ストイックかと思われた白哉のほうが案外、情事においては奔放で、
むしろ常識やしがらみに囚われがちの恋次を実に容易く翻弄していた。
場所についても、朽木家以外では関係を持たないと断固拒否していたのは恋次の方。
白哉も一応、恋次の意見を聞き入れてはいたが、
何せ浮世離れしていることにかけては余人の出る幕ではない。
本人的に支障がないと判断すれば、好き勝手なこと、並ぶものなし。
空気など読む気もさらさらない。
だから恋次は油断しなかったし、
時と場合によっては礼儀もへったくれもなく、時には死に物狂いで拒絶していたのだ。
でなければ恋次はともかく、白哉の身にまで責は及ぶ。
それだけは断固として避けたかった。
つまり恋次なりの線引きだった。
だが今日は勝手が違った。
なんといっても白哉の誕生日のことをまるごとすっぽり失念していたのだ。
戻れぬゆえ当人抜きで儀を進めろと白哉が朽木家の家臣に向かって伝令を飛ばす姿を見て初めて、
今日がどんな日だったか思い至ったほどに全く心になかった。
確か、昨日までは、激務に追われながらも祝いの言葉だけはと記憶の片隅に留めていた。
なのに、なぜ当日になってと恋次は臍を噛んだが後の祭り。
今回の白哉の誕生日は通常のものではなく、
何十年単位かで巡ってくる特別の祝い事であったと耳に挟んでいた。
脳裏に浮かぶのは当然、その場に集まる「高貴」な面々とその中心に座するはずだった白哉の姿。
共に過ごせぬことは分かっていた。
だから己の心の中に、油断という名の拗ねがなかったとは言えない。
だが私人としての気持はともかく、公的に恋次はあくまで副隊長なのだ。
白哉の気性なら、いくら四大貴族の責務が公務に近いといっても、隊長職を優先することはわかっていた。
更に言えば、白哉は今回の特別な祝い事を心底嫌がっていたのも知っていたのだ。
だが何の事情があるにしろ、白哉が朽木家の繋がりの中で立場を悪くすることは好ましくない。
ならばここは副隊長たる恋次が率先して職務を代行し、無理にでも白哉を朽木家に戻すべきだったのだ。
考えが至らなかった。
全くの失態だった。
重ねて、個人としても贈り物はおろか、祝いの言葉さえ口にしていなかった。
部下としても情人としても立つ瀬がない。
呆然としていた恋次に追い討ちをかけるように、
そうか忘れておったかと白哉が一言だけ漏らしたから、恋次はもう何も言えなかった。
夜が更けて、こちらへと呼ぶその声音に色を認めても、常のように逆らえるものではなかった。
当然のように、羽織を纏ったままの白哉の腕に陥落してしまったが、その後のことを思うと顔から火が出そうだ。
公の場所だからと、声を出さぬよう、霊圧を抑えるよう、快楽に溺れぬよう、
あるだけの理性を掻き集めて対抗したのが悪かったのかもしれない。
普段の何倍もの激しさに翻弄された。
泣き言が零れ出るまで攻め立てられた。
どうやって執務机の上からこの場へ移されたのか、記憶も曖昧。
いつの間に布団の上に寝かされていたのか、一体今は何時ごろなのか、見当もつかない。
恋次は再び、深いため息をついた。
「言え。私が何を企んだと?」
冷ややかに見下ろしてくる白哉の眼差しに、恋次は言葉を出す気力もなかった。
何を言ってもムダだ。
どうせこの人は折れないし認めない。
そして諦めた。
たとえ白哉が企てていてもいなくても、
それに自分が気づいていてもいなくても、一体何がどう変わるというのだ。
結果に髪一筋の違いもあるまい。
だからつい本音がほろりと漏れた。
「アンタ、家に帰りたくなくてわざと居残っただろ。しかも俺まで巻き添えにして」
不貞腐れた恋次を目の当たりにした白哉は、
どうやら一欠片たりとも通じ合っていなかったと知って、ガクリと項垂れた。
先ほどの恋次の問い、つまり最初から企んでいたのかと訊かれれば、是と応えるしかない。
だが、恋次の言うような、己の責から逃げるような企てだったかと訊かれれば、それは否であろう。
子供でもあるまいに。
白哉は苦笑した。
この赤頭の中で一体何が展開されたというのか、
問えば問うほど在らぬ方向に向かっていく。
だから面白いといわれればそれまでだが、やはりこの手掌から逃げていくようであまり心地いいものではない。
特にそれが己の企んだ結果ならば。
思えば恋次を初めて目にしたときから、己の意識せぬところで何かを企んでいたかとは思う。
今でも、手に入れて子飼いの犬として慣らしてみせようとする自分と、それを跳ね除けろという欲求がある。
或いは、己に惚れ切ってしまえと願う自分と、そのような男に興味はないという冷めた感情もある。
相反するいくつもの想いを抱えていることに自覚はあるのだ。
だが、自分がどうしたいのかわかってはいないのかもしれない。
けれど恋次なら、その野生的なカンで感づいているのかと思ったのだ。
率直に言えば、「最初から企ていたか」という問いに、
