残響 6 



「なんかさー。やっぱ、俺、空回りしてんのかなあ」
「…はァ?」
「分かってんだよ。俺、まだガキだってさ」

一護は、身体ごと視線を逸らして吐き捨てた。

「だからオマエみてえにずっと死神やってるようなヤツから見たら、すげえ馬鹿馬鹿しいことばっかやってんのかもって、少しは自覚あるんだぜ?」

オマエが?
いつも自信満々に俺を振り回しまくってくれるオマエが、そんなことを考えていたのか?

「だから来年こそはもうちょっととかさ、いろいろ考えてんだけど…」
「…んだよ」

そんな眼で見るなよ。

「なぁ。オマエは何、考えてんだよ?」
「お、俺か?」
「そう。恋次。テメエは何考えてる? 何か考えてるか?」
「う…」

言葉が詰まった俺に、一護はもう一度、大きく息を吐いた。

「やっぱ考えてねーよなー」
「いや、ホラ、アレだ」

考えてない訳じゃない。
でも多分、それはオマエが求めてるようなことじゃない。
俺じゃオマエが分からないんだ、一護。
本音を言うと、多分、そういうことなんだ。

「…いいぜ、別に無理しなくったって。んなの分かってたから」
「一護」

そんな風に笑うなよ。
なんだかすごく痛てェじゃねえか。
メシが食えないときより、怪我して動けないときより、死にそうなときより痛てェじゃねえか。
そんなオマエは見たくない。

「一護…!」
「あー、ヤメだ、ヤメ! せっかくの大晦日なんだしさ」
「は…?」

一瞬、目を伏せた一護は、ニヤリと笑った。
それこそ、年齢以下の悪戯っぽさを全開にして。

「それよりさ。さっきの続き、しようぜ?」
「は…?!」
「俺、寒みィ。マジで。オマエも身体、冷え切ってたぜ?」
「オマエ、それはもしかして…」
「オウ! せっかくご提案していただいたことだし、ヒメハジメ」
「て、提案じゃねえ! つかオマエ、除夜の鐘を撞く意味、知ってんのか?!」
「え? そりゃオマエ。年越しのカウントダウンだろ」
「…」

大きく違う。
煩悩を清めてくれるんだよ、あの鐘の音は。
そんな時にそんなことやったらバチ当たるだろ、バチが!
それに何だその切り替えの速さは!

だけど一護が、何故かまだ困ったように笑ってるから、俺は何も言えなかった。
それどころか、
「マジで寒いな」
「…おう」
などと今更ながらの会話をきっかけに、一護に手を引かれ、立ち上がってしまった。
だって差し出された手には、丁寧に赤い髪が巻きつけられた指。
俺が見咎めたのに気付いても、一護はただ笑うだけ。

これは考えてるとか考えてないとか、そういうレベルじゃねーよなあ、 猪突猛進だよなあ、 それでもやっぱり変わっていくんだなあなどと、 一緒に居た短い月日と、これから訪れる年月のことを思い返してしまった。
それは多分、後になって振り返ると、 一瞬だったように思えるような短い時間なんだろうけど。



つらつらと他愛もないことを考えながら、寝床に潜り込んでは見たものの、

「さ、寒ッ!!」
「布団の方が冷えてんじゃねえか?!」

あまりの寒さに二人して布団から飛び出しそうになった。

「クソ、テメエが窓、開けっ放しにするから冷たい空気が溜まってんじゃねえか!」
「っせぇ! 暖房ぐらい付けろ、この甲斐性なし副隊長」
「んだと?! つか脱がすな! 寒いだろ!」
「バカ、寒いから脱がすんだろ! うー…、あったけえ。肉布団はいい…」
「んだと?! テメエも脱げ! つかもっと成長しろ! こんな細さじゃ役に立たねえ!」
「んだとコラ!」
「つかいきなり始めるんじゃねえッ!」
「っせえッ! 除夜の鐘、終わっちまうじゃねえか」
「あ…、テメエ、まさか、やったまま年越しとか、そういう阿呆のようなことを…」
「へへへ…」
「何だその笑い方。…う、コラ、ヤメロッ!!」


結局、今年最後も喧嘩腰に身体を交わす羽目になったのかと、 あまり上達を見せない稚拙な技巧に笑みを漏らしつつ、 我儘を突き通したフリをする子供の肩に腕を廻す。
一護と名を呼ぶと、恋次と俺の名を真剣に呼び返す声がする。
だから、一護となら、と思い願ってしまう。
無意味とは言わないが、何か見つけられるかもしれない。
祈ることも願うことも、意味が無いことではないのかもしれない。
少なくとも一護は、そうやって足掻いて先に進んでいっている。
誰よりも苛烈な道を。



ゴオンと遠くで音がする。
あれは除夜の鐘。
煩悩を押し流してくれるはずの尊い鐘の音。
人の仔に抱かれながら耳にするなんて、罰当たりにも程がある。

もう少しすれば、年が明ける。
数刻もすれば夜も明ける。
きっと全てが銀色に光り輝いているはず。
ならば詣でた先で何を願おうか。

今更ながら実感が湧いてきて、楽しみだよな、と一護に声を掛けたら、 いいから今は集中しろと怒鳴られた。
現金なもんだよな、はははと笑いながら抱きしめ返すと、 不満そうな一護の声を掻き消すように、除夜の鐘がゴオオンと鳴り響いた。
その鐘の音は、年が明けた後も、初詣の道行でも、ずっとずっと胸の奥で鳴り続けていた。


(終)

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おくれましたが明けましておめでとうございます。どっちもどっちな幼いご主人を待つ不器用道まっしぐらなポチ恋次を描いてみたかったのですが、新年の最初がこれじゃ、先行きが大変ですね(二人が)。