暮色の宴
非番の白哉に急ぎの書類がまわってきた。翌日が提出期限とはいえ、白哉なら先んじて今日中に処理するだろう。勤務に非ずとも職務を第一意とみなす白哉を熟知する恋次は、朽木家へと急ぐことにした。
日の高いうちに白哉の屋敷を訪れるのは何か気が引ける。朽木家へと続く小道で、
ふと
恋次は足元を見た。色濃く短い影が、砂利道に歪んで恋次と共に走っている。普段、この道を通るのは日が暮れてからなので、道全体が影に満たされていて、恋次だけの影はない。周囲の竹薮も闇に沈んで、音だけがざわわと満ちているのが常。
それなのに今日は、見上げると一面の緑。光も影も互いを主張して、色も形も遠慮を知らない。秋もそろそろ終わりに近いというのに、ここの竹林は衰えることを知らぬようだと、その深い緑に恋次は目を細めた。変化を見せることを嫌って、澄まし込んでいるようにも思え、まるでこの竹林の主のようだと、唐突に閨の中での白哉の顔が思い浮かんだ。
恋次の反応を推し量るように静かに見据えてくるあの眼。変らぬ表情の向こうで迸る熱情。背筋をくすぐる官能の記憶に慌てた恋次は、ぶんぶんと大げさに頭を振った。
まだ、昼だ。
俺は仕事をするために、
副官として隊長のところに行くんだ。
そしてそのまま帰る。
そう自分に言い聞かせ、また不埒な考えに囚われないようにと、今度は全速力で走って朽木家を目指した。
「火急の用ならこちらから赴いたものを」
渡された書類に目を通しながら、白哉は人払いを申し付けた。よく躾けられた使用人たちはさっとその場を去る。静かに飛び交った目配せが意味深げであったと思うのは、恋次の考えすぎなのだろうか。
「・・・・は? 何ですか? あ、いや、火急ってほどでもないらしいですけど、ただの急ぎというか・・」
恋次はしどろもどろになって答えた。
「では何故、走ってきたのだ」
頬に流れた汗を拭った恋次の手の甲が、真昼の陽光を反射して、白哉の目に映る。
「・・・いや、ちょっとなんというか、走りたかったというか・・・」
さっぱり要領を得ない恋次を見て、もうよい、と白哉が告げた。それで
許されたのだと安堵した恋次は、肝心の書類の束を広げ、本来の目的を果たすことに集中することにした。
「それで、この書類はいつまでに」
思ったよりも込み入っていた打ち合わせは長引いた。そろそろ夕餉の準備が始まったのだろう。どこからか煮炊きの匂いが漂ってくる。いつも腹を空かしている恋次はすっかりそちらに気を取られていたが、咎めるような視線に合って、ごまかすように明るい声を張り上げた。
「あ、明日までッス。俺、届けておきます。隊長は明日も休みですよね?」
恋次は、考えすぎで重くなった頭と、務めを果たして軽くなった肩ををぐるぐると回した。
呆れたような目でその子供っぽい動作を見つめていた白哉だったが、じゃあ俺はこれでと立ち上がろうとした恋次の手をいきなり掴んで強く引いた。平衡を失った恋次の身体が畳上に転がり落ちる。
「・・・っ!」
逆らう隙もあらばこそ、いきなり組み伏せられて恋次は言葉を失った。「・・何考えてるんですか、こんな真昼間からっ!」
「偶にはこういう趣向もいいだろう」
昼の光を受けて尚、漆黒の濡れた瞳に浮かんだあからさまな色欲に恋次は言葉を二度、失った。
「竹の緑が映えて好い」
そういわれてみれば、開け放たれた障子の向こうから差し込む光はかすかに緑を帯びている。冬が近づき、高度を落とした太陽が、竹林の上端の緑を掠め取って降り注いでいる。白哉の着物も壁の漆喰も白木の柱も天井も、そして恋次の肌も、薄緑の不思議な色合いに染め上げられていた。
「この季節のこの時刻だけなのだ、この色は」
「・・・・アンタ、もしかして最初っから・・・!」
白哉は、睨み上げてくる恋次の視線を軽く受け止めてその両手首を掴み取り、そのまま恋次の頭の両脇へと固定した。
開け放たれた部屋には光が満ちて、誰が見咎めるかもわからない。声も筒抜けに違いない。けれど静かに落とされた口付けは熱を充分に含んでおり、羞恥心を糧にさらに恋次は追い上げられていった。
「・・・・っ、・・んんっ、ふ・・っ」
恋次の息遣いと、剥がされる着物の立てる音が部屋を満たした。零れ始めた先走りを掬って、白哉がその指を埋め込むと、微かな水音に嬌声が混じる。よいのかと言わずもがなのことを尋ねて追い込む双眸は悪戯っぽく煌いていて、恋次はちくしょう、これ以上声を上げて堪るもんかと食いしばった歯の間で毒づいた。
こんな状況でも牙を剥いてくる恋次を前に、白哉の中で熱が疼きだした。元々は、今の時期だけに味わえるこの色を、恋次の肌に映してみたいと思っただけなのだ。この浅緑に、深紅の髪と眼がどう映えるのか、見てみたかった。しかし好奇心が過ぎたのか、或いは汗で塗れた肌とその匂いに中てられたか。それともただ単に相手が悪かったか。白哉は、
