目前に広がるのは
幾万もの虚ろな砂粒。
この一粒は、私の愚かさ。
その一粒は、私の欲望。
ではあの一粒は、あなたの求める最期の形。
いずれにしても、
砂流に呑まれ消え行く私の指が届くことはない。
砂塵の一滴
急に足を止めたノイトラに従って、テスラも歩みを止めた。
二人の間の距離は、常のごとく一定。
「どうされましたか」
「どうもこうもねえ」
「・・・と申されますと?」
ノイトラは、どかりと砂面に腰を下ろした。
舞い上がった砂を一陣の風が更に吹き上げ、
その砂が、ただひとつ残されたテスラの眼に入り込んできた。
痛みで涙が滲み、中空に舞った砂のせいで空気が濁り、
すぐ先のノイトラの姿さえ輪郭が曖昧になる。
テスラは目を細め、
どこか不貞腐れた体で、砂丘の頂点に胡坐をかく主の背を見つめた。
「・・・・ダリィ」
とノイトラは、鎌をも地面へ放り出した。
その重みと勢いで
砂漠の表層から抉り取られた砂が、
吹き付ける風に乗って中空に舞い去った。
断続的に通り過ぎる風はどんどん強く荒くなってきている。
甲高い笛の音のように響いて耳を塞ぎ、砂を舞い上げて視界を奪う。
嵐が来る。
テスラは、砂塵に煙る地平線を見遣った。
「ノイトラ様。早くお戻りになったほうが・・・」
「っせぇっ、俺に指図すんじゃねえ、殺すぞ?」
そう言い放つノイトラの眼に浮かぶのは薄い嘲笑。
「けれどここは砂だらけですし」
「砂漠のど真ん中で砂だらけもヘッタクレもねェだろ、このクソが」
目も耳もすべてが砂でざらつく。
入り込んできた砂が水分を吸い取り、内側から乾いていく。
きっと残るのはこの肌一枚。
不意にテスラは、自分自身を砂溜りのように感じた。
表層に皮一枚だけを残した存在。
中を巡るのはきっと、砂。
ざらざらと、血と入れ替わり、肉と置き換わり、骨まで侵してこの皮を満たしているのだ。
だからほら、手も足も、動かすたびにザラリと軋む。
「・・・あの城。あそこも結局、砂だらけだ。
だがあそこの砂はタチが悪ィ。
どうにもこうにも、体中がざらついて、むずがゆくて仕方がねえ」
ノイトラの言葉にテスラは、砂の海に浮かぶ四角く虚ろな虚夜城を思い浮かべた。
そう。あの場所では、
砂さえも砂でなくなる。
愛想よくおもねり、安心させておいて、いつの間にか衣服の間から染み入ってくる。
気がつくと、思考さえも歪み消えていく。
あれは緩慢な侵食。
「何が十刃だ。強くなきゃ意味もねえ。ウゼェったらありゃしねえ」
テスラは、ノイトラの視線の先の虚夜城のある方向、続いて反対側を見た。
既にここまで点々と続いていたはずの二人分の足跡は掻き消えている。
砂漠は、常に形を変える。
風の力を借りて、ゆっくりと波立っては沈み、うねっては止まる。
時には鏡面のように凪いでみせさえする。
或いは脈々と続く険しい山の連なりを造形してみせる。
絶え間なく変化しているようで、それぞれの砂粒は絶対を崩さず、
表層だけが、その面を変えて見せているのだ。
その様子を愉しむ月は、変わらぬ姿で闇空に浮かんでいる。
此処に在るのは、
風が吹く音、砂が崩れる音、月の光。
絶えず、変わらず、永劫に存在し続ける、その絶対的な何か。
それはおそらく、虚無。
「・・・・こっちに来いよ」
ノイトラがテスラを呼んだ。
その眼の色の意味を察したテスラは、反射的に一歩近づいた。
常に均衡を保つ二人の距離が崩れ、縮まる。
ノイトラの斜め前に片膝をついたテスラは、
「ノイトラ様。・・・けれどここでは砂が・・・」
と、視線を逸らした。
「痛ェだろうなあ、血も出るだろうなあ」
薄ら笑いを浮かべたノイトラは、テスラの襟首を締め上げた。
「だからイイんじゃねえか、アァ?」
息苦しさに歪むテスラの顔を見上げながら、ノイトラは目を見開き、手を強めた。
「まーだテメーはわからねえみてぇだな?」
頸部をきつく絞められて、赤黒く膨れ上がってきたテスラの舌と唇が、
わかるからこそと、音にならない言葉を繋ぐ。
「・・・いっそ、このまま死ぬか?」
それもいい。
だが今は駄目だ。
まだ、あなたを一人にするわけにはいかない。
切実なテスラの目の光を忌々しく感じたノイトラは、
「・・・・まだだ。まだ足りねえ。テメーを殺すのはまだだ」
とテスラを投げ捨たが、その拍子に飛び散った砂は、
吹き狂う風にのって一瞬で掻き消え、次の砂丘へと渡っていった。
砂嵐の中、喰らいついてきたノイトラの唇は、大量殺戮後の熱を強く残していた。
普段なら煽ってくるはずのその熱も、虚ろに煌めくその眼も、
絶え間なく叩きつけてくる砂粒のせいか、わずらわしいものにしか思えない。
ノイトラ自身が求める血と狂喜を妨げるものに思えて仕方がない。
けれど彼自身に選択の余地はない。
求められるまま、贖うために、今は己の主に楔を打ち込むだけ。
テスラは、自身が血を流すのを感じたが、
その血も呻き声も、ノイトラのものと共に吹き荒れる砂に乾いて消え去った。
テスラは、12枚の布団の下の豆一粒が気になって眠れない元・王子様(マイ設定)
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