このところの己の迷いを言い当てられたかと、驚愕と共に歓喜に似た何かさえ覚えていたのだ。
それなのに。
白哉は、枕に顔を埋めたままの恋次の髪に指を通した。
すると恋次は、ううと微かに声を漏らした。
今夜の、朽木家当主としての責務を果たせなかったという失態は、積もり積もった偶然の結果なだけのこと。
続いた激務のせいで隊員たちの不手際も多く、それを穏便に処理するために多少の時間がかかった。
それだけのことだ。
それにあのような上っ面だけの祝儀など、わざわざ避けるほどの意味もない。
無事執り行われたであろう今日の儀で、一番話題になったのは朽木家の跡取りと白哉の嫁取りのことであろう。
そのことで分家筋に突かれるかと多少憂鬱に感じてはいたが、それはそれ。
数日前にルキアには用件を言いつけ朽木家から離していたから、その点でも憂慮はない。
つまるところ、心など当の昔に定まっているから、多少の騒ぎなどどうという事もなかった。
白哉は恋次の髪を一束、手に取った。
そっと口付けると、その髪の向こうに覗いていた恋次の眼と合ったが、すかさず逸らされた。
だから白哉は、全く性質が悪いと聞こえよがしに呟いた。
今宵も、普段なら断固として拒否するところを、あっさりとこの手に落ちてきたから、
さては長い無沙汰で少しは恋うていたかと存分に可愛がってやったものを、
散々啼いている最中にも、白哉が責を放棄したくて仕事を遅らせたと考えていたのだなどと、性質が悪いにも程がある。
髪の束を根元へと唇で遡れば、恋次の背中が強張り、墨が歪んだ。
それを目の端で捉えながら、白哉は掻き分けた髪の根元へと唇を埋める。
機会があればそれを愉しむ。
このひと時が次に巡り来るとも限らぬし、所詮、次の機会は別のもの。
ふとした隙に命など指の隙間から逃げ去ってしまう。
だからこそこのひと時を愉しみたいと思っているだけだというのに、
白哉の心などどこ吹く風で、この男は結局のところ、自分の思う儘生きている。
何故か腹正しさを覚えた白哉は、未だ伏せ続ける恋次の耳朶を後ろからかなり強く食んだ。
すると恋次は白哉の予想を裏切って、らしくもない消え入るような声で、
「今日は誕生日、忘れててすんませんでした」
と告げた。
その恥じ入るような態度に、ようやく白哉にも、恋次の誤解の元が理解できた。
この男は、白哉の誕生日を失念していたことでずっと縮こまっていたのだ。
白哉にとっては如何程ばかりのことでもないというのに。
誕生日など、幼き頃ならいざ知らず、ただの儀礼的なものとばかり思っていた。
そもそも白哉の体は白哉一人のものではない。
むしろ公のものなのだ。
だから白哉は、自分自身というものに、傍が思うほど重きを置いていなかった。
己のために誕生日を祝うという発想自体にも欠けていた。
その大切さを教えてくれた人を失ったときに、全てを捨て去ったつもりでいた。
それなのに。
白哉は恋次をじっと見た。
この男は、白哉の誕生日を祝うことができなかったと謝っているのだ。
悔やんでもいるのだ。
だから己の禁を破り、求められるまま褥を共にしたというのか。
白哉は無性に声を上げて笑いたくなった。
全く可愛いものではないか。
無知で愚かで、だからこそ愛しい。
「・・・全くだ。許せぬ。ではその身にしかと問うてやろう」
そうすれば恋次の罪悪感も少しは流されるだろう。
「は・・・・? んでそうなるんっスか?!」
「喧しい」
「もう絶対しねえ! つか誰か来たらどうするんですか!」
「恋次」
「屋敷から迎えが来るかもしれねえってのに!」
「結界を何重にも張っておるに決まっておろう」
今度は恋次が項垂れる番だった。
確かに白哉がこの手のことで手抜かりのあるはずもなかったのだ。
だがこんなところにそんな強固な結界が張ってあると、それこそ他人の目を引きはしないのか?
白哉の指が、その背の墨を辿ったが、恋次はぴくりとも反応を返そうとはしなかった。
もう欠片も気力は残っていなかった。
「・・・頑是無い」
「つかアンタ、今日、意地悪だし訳わかんねーし」
その拗ねた表情に、ようやく求めていた回答を得られた気がした白哉は正面から恋次に笑んだ。
うっかり見蕩れて隙を見せた恋次は、やはりあっさりと組み敷かれることとなった。
その後、朽木家から六番隊隊舎の全ての宿直室へと寝具が寄付されたが、
あまりの豪奢さに使用する人物と機会はごく限られていたという。
2009.01 遅まきながら兄誕祝いを兼ねてお題始めました。お題だから軽く短くと思ってたのに最初っからこのザマ・・・。つか全然「ゆかし」じゃない。すみません。
如何にや如何に >> 強い呼びかけや不安な気持ちでの問いかけ、らしいのですがちょっと押し問答的な感じで使ってみました。ていうかフェチ話? 私の書く兄様はフェチ?
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