思わぬ肉欲に翻弄されはじめた自分を感じた。
強くなってきた風に竹がざわついているが、耳につくのは恋次の息遣いのみ。黄味を増してきた陽光を受け、湿った肌が淡く色づき始めて目を奪う。時折、高い音をあげて撥ねる髪の隙間から、睨みつけてくる反抗的な紅い眼に囚われる。そもそも、これに煽られぬ方がおかしいのだ。そう白哉は一人ごちた。
一旦体を離した白哉は、努めてゆったりと着物の前を寛げた。仰向けに半裸を晒したままの恋次は、その様子を熱に浮かされた眼で見つめている。その視線を受け止めながら、白哉は己の下帯を緩め、恋次の腰の下に手を差し入れる。常のように覆いかぶさってくると思って反射的に伸ばしかけていた恋次の腕は放置し、恋次の腰を抱え上げて、その下に膝を入れる。膝を立てて中腰になれば、自然と恋次の身体が二つ折りとなり後孔ごと宙に晒された。
「ちょっ・・・、待ってく・・れって・・・!」
「もう少しか」
もがく恋次をものともせずに、そこの緩みを検分した白哉は、そのまま唇を落とした。
「・・・・・・っ!」
白哉は、丁寧に指と舌を使って後孔を解していった。恋次の眼前に晒された自分の腰には白哉の顔が埋められてはいるが、下ろしたままの黒髪が流れを為して陰部ごと覆ってしまい、その表情は見えない。けれど響く粘液質な音、粘膜同士の触れ合う生温かさ、痺れるような快感。その黒髪の下で蠢いているであろう白い肌と赤い舌、細く優美な指先。あの白哉が己の陰部を愛撫しているのだと思うと、その淫猥さに怖気が走る。声にならぬ声が荒い息遣いと共に部屋を満たした。
いつもならば張り詰めた恋次を一旦解放させる白哉だが、今日は陰茎に触れることなく腰ごと解放した。期待を外され、滞った熱に苛立った恋次は、身体を捻って白哉から逃れようとしたが、口元を乱暴に拭う白哉の、常には見せぬ仕草に目を奪われたその隙に、再び腰を抱えなおされた。
「・・・くっ、あ・・あ・・・・っ」
充分すぎるほど解されたとはいえ、二つ折りになるほどに身体を押し開かれ突き入れられたのだ。いくら恋次とはいえ堪えきれるものではない。けれどゆっくりと慣らすように動かされると、押し宥められるようで、緩い快楽とはいえ恋次の背を反らせるには十分で、挿入時の痛みをも糧に、恋次の身体は全てを快楽へと昇華しだした。
ついに恋次の口から嬌声が零れだした。白哉の全てを吸い取ろうと、一滴の快楽さえも逃すまいと肉壁も蠢いている。もう既にここがどこか、今が何時なのかなどの瑣末なことは消え去っているに違いない。それでも辛うじて残った理性は、白哉への反抗心を拭い去り切れない。せめて顔だけでも隠そうと、顎を反らせて腕で覆っていた。
「この期に及んで強情な・・・」
冷静な面持ちの、それでいて額にうっすらと汗を浮かべた白哉が恋次を追い詰めにかかった。膝立ちで恋次に圧し掛かっていたのを、少し身体を離して腰を落とし、爪先立ちになる。力の篭った恋次の両足は両脇に落とし、その尻を自身の腿で受けとめつつ両手で支える。大きく開かれた恋次の足の間、
半ば抜けかかっていたのを改めて深く挿入すると、無理な角度で腰を抱え取られたその身体が、びくりと仰け反る。その無理な姿勢のせいで充分な角度が付いているから、官能の源が直接刺激され、背が更に反り返り、白哉の陰茎を自虐的なまでに深く強く咥え込んでいく。全身を満たして尚、止まるところを知らない快楽に、白足袋の下の恋次の足の指は強く緊張し、顔を隠すはずだった腕もいつの間にか外れていた。
だが、耐え切れぬ快楽を痛みに逃そうと、手の甲に恋次は無意識に噛み付いている。口元が赤く、自身の血で染め上げられているというのに、嬌声は止まらず熱も上がる一方。顎が上がって、掌で覆われて、その表情も見えはしない。
恋次、と白哉は呼びかけてみた。だが快楽と痛みに溺れきった恋次に届くわけもない。少し強すぎたか、と苦々しく思った白哉は、一旦恋次を膝に抱え上げて落ち着かせるべきかと迷った。
だがその逡巡も一瞬。
既に浅緑は消えつつある。
やがては落日の放つ赤い光にこの部屋も満たされるだろう。移り変わるその色と共に、恋次もそのうち顔を見せるだろう。それに夕暮れまではあと一刻を切っているのだ。
そう白哉は思いなおし、改めて恋次の色を愉しむことにした。
2006.11.22「鰤一で四十八手部屋」(絵版)投稿
2007.02.14 改定
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