複雑怪奇な迷宮













組員の誰かが忘れていったらしいパンフレットを取り、柏木はぱらぱらと余り厚くは無い中身を捲って見る。


風間組事務所。
普段ならば若い衆が詰めている其処は、今は誰もいない。電話番として残っていた二人は、柏木がメシでも食って来いと金を渡して外出させていた。
何の事は無い。四六時中部屋の中に居ては息が詰まるだろうとの若頭としての配慮からだ。



組長である風間は本部での集まりに出かけている。恐らく、帰りは遅い。



「……」



思わず漏れた短い溜息に、柏木は苦笑いをして、手の中の其れに視線を落とした。

捲ったパンフレットは結婚式場の案内。
中には、幸せそうな二人のドレス姿から着物姿。果ては建物内部の何処がどれほど素晴しいかとコレでもかというほど飾り立てた言葉が並び写真が載っている。



いい具合に金の事が書いていない辺りが、したたかだな。



最後までどれほど素晴しい式場であるか、其処で式を挙げれば幸せになれると錯覚させられる美辞麗句のオンパレード。
何処でやろうが何も変わらないと思うがなと、言っては無粋なのだろうなと柏木は小さく苦笑いを零す。




ああそう。
こんな事に胸を躍らせるなんて、良い事じゃないか。
若いという特権だな。


ふと、そう考える自分も極道然り世の中然り、まだまだ若造だったなと苦笑いのままくくと声をたてた。


けれど自分はそんな人生を考える前に、風間という人間の下でまだまだ学ぶべき事がある。
あの人の側に、居たい―――



一つ柏木が溜息をつくとひょいと不意に背後から手が伸びた。その手がパンフレットを取り上げる。




「なぁんや?結婚するんかい」




聞き慣れた声にもう一度柏木は溜息をついて背後の相手を振り返る。


「どうしてお前がウチに居るんだ?」
「そういうあんたこそ、どないして一人なんや?」


芝居の仕草のように両手をひらりと回す隻眼の男に別に構わないだろうと柏木が言葉を返す。



「一人きりやなんて、カチコミかけられたらどないすんねん」



にやりと笑うと先ほど取ったパンフレットをくるりと丸めて柏木に向け、撃つ真似をする。


「おい、真島。何処の馬鹿がウチにそんな事をするってんだ」

鬱陶しいとそれを手で払えば、払われた先で自分を指してくくと喉奥で笑ってみせる。そんな仕草に柏木も返すように目を細めて笑った。



「嶋野が風間に喧嘩吹っ掛ける、ってのか?」
「ちゃうで、わしが、や」
「お前が?」



くるりと自分に向けていた先を返して柏木を指し、視線を柏木の愛銃が収められている肩へとゆるりと向けた。





「そういや、あんたとは本気でヤった事無かったなぁ?」
「組内の私闘はご法度だろう」
「んな堅い事いわんと」
「あのな、真島」





言いかけた言葉を留める様に真島はとんと柏木の腕と身体の間にある硬いそれを向けた先で突く。
どこか挑発にも似た行為にちりりと柏木は眉を寄せ、示された其処へと視線だけを向けた。

親である風間から譲り受けた拳銃。


風間組に入り今の立場で過ごしてきた間、何度も躊躇い無く引き金を引いてきた。



「…ドスとこれじゃ、お前の方に分が悪すぎないか?」
「お?なんや随分強気やないか」
「常識的な事を言ったまでだ」
「甘いなぁ」



くすりと笑って真島は突きつけていた先を、相手の身体の線をなぞるように腹部へと下ろす。布越し、小さく伝わる感触の不快さにまた柏木が眉を寄せた。





「この至近距離やったら」





ついと鳩尾辺りで止めて、ほんの僅か力を入れて突く。



「あんたのよりわしの鬼炎の方が、抉るん早いで」
「…そう安々と、こんな風に懐まで入れる訳がねぇだろ」
「入っとるやん」



人の悪い笑みで細められた真島の隻眼に、全くと柏木は息をつく。


「殺気の欠片も無い奴が良く言う」


向けられた言葉になんやばれてたかと身体の力を抜いた真島に、すいと柏木は顔を寄せる。そうして隻眼を覗くように口の端で笑う。


「ついでに言うなら、鬼炎も無い奴には、ヤられる気がしねぇ」

「………それもお見通しかい」


つまらんわと子供の様に声を上げて真島は柏木から離れると、手短なイスにぎいと音を立て跨ぐ様に座る。くるくると、してやられた事が悔しいと言いたげに椅子を回して、それから背もたれに顔を乗せて柏木を見上げた。




「風間の叔父貴に似てきたで」
「褒め言葉だな、ありがとう」
「食えんようなったわぁ」
「ならお前は、嶋野の叔父貴に似てきたな」
「貫禄付いたやろ?」
「それにはもう少し、腹に肉でも付けろ」
「おやじが聞いたら怒るでぇ」




あははははと声を上げて笑う真島に諦めたように柏木もくすりと笑い、それで何の用件だと言葉を続けた。
手に持った丸めたままのパンフレットを隻眼に当てて、その穴から柏木を覗くようにして真島は別にと短く応える。


「たまたまこの前通りかかったら、あんたんトコの若いんが出てくのが見えたからなあ」
「……」
「丁度暇やったし、おやじは本部に出向いとるし」
「………」
「鬼炎も無いし。…それに、あんたなら居るおもうたからな」


