唇を尖らす

 

私は知らなかったのだ。
隊長格や席官たちがこんなに表情豊かに暮らしているなんて。
大きな口を開けて笑い、怒鳴りあい、罵り合い、肩を組んで酒を交わす。

あの人の周りはいつも暖かかった。

 

私は知ろうとしなかったのだ。
朽木の家を檻に見立てて縮こまり、
所詮全てを拒否していたのは自分自身だということも、
それが一番安穏だと信じていた愚かさも。

でもあの人が私の手を引いて出してくれた。
外の光は眩しすぎて、くらくらしてしまったのだけれども。

 

私は思いもしなかったのだ。
爪を立て牙を剥く生き物を懐に入れて、その暖かさで溶かしてしまうだなんて、
そんな強さがあるだなんてこと。

唇を尖らせて拗ねてみせる、その表情。
柔らかく心に忍び込んでくる。

 

絶対に自分ではないと言い聞かせ続けないといけなかった。
だってそれは望んではいけないこと、募らせてはいけない想い。
見つめてはいけない、恨んではいけない、悲しんでもいけない、ましてや喜ぶなんて。

だから目を伏せた。
全て水面の下、静かに氷に包んで隠した。
でも時折、心臓は鷲掴みにされたように痛んだ。
噴出す血まで凍らせることは出来なかった。
熱く偽りを溶かしながら緩慢に流れ落ちていった血は、水を汚して底に沈んだ。

子を孕むということは、命を孕むということ。
命を孕むということは、死をも孕むということ。
想いも同様、始まりと終わりは永遠につながれたまま鎖となって命を縛る。


全て、全て、己の咎なのだけれども、
何もかも終わってしまった今は、何を思っても願っても悔やんでも、
全ては雨とともに流れ去ってしまい、還ってくることはないのだけれども。
最初から全てを否定しないでいたら、もしかしたら違う結末が得られていたのかもしれないのだけれども。

世界が暗転する。
全てが終わる。
そして私も生まれ出ることのなかった思いを孕んだまま、死を纏って共に逝く。





2007.3.20 ルキア、267話感
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