てざわり




ただいまーと玄関のドアを開けた途端に、きゃー、と妹たちが叫ぶ声と、何かが壊れる音が耳を劈いた。

「な…、なんだ…?!」

ケガでもしたのかと、慌てて一護が奥に向かって駆け出した矢先、なんだか妙な小動物状のものが風呂場に続く廊下から飛び出してきた。

「うおおッ…、って何だこりゃ?!」

思わず身をかわしてはみたものの、

「あ、お兄ちゃん、捕まえてっ!」
「ああ、逃げられんなよ、一兄っ!!」
「せっかく洗ったんだから外に出しちゃダメっ!!」

妹たちの必死の形相に押され、びしょぬれの猫とも犬ともつかぬものを押さえつけると、

「うっぎゃああああああああ」

ガブリと指を噛まれた。

「クソッ、離せッ、いってェだろうがッ!」
「きゃああ、お兄ちゃん止めてっ」
「そんなに振っちゃダメだってっ」
「痛てェんだよッ!!」
「もう、お兄ちゃんのばかっ」

それでもなんとか大騒ぎの末、暴れる一護を抑えきった妹たちは、もう大丈夫だよーと宥めながら、そっと一護の手から小動物を外した。

「ほらー。すごく怯えてるじゃないか! 一兄、加減ってもの、もっと考えろよ」
「ほんとだよ、お兄ちゃんったら酷い。ボスタフ・ジュニアが怯えてる」
「ボスタフ…。どっかで聞いた名だな」

口々に責められた一護は憮然とした。
だが妹たちは一護のことなんか気にしてない。

「あ、それ、俺のタオル…」

一護の存在など忘れ去った妹たちは、ボスタフなる小動物を乾かすのに気合入れまくってる。

「可愛そうなボスタフ・ジュニア。今きれいにしてあげるねー」
「あのね、遊子。飼っちゃダメなんだよ? 飼い主、見つかるまでの辛抱な」
「うん。分かってるよ、夏梨ちゃん」
「ならいいけどね」
「でも可愛いよね、犬って」
「まあでもこの犬、犬っぽくないよなー。目付きがひねくれてない?」
「うーん。きっと苦労したんだよ」
「根っからの野良犬なのかもなあ」
「大きくなってもこんな目付きなのかな」
「じゃないの? 三つ子のなんとかっていうじゃん」
「そうなんだけどねー。ねえ、夏梨ちゃん。うちで飼っちゃだめかな」
「うーん、ムリでしょ。うち、病院だし、それにオヤジと一兄の世話もあるしさー」
「うん、そうだね。仕様がないよね。じゃあ早く飼い主、探さなきゃ」

決然とした二人の目付きに、なんだか風向きの怪しさを感じ取った一護は、そっと部屋に戻ろうとした。だがそうは問屋がおろさない。

「じゃあおにいちゃん、ちゃんと乾かしててね」
「…え? 俺?! 何で俺が…!」
「あたしは今からサッカーの練習なの」
「あたしはご飯つくらなくっちゃ」

まじで?と自分を指差した一護に、
「がんばってね」
と妹たちの大合唱と満面の笑顔が浴びせられた。



「…さて」

愛用のタオルに包まった、ひどく痩せこけた犬を前に一護は固まった。

─── ドライヤー、どうやってかければいいんだ? また逃げんじゃねえか?

「クソ…、じっとしてろよ。噛むんじゃねえぞ、…って、アレ?」

よく見ると、確かにその仔犬は、牙をむき出して唸りながらも、酷く怯えた眼をしていた。
小さな体で精一杯威嚇してくる姿が、細かく震えている。

─── すんげえ意地っ張り。

くすりと一護は笑いを漏らした。

「オイ、犬。今からオマエを乾かしてやっから。だからじっとしてろよ?」
「ウー…」
「噛むんじゃねえぞ? あったかくて気持いいはずだから、少しガマンしろ。いいな?」
「ウウウ」
「ウウウじゃねえだろ」
「ウー…、ワンッ」
「あー、だーめだ、こりゃ。つか犬相手に説得しても仕様がねえし」

ガシっと一護が仔犬を掴みあげると、キャンっと可愛らしい声を上げた。
一護はそのまま鷲掴みにし、
「おーらおらおらおらー、熱ちィぞー」
と一番静かな温風に調節したドライヤーを掛け出した。
仔犬は案の定、キャンキャン騒いだが、
「逃げられるか、このチビ犬が」
と、一護が押さえ込んでるせいで逃げられない。

しばらく騒いでいた仔犬だったが、やがて何も害がないこと、温かくて気持いいことを悟ったのか、突然くにゃっと体から力を抜いた。

「お…」

ならば早く乾かせるチャンスと一護は、長い毛足を梳きながらドライヤーを掛けた。
だいぶ乾いてきたせいで、毛がふわふわになって、さっきよりうんと大きく見える。

─── 中身はあんなにやせっぽちでみじめな感じだったのに、毛が乾いただけでなんだかすごくキレイに見えるなんて、不思議な生き物だよなあ。

一護は感心した。
当の仔犬はといえば、気持よさそうにまどろんでるくせに、梳いた指が引っかかると、びくりと大げさに体を震わせる。
じろりと睨みつけてさえくる。
その反応と表情がそういえば、一護の大切な赤犬と重なるものがある気がする。

─── まず噛み付いてくるところなんかもそっくりだよな。かと思えば、すぐに気分を変えて、鼻をこすりつけてくるとこなんかも。それにこの匂い。太陽に干した後の布団ってか、そういうのも恋次と似てる。アイツ、今頃、くしゃみしてっかなあ。

一護は、くすりと笑った。

─── そういや、こうやって髪、乾かしてやるのも最近じゃ慣れたもんだよな。最初の頃なんて恋次、すげえイヤそうだった。髪、触られるの自体が苦手だったみたいだったし。まああの頃は俺も、ひとの頭にどうやってドライヤー掛けるかなんて知らなかったし。

熱ちィと大騒ぎしてた恋次を思い出すと、苦笑が漏れた。
見下ろすと、仔犬はすっかり一護の膝でくつろいでる。
恋次よりよっぽど適応性が高いよなと、一護は少し前の苦労を思い出した。
だって恋次が安心して一護に髪を乾かさせるなんて、ほんの最近になってのことだから。

─── 今度、恋次が遊びに来た時、この犬の話をしてやろうか。

一護は遠く、尸魂界に想いを馳せた。

─── 恋次はどんなツラするだろうか。ムっとして、俺は犬じゃねえとか言うだろうか。そもそもあのガタイなんだし、仔犬と比べること自体、おかしいといえばおかしいんだけどな。
でもほら。
手触りなんてそっくりじゃねえか。
なぁ?



その後、ふわふわに乾いた毛を括ろうと、仔犬と真剣に格闘してる一護を目にした遊子は、お兄ちゃんって犬好きだったんだ、後で夏梨ちゃんにも教えてあげよう、とお玉を握り締めた。



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