融解
白哉が恋次の名を呼んだ。
名を呼ぶ唇は冷たく硬い陶磁器でできているかのように滑らかで、
一方的な拒絶の言葉こそ相応しく思える。
けれどそこから溢れ出た声は、思いがけず低く柔らかく深い響き。
その声で紡がれた恋次の名は、持ち主の耳介へと滑り込んで生を得、ぶるりと震えた。
繰り返し打ち寄せる己の名に満たされて、恋次の耳が音を失くす。
舌も動きを奪われ、言葉が消える。
見据えてくる黒曜の双眸に、肌が内側からさざめく。
心臓は、常の動きさえ儘ならない。
堪えきれずに恋次が目を閉じると、白哉が唇を落とした。
恋次の瞼に触れたのは、熱く湿った肌。
裏切りに似たその感触に、恋次はやっと気がついた。
滾る熱情を身の内に囲っていたのは己だけではないと。
そして思い至った。
指で弾くと鈴の音で鳴る陶磁器のように薄く密なその肌の方が、
恋次の無骨な素焼きの殻より、よほど容易にその熱を伝えるのだと。
ならば呼びかけに応え、触れてみてさえいれば、
もっと早くに白哉のその熱を知ることができていたはず。
だが、常には硬く閉ざされた唇の印象そのままに、
真の拒絶を怖れて近寄ることができなかった。
高貴さゆえに脆いその身を侵してはならぬと、触れることもできなかった。
つまり恋次を阻んでいたのは他の何でもなく、恋次自身の怯懦。
自嘲の念に苛まれながらも、安堵した恋次は柔らかく溶ける。
溶けてその手を差し伸べる。
そしてようやく呼び返された己の名に、白哉の口元が僅かに綻んだ。
2007.受恋企画投稿、2008.3 加筆修正・再録
<<back