にいる。
だからこうやって抱きしめられる。
俺は、やっと分かった気がした。
そうだ、その方がずっとずっといいんじゃないか?
知って理解して近づきすぎて同化してしまうより、こうやって違いすぎるほど違うまま、側にいるだけでいいんじゃないか?
俺、何を焦ってたんだろ。
恋次は恋次だし、俺は俺なんだ。
知らねえことばっかでフツウじゃねえか。
触れたままの唇をそっと頬に滑らせながら、恋次の閉じられた瞼の下の真紅の色を想う。
あの瞳がずっと、俺を映していてくれればいいと思う。
「… あ、桜の花びら、ついてる」
唇を離すと、恋次は妙に息を弾ませていた。
そのまま体の位置を入れ替え、恋次に覆いかぶさると、床の上に散らばった白いものが目に入った。
どこから入り込んだものか、掌いっぱい分はある桜の花弁だった。
─── 恋次が運んできたんだろうか。それともあの夢から零れ落ちたんだろうか。
だがそれも今となってはどうとでもいいこと。
「… テメエ、マジでやる気かよ」
掠れた声に視線を戻すと、拗ねた顔をした恋次が睨み上げてきてた。
たまらずまた笑い出した俺を見て、恋次は声も出ないぐらい怒ったけど、
その赤が、あの夢の中の桜の枝の向こうに見え隠れしてた赤と重なって、思わず抱きしめてしまった。
そうしたら恋次も黙った。
だから、今年は花見をしそこねてしまうだろうけど、
それはそれで合意の上だし構やしないだろうと、俺は解いた恋次の髪に唇を埋めた。
タイトルは造語。白昼夢→Air castle→空中楼閣→桜の中の楼閣、という感じ。ソメイヨシノではない桜を題材に。
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