静けさに似て
藍染らの叛乱後、何人もの隊長格を欠いた尸魂界は混乱を極めていた。
だがここに、戦いを終えて暢気に六番隊に遊びに来た旅禍がひとり。
「よ! 恋次、いるか?」
一護は六番隊の執務室をのぞきこんだ。
しかし、隊長職代行中のはずの副隊長の姿は見えない。
目立つ容姿だし、あの霊圧だし、すぐに見つかると思っていただけに、
あてが外れた一護の苛立ちは一層ひどい。
こんな忙しいときにどこ行きやがった、仮にも副隊長のクセに何やってるんだと、
自分が邪魔をしにきたことはとりあえず横において、周囲をイライラと見回した。
「お、そこのお前! 恋次、知らねーか?」
一護が声高く呼びかけると、
運悪くそこを通りかかった死神は、緊張した様子を見せつつも駆け寄ってきた。
「恋次さん、ですか?」
と、その死神が首をかしげると、顔の横に垂らした髪飾りのようなものがさらりと揺れた。
それを目にした一護は、こんなちゃらちゃらしてて、しかも子供のクセに死神なのかと、
自分のことは棚上げして、訝しげな目で理吉をにらみつけた。
見れば眉の上には刺青も入っている。
そういえば恋次のヤツも山のように刺青入れてるけど、こっちの風習なのか、
もしかしてガキのときから少しづつ入れたんだろうかなど、なかなか会えずにいる恋次のことを思った。
そんな一護の定まらない様子をじっと見ていた死神は、
何か思い当たるところがあったらしく、唐突にぽんと手を打ち合わせて頭を下げた。
「黒崎一護さん、ですよね。俺、理吉です。六番隊に勤務してます。
一護さんのことは、恋次さんから伺ってます。よろしくお願いします」
「お、おう。こちらこそヨロシク。」
思いがけず名前まで呼ばれ、しかも恋次の名前まで出されて一護はガラにもなく戸惑った。
そんな一護を見て、理吉がくすりと笑う。
もちろん負けん気の強い一護はむっとする。
初対面のくせに妙に人懐っこすぎやしねえか。
だいたい、笑顔と目つきにもなにか含みを感じる。
それに副隊長じゃなくて「恋次さん」呼ばわりってのは一体どういう了見だ。
気に入らないところを上げだすとキリが無い。
一方で、一護の眼が細まったのを目にしても、理吉の方はどこ吹く風。
「あ、恋次さんでしたよね。今ちょうど、鍛錬場に向かったところです。」
くるりと背を向けて歩き出した。
道案内をしてくれんのかよ、親切なこったと一護は一人ごちた。
まあいい。鍛錬場ってコトだし、恋次に相手をしてもらって、
回復した身体を思いっきり使えばスッキリするだろうと、一護は理吉の後をついて歩いた。
鍛錬場というからには武道館のような派手な建築物を思い浮かべていたのだが、
たどり着いたのは白壁とはいえ、簡素な何の変哲もない建物。
その建物の横に回った理吉は、入り口ではなくて、壁にある木枠の窓に指をかけて中を覗き込んだ。
「あ、もう始まってるみたいですよ」
囁いた理吉に、なにが始まったってんだよと訊こうとして、その横から
中を覗いた一護は、思わず息をのんだ。
そこには、板間の中心に、正面をすこしはずして正座している恋次の後姿があった。
いつものように高く括り上げられた紅い髪が、死覇装によく映えている。
真っ直ぐ、天と地を繋ぐかのように伸ばされた背は広い。
それは確かに、間違えようも無く恋次なのだが、
静か過ぎるほどに抑えられた霊圧が、恋次を恋次で無くしているようだった。
零に近い霊圧が空間を支配する。
時間さえも意味をなくし、空虚そのものが実体となり、そこに在るもの全てを圧する。
そして緊張がわずかに高まったかと思われた次の瞬間、
雷光の速さで抜かれた剣が、前後の空間を切り裂さいた。
爆発したかのように発せられた霊圧と殺気は、
圧倒的な力で周囲の全てを破壊したかに思えた。
一瞬見えたのは氷のように冷たい光を宿した半眼。
その残像が消えぬうちに、刀は鞘に納められていた。
ごしごしと一護が目をこすってみると、
鍛錬場中央には、静謐そのものの恋次が先ほどと変わらぬ姿で端座していた。
こんな恋次、俺は知らない。
一護は、恋次の姿に圧倒されていた。
自身も空手を嗜んでいた身だ。
武道に馴染みが無いわけではない。
実践で技も磨いてきた。
恋次にも勝った。
でもこれは武道ではない。
闘いでも無い。
そのどれにも
似て非なる何か。
「すごいでしょう?」
どこか自慢そうに理吉が言う。
「これで恋次さんに憧れてしまう人は多いんですよ。
もっとも恋次さん、周りなんか見ないから気付いてないですけどね。」
悔しいけど、分かる気もする。
普段の騒々しい様子、戦いのときの燃えるような覇気とのギャップが激しいから、
そこに捕らわれてしまう奴も多いだろう。
でも。
「たーしかに! 恋次のヤロウ、絶対気がつきそうにねえな! バカだしな!」
