笑えばいい



















身を覆うようにはらはらと舞う光は桜の花弁だった。

いつの間にか新しい一年が始まり、どこまでも清々しい春の訪れを告げる風と共にふらりと彼は西浦へ来た。


校門を潜ると、湧き出た淡い光が苛むように胸の内を叩く。
―――それより前から彼の胸はずっとドキドキと高鳴っていた。

凍える冬を越す間も、とうとう忘れる事ができなかった一つの想いに突き動かされ彼の足はグラウンドへ向かった。

金網の外から眩しい青空の下に立っている数名の生徒達が見えた。
そっと触れただけでカシャリと金属製の金網が鳴り、乾いた土の匂いが鼻をついた。

もう二度と来ないと思っていた場所。
いや。嘘をついた。やめようと思った事など一度も無かった。


どんな目に遭っても野球が好きで堪らなかった。
けど今、金網を握ると苦い想いばかりが溢れてくる。


その場に立ち尽くしながら、三橋は三星での出来事を思い出していた。
野球の事は全て忘れ、生まれ変わりたいと思ったのも事実だった。

”………やっぱり、オレはもう野球をしない方がいいのかも知れない。
野球を続けて、また同じような事になったら、今度こそ本当にオレは……”

侵食するような不安が三橋を満たし、絶望的な感情に駆られ始める。

それは、単に三星が自分のせいで負け続けたから、そのせいで無視された等という単純な事ではない。

何度負けても、チームの人間に無視されるばかりでも、言ってみればそれ自体はまだ平気だったのだ。
寧ろ、彼らが自分を怒るのは当然の事だと三橋自身、思っていた。

無視されるから、自分が認めて貰えないから、だから三星を出ようと思った訳ではなかった。
傍から見ればそうとしか見えないかも知れないし、そういった事情がまったく無かったとも言えないが、一番の理由はそんな事ではなかったのだ。


金網を握ったまま、自らの作り出した闇に落ちるように、彼はきつく目を閉じた。





夜明けはすぐそこに訪れているとも知らず。






















あの頃のオレは、自分の事しか考えてなかった。

投手なんてやめればよかった。そうすれば誰にも疎まれずに済む。
明日、いや今日、今すぐだってやめればいい。そんな事はわかっていた。毎日思って、思っていた。

思いながら3年間、オレはとうとう一度もマウンドから降りる事をしなかった。

チームメイトらが自分を怒るのは当然の事だと思った。
自分の我を押し通し続けつつ、勝手ばかり振舞う事がやめられない。そんな自分が大嫌いだった。

自分を形成する細胞のひとつひとつさえ恨めしく、夜毎声を枯らして泣いたりもした。
出血するほど唇を噛み締めた。それでも野球がしたいという思いを止められず。

朝になって自分が生まれ変わってる夢を何度見ただろう。

不遇な人間が吐いて捨てる程居る現実を知りながらも、”生まれてこなければよかった”などと考えた事もあった。
死にたくはなかった。騙し騙し生きてきた。脳裏でいつか誰かが自分を必要としてくれるかも知れないなんて甘い夢を見ながら。


三星の選手達が特に性悪なわけではない。どこのチームへ行っても同じ事を言われる事はわかっていた。
自分はどこにも必要とされない人間だと思い込んでいた。

自分が嫌いだった。自分が大嫌いだった。自責の念に駆られるばかりの日々だった。
誰にも求められない、必要とされない人間なら、どうして生まれてきたんだろう。

たかが学校の、部活動の、野球(ゲーム)の事で、大袈裟だと言われればそれまでだったが、
自分にとってはそれが命を賭けてできることの全て。つまりは、命そのものだった。

しかしこの想いを他人に明かすのは憚られた。
言えないまま月日は流れ、オレは西浦で彼と出会った。

誰に言ってもくだらないと烙印を押されそうなこの話を彼だけが黙って聞いてくれた。
馬鹿馬鹿しいと吐き捨てられても、当たり前と思える愚痴を零したのに。




握られた手はひどく優しく暖かく、解く事ができなかった。
あの時は何か言葉を返す事もできなかった。ただ涙が零れ落ちる。




それまでずっと毎日人知れず泣いて過ごしてきたのに、初めて本当に涙を流した気がした。





思い出せばまだほんの数ヶ月前の事なのに、もう何年も前の事のように今は思えた。




























オレは君に憧れた。君みたいになりたかった。

昔の自分が嫌いだった。だから変わった。変わる事ができた。君と出会えたから。

それでもこれからも、オレはずっと変わっていくんだよ。だから、







































君にはオレが投げ続ける。これからも、この先も、ずっと。




君も迷わずオレを選べばいい。




君を必要としている人は沢山いるけど、君をこんな風に想っているのは世界でオレだけなんだから。

























笑われたっていい! わかってるんだ。こんな事を話せば君がバカだって笑う事。
オレもホントに自分の事、バカだって思ってるから、ありがとう。












20080407 Sioux