ぱしぱしと普段なら鬼炎がある腰の辺りを叩いて、からりと真島が笑う。



「お前…暇つぶしか…」
「言葉悪いなぁ」
「なら、他になんて言うんだ?」



ぴりと寄った柏木の眉にパンフレットから覗いたままの隻眼で真島は一つ笑う。





「暇つぶしやな」





その言葉と同時に柏木は自分に向いている筒の先をぱしりと相手に向けて叩く。唐突な衝撃に痛いわと真島は声を上げて仰け反ると、物の見事に攻撃を喰らった目を掌で押さえた。軽い音を立てて床に落ちたパンフレットを柏木が拾い上げる。



「酷いでぇ」
「帰れ。てめぇの暇つぶしに付き合うほど俺は暇じゃねぇ」
「暇やんか」
「聞こえなかったのか?てめぇに付き合う暇はねぇと言ったんだ」



何事も無かったように落ちたパンフレットを拾う柏木に、きいきいと椅子を揺らして真島が言葉を続ける。


「しょーがいやぼうこうや。慰謝料請求したる〜」
「お前…ガキか」
「ええやんかぁ〜、どうせお互いのおやじは遅いで?」


耳障りな椅子の軋む音が止まるのと同時に向けられた言葉に、柏木がぴくりと動きを止める。




あからさま過ぎるほどの揶揄を含んだ真島の言葉。


今更、どうしてという事すら無駄に思えて柏木はゆっくりと真島に向き直った。

自分が知っている事をこの頭の良い男が知らないはずが無い。
相手の心を読む事に長けた男が、自分の感情に気付かないはずが無い。



真島吾朗という男は、そういう種類の男だ。





「さっきのガキが戻ったら、飲みにでもいかへんか?」





椅子の背にかけた両手の上に顔を乗せ、こくと首を傾げるように真島が柏木を見上げる。

その隻眼にありありと浮かぶ、楽しくて仕方ないという色。
遊び相手を見つけたと言わんばかりの、腹の立つような無邪気さ。



ちと舌打ちをして、それから一つ息を吸う。



主導権は、もうこの相手に握られてしまった。悔しいけれど、取り返す力量は自分には無い。
ああけれど、ヤラれっぱ無しは極道として情け無いだろう。




「…分かった。飲みに付き合ってやる」




そう言ってからけどなと、ほんの僅か皮肉る声色で柏木は言葉を続けた。






「その前に俺は、お前の大事な大事な鬼炎がどうして無いのかが、聞きてぇな?」






ついと口唇を上げて見遣れば、隻眼が小さく揺らぐ。そんな些細な反応に柏木はふと喉奥で笑った。


「待ちぼうけ喰らってんのは、お互い様じゃねぇか」
「あんた、たまぁに気味悪いくらい勘がええで…」
「そうか?」


くすりと笑う柏木の顔に、こいつの方がよっぽど自分より意地が悪いと真島は僅かだけ眉間に皺を寄せた。

確かに自分の鬼炎は先日起こしたちょっとした喧嘩から飛び火した揉め事の所為で、ちっとは反省しろという嶋野に取り上げられている。だが勿論そんな事を他の組である柏木が知るはずが無い。
仮に事件云々を知っていても、鬼炎が取り上げられているなんて事までは知る術が無いはずだ。

気付いた事を知らぬ振りで腹の中に仕舞っておきながら、こんな風に使い処を見極めて的確に出してくる。



ふと、嶋野の言葉を思い出す。




――人を食ったような、意地の悪い男や――
――わしなんぞは、あいつに比べたら可愛いもんや――




風間という男の下に付くと皆がこうなるのだろうか。
それとも、こういう種類の人間が風間の元に集まるのだろうか。


はあと大きく真島は溜息をつくと、降参の仕草で黒い皮手袋の手をひらひらと振る。






「ほんっま、風間の叔父貴にそっくりやわ」





くすりと柏木が笑う。





「お前は、こういう処は嶋野の叔父貴に似てねぇな」





こんな言葉のやり取りをすれば、大概が嶋野が風間に食って掛かりまた風間にやり込められるというのが常套だ。


それは、そうあの二人だからなのだと分かっている。




「そないトコまで似とったら、…嫌やろ?」




含む真島の笑みにああそうだなと柏木は頷いてふふと笑ってそうして、一言続ける。





「お前となんて、冗談じゃねぇ」








                                    終わり





「惰眠」のそうのすけさまよりサプライズドプレゼントで戴きました!
SCCで手に入れた御本の中に、真柏っぽい雰囲気と嶋風のベースを察知したあげく、ペーパーに真柏萌を見出し、ひっそりくえすとをした馬鹿くまの戯れ言を拾って、素敵な小説を書いて下さいました!(その節は、違うCP本読みながらの不謹慎萌えでホントすいませんでした。)

鬼炎を取られた兄さんと、銃を忍ばせた柏木さんの。
親に親を取られたことが、どこか不本意に感じている二人の。

腹を探り合うような言葉のやりとりに悶えます。
柏木さんとの距離を一方的に兄さんが攻撃態勢で縮めようとしても、それがいつの間にか柏木さんの攻撃圏内に変わっていて、それ以上はどうにも進めなくなる行き止まり感が、題名通りの迷宮っぽくて凄いなぁと思いました。進んでは下がり、行き止まっては道を変え、攻略しようとしているのか攻略されそうになってるのかが、非常にわかりにくいじりじり感にやられます。親とは違った距離と立ち位置の若頭二人ですが、啀み合いつつも互いにその力を認める関係であればいいな、と思いました。
そうのすけ様。素敵なお話をありがとうございました。
                                  <しろくま>

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