瞑目 4



「・・・・・んなにガッついてると喉に詰まるぞー」

からかい半分、呆れ半分の視線を浴びながら俺は黙々と食う。
ファーストフードだ遠慮するこたねえ。
さっさと食ってさっさと帰る。

「・・・ぷは。ごちそーさんでした」
「ごちそーしました。で、満足?」
「ハイ、とても満足ですというわけでサヨウナラ。・・・イテッ、何すんだこの野郎!」

カバンを引っつかんで席を立とうとした俺の襟首をヒサギのバカが引っつかんだ。

「おいおい、なんだその棒読みは? ん?」
「って手ェ離せ! ケータイ届けてやったのにこの扱いは何だよっ!」

黒く細い眼に不穏な光。すごくイヤな予感。

「そのケータイについてなんだけど、ちょっといいか?」
「・・・んだよ」
「まあ座れ」

落ち着き払った態度が気に食わないが、なんだかヤバそうな雰囲気に呑まれてつい座ってしまう。
落し物を探しに戻ったときに森で見つけたっていうんじゃ、やっぱ胡散臭いか?
・・・やっぱ捨てとけばよかった、ケータイなんか。
こんなヤツのおごりでメシまで食わしてもらうハメになるなんて。
あーくそっ。失敗した。

「あれ? 灰皿はどこだ?」
「・・・・ここ、禁煙だぜ?」
「なんでよ」
「俺に聞くな」
「わかんねーよ、なんだそれ」
「こういうとこは禁煙なんだよ、知らねーのかよ、いい年した大人のクセに」
「言うねえ。知るわけねえだろ、こんなとこ来ねーもん」
「じゃあ来なきゃいいだろ」
「しょーがねえだろ、お子様にサービスだし」

いい年した大人呼ばわりした仕返しとばかりにそうほざいてニヤリと人の悪い笑み。
こいつ、本当はガキなんじゃねえか?

「・・・で、話って何。俺、帰りてえんだけど」
「ああ、話ね。そうそう。なんだっけ」
「・・・ざけてんじゃねえ!」
「別にふざけてねえし、覗き見よりマシなはずだろ」

って何でコイツ・・・!

「はあ、図星。・・・・・なるほどね」

ってカマかけられたのか?!
目を白黒させている俺とは対照的に、ヒサギは腕時計を睨みながらゆっくりと煙草を取り出した。

「あー、時間ねえや。やっぱ外に出るぞ」

出るぞってなんだよそれ。
偉そうに命令してんじゃねえよ!
といいつつ否応ナシについて出なきゃいけないこの立場。
案外広い背中は昨日と同じく、振り返りやしない。
夕方の混雑に消えそうになったから、慌ててカバンを抱えて喧しい店を飛び出た。

「あれ? ヒサギのバカ、どこ行きやがった」

見失った背中を捜して混雑する駅前の人ごみの中、キョロキョロとしていたら見事に天地がひっくり返った。
どうやら足を引っ掛けられて転んだんだってことが、ジンジンとしだした足首の裏の痛みのせいで分った。
咄嗟に受身は取ったけど、アスファルトで背中を強か打ちつけたから息がつまる。
ちくしょうとクラクラする頭を振りながら起き上がろうとすると、ヒサギのクソが、

「ガキが」

と煙草を吹かしながら覗き込んできやがった。
やっぱりテメーか。

「カンタンなもんだ。その眼は節穴か」
「んだとテメー・・・」
「節穴なら塞いどけ。そうじゃなかったら・・・」
「じゃなかったら何なんだよっ」

ヒサギが微笑む。
きれいな顔立ちなだけに凄みが増す。

「じゃなかったら潰す」

暗い目の光に背筋が凍る。

「いいな?」

ヒサギの手が俺の眼に近づく。
思わず顔を腕で覆い、眼を瞑る。

「そーそー、それでいい。ちゃんと瞑っておきな。瞑るモンがあるうちに」

・・・なんてこった。何もされてないのにビビって体が固まっちまった。
腕で覆ったままそろっと眼を開けると、行過ぎる人々。
いつまでも路上にすっ転がってる俺のこと、迷惑そうに見ている。

「・・・ってオイ、ヒサギっ!!」

大丈夫かと手を貸してくれる親切な通行人に礼を言いつつ、見回すがヒサギはいない。
どこにも、いない。
一体どこに行きやがったチクショウッ!

そしてようやく見つけたヒサギは、来たときに連れていた女の肩を抱いていた。
テメー、恋次がいるんだろ!
何でもアリなのかよ、せめて一人にしろよっ!!
カッと頭に血が上った音を聞きつけたように、ヒサギがこっちをみた。

冷たい目。
表情は女に向けたままの笑顔だってのに、俺を見る目に温度がない。
すっと頭から血が下がったような気がした。
そんな俺を見下げるかのようにヒサギは俺から目を逸らし、人ごみへと消えていった。

目を逸らした方が負け、だなんて誰が言った。
そんなの絶対大嘘だ。
おれは視線を外すことができなかっただけだ。
呑まれてたんだ。
こんなんだったら何で覗いたとか問い詰められた方がよっぽどマシだった。
ちくしょう。

「・・・クソ。食いすぎで気持ち悪ィぜ」

出てくるのはこんな負け惜しみだけ。
俺はどうしようもない胸焼けと悔しさにクラクラしながら、家路へついた。





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