「・・・は?」
憧れの副隊長を、しかもこの鍛錬の様子を見た直後にバカとあっさりこき下ろす一護に、
理吉は思わずのけぞりった。
そんな理吉の様子に調子にのった一護は、
「目つきもこーんなでさ!」
と、
目尻を指で引っ張って、思いっきり細めの吊眼にしてみせる。
「だからきっと、なーんにも見えてないんだぜ、あいつはよ!」
けけっと笑ってみせた一護に理吉は呆然とした。
何か反論しようとしたが言葉が見つからない。
口をぱくぱくさせていると、一護の後ろに一回り大きい人物の影が浮かんだ。
ゴスッ。
派手な音が響いて、後ろから急に殴られた一護は頭を抱えてうずくまる。
「・・・・・テェ・・・ッ!」
「オイ、何エラソーに人のことバカ呼ばわりしてんだ。この単純バカくそガキ!」
いつの間に鍛錬場から出てきたのか、一護の背後に仁王王立ちになっていた恋次は、
人の稽古、邪魔すんな!、と更に一発二発と一護に蹴りを入れる。
だがもちろん、黙ってやられてる一護ではない。
「・・・なっにしやがんだ、てめー!!!」
うずくまった姿勢から思いっきりジャンプした一護は、廻し蹴りを恋次の頭部に食らわせる。
ドカっ。
一護のケリが側頭部に
クリーンヒットしてくらくらする頭を抱えた赤い頭の副隊長は切れた。
「てっめぇぇぇ、つけ上がりやがって! 吼えろ、蛇尾丸!」
「いっきなりぶち切れんじゃねぇ!! いくぜぇ、斬月!」
いきなり始まった大喧嘩におろおろしていた理吉は、
開放した斬魄刀を手にした2人を見て、震え上がった。
何もこんなところで斬魄刀、開放しなくても!
このままじゃ、隊舎まで破壊されてしまう!
恐ろしい速さで理吉の頭脳が回転した。
そして反射的にこの窮地を救う名案を思いついた。
「あ!!! 朽木隊長だ!」
「なにぃ?」「た、隊長?!」
理吉の言葉に一瞬、2人が凍りつき、
柄を握り締める手を止めて、ぐるぐると周囲を見渡した。
だがもちろん、朽木白哉の霊圧も姿も認めることは出来ない。
一体どういうことだと二人同時に睨みつけられた理吉は両手を上げた。
「・・・ご、ごめんなさい。嘘です!
でも本当に、隊舎壊したりしたら、絶対減俸ですよ?
隊長、切れますよ?」
「・・・・・・んだと?」
「テメェ・・・・!」
二人に刀を向けられた理吉は、許してくださーい!と叫び、脱兎の如くその場を逃げ出した。
そして後に残されたのは、振り下ろす先を失って、力なく刀を握り締めている二人。
「・・・んなんだよ」
「全くだぜ」
ふう、一息ついて刀を納め、気を取り直した一護はガシガシと頭を掻き、
同じく呆然と突っ立っている恋次の肩をバシバシと叩いた。
「あーまー、アレだな。面倒見のいい部下がいてよかったな。これで白哉に怒られる心配もしなくていいし」
「喧しいっ。面倒見てやってんのは俺なんだよっ。つか隊長、呼び捨てにすんな!」
そういって恋次は、げしっと一護の尻にひざ蹴りを一発見舞う。
すると一護も、なんだよ、と恋次の腹に突きを入れ返す。
その突きがうまく鳩尾に入ったので、恋次はうげぇと呻きながら腹を押さえた。
じゃあ
またケリが返ってくるかと一護は身構えたが、恋次は一護を一睨みして、ふいとあらぬ方向を向いた。
そして、
「あーあ、邪魔しやがってよ。せっかくとれた休憩だったのに。」
と
口を尖らせてブツブツ不満をぶちまける。
鍛錬が邪魔されて心底がっかりしたのだろう。
素でいじけている副隊長は妙にガキくさい。
先ほどの
鍛錬場での姿が嘘のようだ。
でも、きっとどっちも恋次なんだよなと一護はその横顔を見つめた。
命の遣り取りをしたり、共に闘ったことで、すっかり恋次のことを知った気になっていた。
けれどその自信は、鍛錬場で刀を振るう恋次を見てあっさり砕かれた。
俺の知らないコイツはどれぐらいあるんだろ?
気が遠くなるような年月を、コイツはどう過ごしてきたんだろ?
何を背負ってきてるんだろ。
もっと知りてぇなぁ。
一護はなんだか焦りに似た寂しさを感じた。
そんな感情は初めてで、その正体が何かはわからないけれど、
でも今、此処に一護と共に在るのはやっぱり恋次に変わりない。
ならばそれでいいと一人勝手に納得した一護は、
「・・・しょーがねぇなあ。じゃあ俺が一発、相手してやるよ。」
と足を速め、先を歩き出した恋次を追い越した。
振り返りざまに、斬魄刀解放はナシな?と念を押して、一護は勝手に鍛錬場に向かう。
拗ねた顔つきの副隊長殿がついてくるのを確信して。
2008.6.3 改定・再アップ サイト移転以来、リンクが切れてました。失礼しました。
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