それは癒されることのない乾きに耐え恐怖に震える哀れで虚ろな存在、黒く巨大な影。
ゆらりゆらりと砂塵の中を彷徨い、人の魂を貪り食い、飽き足らずに共食いを始め、やがて境を失った。
我も彼もなく溶け合って、力だけの存在へとその身を落とした。
意思も恐怖も鈍化させ、目の前の一瞬だけを生き抜く中途半端で愚鈍な存在。
なんという堕落だ。
そう。
あれこそが煉獄。
境をなすもの
あれはいつのことだったか。
お前はまだ獣の姿をしていた。
人間の形など欠片も残さぬ獣の姿。
砂の大地を駆けて同士を狩り、生きたままのそれを貪り喰って己の血肉とし、進化と言う名の日常を生き延びる。
口元に滴るのは血。
吐き出されるのは咆哮。
まるで人間だった過去さえ否定するかのようなその姿。
力だけを頼りにひたすら高きを目指していた。
「オイ、ウルキオラ。何、夢見てやがる」
「・・・貴様などには理解できぬことだ」
言葉もなく、四肢で砂の大地を踏みしめるその姿を美しいと思った。
白い殻を破り、生まれ出てきた人の体をしたお前に裏切られた気がした。
だが、その中に宿るのは間違いなくあの獣の魂。
孤高の眼が薄青く煌く。
「何だとてめえ! 澄ました面ァしやがって、ぶっ殺すぞ?」
「貴様では無理だ」
ギリ、と歯軋りの音が響く。
いつまでも獣気分が抜けないでいるのを引き寄せて牙を剥く唇を塞ぐと、案の定噛み付いてきた。
血の味が薄く口腔を満たす。
「俺を喰うというのか?」
「まさか。てめえみたいなの喰ったって腹ァ壊すだけだ」
ペッと俺の血を忌々しげに吐き捨て、口元を歪ませた。
「てめえはいつか俺がこの手で引き裂いてやる。そのまま誰にも喰われることなく死ね」
「ではグリムジョー。貴様は俺が喰ってやろう。血の一滴も残さずにな」
予想外だったのか、グリムジョーは咄嗟に対応できない。
言葉の応酬が中断した。
だから応えを待たずに背を向けた。
「・・あ、ちょっと待てよ! おい、ウルキオラっ!!」
お前は死んで獣に戻り、俺の血肉に、力の一片になるがいい。
そして永劫の時を生きるがいい。
進化と退化の狭間でもがき続けるがいい。
更なる煉獄でその身を焼かれるといい。
俺と共に。
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