天高く 



穏やかな秋の日。
暑気はいつの間にか消え去り、代わって肌を撫でるのは少し乾いた空気。
まだ目に見えて色づき始めたわけではないが、木々は冬支度を始めたようだ。
風が枯葉の匂いを運んでくる。
窓の外、空はあくまでも高く、蒼一色。
肘をついてぼーっと外を眺めていた俺は、思わずつぶやいた。

「・・・・・秋は天が高いってほんとなんだ」

「あ? 何言ってんだテメー」
「一護。貴様、何をめらんこりっくになっているのだ」

振り向く死神二人。
ハモってるようなハモってないような、そんな微妙な二重奏。

「いや、別に。・・・・つーか、天高く、“死神”肥ゆる秋って感じ?」

だって目の前には甘味の山。
延々と解説を続けるルキアと、それを黙々と食う恋次。

「・・・・・・テメーにはやんねーぞ」
「いらねーよ!!」

つーか、そんなに入るのかよ?
鯛焼きを筆頭に、いろんな種類の団子、饅頭、あんみつ、白玉、きんつば、最中。
まだまだ残ってる。
さっきからずっと食いっぱなしじゃねーかよ。見てるだけで気持ち悪くなりそうだ。
いくら好きっていっても限界ってもんがあるだろう?

「すまぬが茶を持ってきてくれぬか」

へーへーと素直に従って階下に行く。
せっかくだからうんと渋い茶を入れてやろう。
思いっきり茶っ葉を入れた急須と湯のみを3つ持って階段を上がっていくと、ルキアの弾んだ声が聞こえた。
何故か中に入るのがためらわれてドアの前に立ち尽くす。

「うまいか?」
「おう」
「そうか、よかった。現世の甘味はうまいからな。貴様には食べさせてやろうと思っていたのだ。
 どうせ碌なもの、食べていないのだろう?」
「テメー、さりげなく見下してんじゃねー。俺だって副隊長だぞ。給料、結構もらってんだ」
「ほぅ?出費も多いと聞いたぞ?」
「誰がそんなこと・・・・ぅぐっ」

喉につまったらしい。恋次が咳き込んでいる。

「莫迦者。食べながらしゃべるやつがあるか」

とんとんと背中を叩いているらしい音も続く。

「貴様はどうしてこう、進歩がないのだ!」
「やかま・・・し・・・、ごふっ・・・う、うぇ・・」
「ほら、ゆっくり息をして。大丈夫か?
 おい、茶はまだかっ?」

・・・・・へいへいへい。お茶係、登場ですよーだ。ガスっとドアに蹴り入れて、中に入る。

「ほれ、茶」

熱いけどな、と忠告する間も無く、ルキアは茶を恋次の喉に注ぎ込む。

「・・・ってぇぇぇぇ!」

だからホラ、熱いって、茶。
もうちょっと考えろよ。
涙ぐんでる恋次は気の毒なんだけど、どうも今ひとつ親身になれない。
ルキアが世話を焼いてて俺、やることないし。
つーか完全に蚊帳の外だし。
面白くねーし。

「何を不貞腐れておるのだ、貴様は。貴様の分もあるのだぞ。チョコ餡だ」

恋次の背中をさすり続けるルキアが、山積みの甘味の中から一個、投げてよこす。
俺がチョコ好きだって覚えてたんだ。ちょっとだけ嬉しい。
でもチョコ餡鯛焼きはかなり遠慮したい。
そんな俺の戸惑いを鋭く感じ取った恋次が、視線で合図を送ってくる。
食えって?
ありがたく?
すっげーイヤだけど、でも恋次の目がすっげー厳しいんで、押されて一口。
バク。
結構いけるかも。うん、結構おいしい。

「うまいか?」

覗き込んでくる嬉しそうなルキアの顔。
コイツ、こんなフツーの穏やかな顔も出来たんだな。
アレかな。
なんか幸せなのかな。
後ろで恋次も満足げ。保護者かテメーは。

「お、井上に礼を言わねばならぬ。甘味処を良く知っておるぞ、井上は」

そのせいか。この妙なチョコ餡鯛焼きの存在は。
ではまたな、と足取りも軽く窓から飛び出していくルキア。
いい加減、出口覚えろよ。
で、振り返り様、爆弾発言。

「スポンサーと情報源は兄さまだ。心して食せよ。ではな!」

恐る恐る恋次を振り向いてみると、一向に意味がわかっていないよう。

「・・・・すぽんさーってなんだ?」

いや、知らなくていーから。
ルキアだけでもう十分。
この上、白哉が裏にいるなんて知ったら恋次、残りも全部食って腹、はじけるから。

「・・・・スポンサーてーのはアレだ、ほら、世話係みたいなもんだ」

ウソじゃないよな。

「・・・・・オマエさ、俺がこんだけ買って来たら食うの?」
「食うわけねーだろー! ほとんど拷問だぞコレ!!」

じゃー食うなよ、と喉元まででかかったけど、涙目で辛そうなんで、一旦保留。
限界考えろよとか何とかぶつくさ文句を垂れてっけど、それ、ルキア本人に言えないものか?
なんかイラつく。

「・・・・・スポンサーってさ、出資者って意味でさ、だからソレ全部、白哉が買ったんだぜ?」
「マジかよ?!」

で、慌ててまた食おうとする恋次。阿呆かテメーは。

「・・・・・で、コレ買ったのが俺だったら全部食うの?」
「だから食わねーつってるだろっ、つーか食いきれねぇよこんなの!!」

じゃーその手に持ってるモノは何だ?

「じゃなんでルキアや白哉のは食うんだよ?」

しまった、本音が出た。ヤベぇと思ったけど後の祭り。
ちらり、と恋次を見ると、どうやらそれどころじゃないらしい。目が宙を泳いでる。

「うー、キボチワルイ・・・、吐きそう」

慌てて袋を渡して背を向けると、おえぇぇぇ、と派手な音。そこまでガマンして食うかね?
恋次に茶を入れてやりながら訊く。

「もう止めとけば?」
「んー、休憩しとく」

そしてゴロンと横になる恋次。腹さすってるし、顔色悪いし。
つーか気付けよ、ルキア! こんな食えるわけねーだろ!

「あのさ、何でオマエ言わないの? 食いきれるわけねーじゃん」
「でもなー。アレがヤツなりの詫びと仕返しなんだろーよ」

オイオイ、仕返しもあんのかよ。

「まーいろいろあったからな。コレぐらいで済みゃあ上等だ。さ、行くか」

ってまた食うのかよ。でもなんか邪魔できない雰囲気。訳わかんねぇ。
でもそこで、ふと思った。もしコレが遊子と夏梨だったら、俺は全部食うだろうか?
食うだろうな。意地でも。
とくにあの意地っ張りの夏梨が詫び素直に入れるとも思えねーし。
そう思うと、恋次が意地でも食い尽くそうとしてるのもなんかわかる。
ルキアのあの弾んだ声とこの膨大な甘味の量も。
そこに白哉が関わってくるのが気に入らねーが、それはルキアへの兄心ということで置いておこう。
まったく仕様がないヤツラだよ。

「茶、もうちょっといるか?」
「おう、うんと渋いの頼む。少しだけな」

天高く、死神肥ゆる。
そんな秋の日。




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