いつもだったら、こんな風に久しぶりに会ったときって体格差にそれとなく圧倒されるけど、
今日はあの戦闘用スーパー義骸のせいだろうな。
ずいぶん線が細く見える。
ただの蛍光灯の明かりだってのに、なんだかすごく違って見える。
今にも消えてしまいそうだ。
「れ、恋次…」
「よし!」
「うおッ?!」
危なかった!
ついうっかり手を出したところ、急に振り向いた恋次に見つかるところだった。
台無しになるぜ。危ねえ、危ねえ。
だが恋次は俺など視野になく、机に向かってびしっと指を指している。
「一護! アレがクリスマスツリーってやつだな?」
「ツリー…? あ、ああ。そうだけど」
ほぼ模型のようなもんだけど。
「そうか…。じゃあアレに祈ればいいのか?」
「へ…?」
「現世のカミサマがアレに宿ってんだろ?」
「カミサマ…?」
「供えもんはどうすりゃいいんだ? あ、この義骸を供えりゃいいか。一応、肉だし」
「人肉を供える…。どこの宗教だよ」
「しかしなー。俺も一応死神やってる身だしなあ。祈っても嫌われるんじゃね?」
「う、理屈じゃそうかもしんねーけど」
つか何か勘違いしまくってねえ?!
俺はなんだかすごく焦りを感じた。
祈るってなんだよ。
カミサマってなんだよ。
つか肉を供えるって、一体どういう儀式をするつもりなんだよ?!
もしかして俺の願ったクリスマスイブな夜は遠い夢だったのか?!
恋次相手にそんなもん願った俺がバカだったのか?!
「あ、あのなッ、恋次。それは違…」
「── なーんつってな」
恋次がニッカリと俺の眼を見て笑った。
「へ…?」
「クリスマスの下調べぐらいついてるぜ」
「え…?! そうなのか?」
「そりゃー、あんだけテメエが騒げばな?」
「う…」
「要するに好きなやつとメシ食って寝る日ってことだろ?」
「…ッ!!!」
じゃあ俺がさっきついたウソもバレてんのかよッ?!
俺は顔も首も熱くなるのを感じた。
ダメだ。
もうマトモに恋次の顔なんか見れやしねえ!
「一護。俺は腹減った。だからクリスマスを始めよう」
「へ…?!」
俺は、逸らしてた眼を反射的に戻した。
恋次は俺をじーっと見てた。
すっげえ真剣な眼だった。
ぐう、と腹の鳴る音もした。
「へ、じゃねえだろ。クリスマスだろ。メシ!!」
「め、メシ?!」
「すげー旨いんだってな!
現世駐在のときにクリスマスメシを食ったヤツに聞いたんだけどよ。
こう、鶏丸ごと一羽とか、ケーキとか言うでかい菓子の食い放題とか、
そりゃもう腹がはちきれるぐらい食っていいもんなんだろ?」
「…な、なんかちょっと違う気が…」
つか恋次。
眼が泳いでるぞ。
オマエ、今、現実が見えてねえだろ。
その赤い眼に映ってるのは、山ほどの肉とケーキだろ。
マッチ売りの少女か、テメーは。
「すっげえ合理的な制度だよな、クリスマス。現世ってすげーよ。
そんだけ食い物もらえりゃ、確かに簡単に袖にゃあ出来ねえよな。一宿一飯の礼って言うもんな」
「一宿一飯…。いや、激しく違う気がする」
だが恋次に俺の声は届かない。
「さー、一護! 俺の腹が破けるまで食わせてみろ。受けて立つぜ!」
「いや、だから勝負じゃねえし…」
けど、どんと胡坐をかいて俺を見上げてくる恋次の眼は、キラキラとしてる。
さっきみたいになんかヘンな光線が出てきそうな勢いだ。
あの眼に見つめられてたら俺、きっと、穴が開く。
俺は何かを諦めた。
そして、ちょっと待ってろと立ち上がると、
「オウ!」
と元気な声が返ってきた。
「オマエなあ」
ほんっとゲンキンなヤツ、とため息ついた瞬間、気がついた。
恋次の目の下、黒々と隈になってる。
もしかして本当に、すごくすごく無理して来てくれたんだろうか。
だとしたら、クリスマスについて誤解してるとしても、
バカにしたようなふざけた調子だとしても、
本当は俺の気持ちをすごく大事にしてくれてるんだろうか。
「恋次、オマエ…」
「ん…?」
困ったな。
そんなに無邪気に見つめ返されると、俺、何にも言えないじゃねえか。
何も訊けないじゃねえか。
「…ん。何でもねえ。なんか旨いもん持ってくるからちょっと待ってろ」
「…オウ?」
恋次は欠伸をかみ殺しながら、ゆったりと笑った。
パタンと、怪訝そうな瞳を残して後ろ手にドアを閉めると、部屋の外は真っ暗闇だった。
一人になったとたん、大きなため息がでた。
なんだか思ってたのと全然違うクリスマスイブになっちまったな。
そんなに鶏肉とか残ってなかったから握り飯でもつくってやるか。
とりあえずあの義骸はさっさとどこかに片付けなきゃな。
つか、プレゼントはいつ渡そう。
そんな現実的なことを頭の片隅で考えてたら、
今日のクリスマスパーティの残り香が家中に漂ってるのに気がついた。
妹たちやオヤジの賑やかな声も耳に残ってる。
そうだな。
来年は恋次も誘おう。
二人っきりはいつでも出来るから、来年はみんなで思いっきり楽しく。
そして思いっきり恋次にも出来立ての現世の料理、食わせてやろう。
きっとアイツ、すっげえ気に入るはず。
俺は幸せな想像図を片手に、足を忍ばせて階段を降りていった。
部屋で腹をすかせて待ってる恋次のために。
(終)
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