「じゃあアレか。テメーは自分が情けなくて走って逃げたのか」
「…! そんな言い方はねえだろ!」
「まんまじゃねえか。つか…、何が情けねんだ?」
恋次にはサッパリ分からない。
「…だから」
「だから?」
「観覧車だから…。しかもデートだし…。なのに俺、全然…」
「…?」
首を傾げたまま真剣に見つめてくる恋次に、一護はついにキレた。
「ああもう! 何で分かんねーのかな?! つかやっぱ、テメーが悪りィんじゃねえか!」
「んだと、あァ?」
「せっかくこんなとこまで観覧車乗りに来たってのに、テメーは外ばっか見てよ!」
「ってそのためのもんだろ」
「違うだろ!」
「違う…?」
「違うに決まってんだろ! つか空をびゅんびゅん飛びまくってる死神が外に見蕩れるなよ!」
確かに、風景に見入ってしまったのは計算外だった。
だがそれが目的だったのではないのか?
「外を見ちゃいけねえ…? じゃあアレか。観覧車ってのは高いところが苦手な人間への罰ゲームかなんかか?」
「違…!! テメーの眼は赤いばっかで節穴か!」
「んだとテメー!」
「何で罰ゲームなんだよ! 遊びに来てんだよ、みんな!」
「だから最初っからそう言ってんじゃねーか」
「…だからそうじゃなくて…。つかどんな奴らが来てた? 周り、見ただろ?」
段々、誘導尋問の様相を呈してきたことにも気付かず、恋次は真剣に首を傾げた。
「周り…? ああ、そういや…」
観覧車に乗ろうと並んでいたのは、親子連れかカップルばっかりだった。
子供たちのグループならともかく、いい年した男二人連れなど皆無で、尸魂界に属する自分はともかく、一護には困った状況だろうと、並んでいるときから少し距離を置くようにしていたが、もしかしてそれがマズかったんだろうか。
「逢引の奴らばっかだったな。で…?」
「だから…!!!」
怒鳴りつけてくる一護の顔が、突然、真っ赤になった。
「デートなんだよ、今日は! しかも観覧車の!」
「お、おう…」
「だったらすることとかあるだろ!」
「すること…」
唇を尖らせた真っ赤な顔を見てるうちに、やっと鈍い恋次の頭でも、一護が何を言わんとするか分かった。
「ああ、接吻か」
「せ…!!」
そういえば一護と恋次が乗った観覧車の箱の前後はどちらも二人連れの男女で、大胆な行為に及んでいたのは目の端で捉えていた。
「あ、キス、だっけ? 現世だと」
「キ、キ…!!」
いまだにキスという単語一つ、全うに口に出来ないのか、真っ赤な顔のまま一護が眼を白黒させているのを目にして、恋次はやっと合点がいった。
「んだよ、そういうことかよ。なら、今、すりゃあいいじゃねえか。ん…?」
さっき邪魔されたことでもあるしと、体勢の有利を活かして、顔を近づけると、
「アホかテメエッ」
「痛てェッ!!! 何しやがる!」
「こんな人通りのあるところで、何考えてやがるテメエッ!!」
思いっきり殴られた頬を抑えつつ、周囲を見渡すと、確かにちらほらと人影があった。
だが誰も彼も自分たちのことに夢中で、こんな影になったところでケンカもどきの言い争いをしている自分たちには、何の関心も払っていない。
それに観覧車の中といっても完全に密室なわけではなくて、前後の客からは覗き見えたりする。
─── 要するに、観覧車の中でってのが大事だったわけか。
恋次は、相変わらず真っ赤な一護の顔を見遣った。
肩で息をしている姿が、まるで駆け回ってきた小さな子供のようで、庇護欲をそそられる。
恋次は、腹の奥をくすぐられるような感覚を覚え、眼を細めた。
「…よし」
「うわッ」
恋次は、一護の手首を掴んで猛然と歩き出した。
「れ、恋次? オイ、ちょっと待てよ!」
「うるせえ。つかさっさと歩け!」
「って何処行くんだよ?」
「観覧車に決まってんじゃねーか」
「…はぁ?!」
「ほら、見ろよ。まだやってるみたいだぜ?」
「ってまた乗るのかよ!」
「さっきやり損ねた分もしっかりやろうぜ」
「やり…!!」
「外、見る余裕が無いぐらいのを、な?」
「…!!!」
手を思いっきり引っ張り返されて思わず立ち止まると、
一護は顔に血を上らせたまま、恋次を見上げてきていた。
その眼には、待ち合わせ場所で恋次を見つけたときの、照れたような表情が甦っている。
ならばずいぶんと前から、この観覧車での逢引のことを夢見ていたんだろう。
「…ん? どうした」
多少、意地悪な気持ちを込めて問い質すと、
「もう思いっきり夜なんだけど」
「それがどうかしたか?」
「こんな時間に来るのはもうカップルだけっつーか…」
「だから何だ?」
分かっている答を促してやる自分は心底、意地が悪いと自嘲しつつ、
恋次は悠々と歩き始めた。すると、
「いや…、俺、もう力が抜けた。どーでもいい」
と、本当に脱力し切った声が返ってきた。
だから恋次はしっかりと一護の手首を握り締め、とぼとぼと着いてくる一護の振動を堪能しながら、すっかり夜の帳が下りた街の中を、海辺に向かって歩き出した。
光が途切れるところに立つその巨大な歯車は、もう見上げるほどの大きさに近づいてきていた。
(終)
観覧車の中ではチューするという常識が通じるわけも無く、窓にべったりと張り付いた死神の後ろでタイミングを計りつつジリジリと焦っていたという高校生の顛末。というか人目を気にしないにも程がある。
[WEB CLAP]
<<back