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『さて、本日5月11日は母の日です。ご覧下さい、このスタジオにも母の日のシンボル、カーネーションの花が……』 女性アナウンサーが言い終わらぬうちに声は途切れ、画面は突然バラエティ番組の騒々しい笑い声に変わる。だが、その笑い声は不快へと傾きかけた気分を更に増大させたらしく、手当たり次第何局もチャンネルを変えた挙げ句、龍司は渋面を現わにしてリモコンを放り出した。 「あーもうやめや! こんな日のテレビなんぞクッソ面白くもない」 片手を枕に寝そべっていた身体を床へ投げ出し、仰向けになって伸びながら、龍司は先ほどからテレビの上で存在を主張する一輪の白い花を見つめ、悲しいとも、悔しいともつかぬ表情を浮かべて桐生の横顔を見やった。 「なぁ、桐生はん」 「何だ、龍司」 昨日この家へ突然訪れてからこの方、全く予想のつかない龍司の行動にいちいち反応をするのにも疲れたのか、頬杖をついて雑誌を読んでいた桐生は、視線だけ上げて龍司を見る。 「あの白い花、なんで飾ってありますのや」 「……昨日、遥が買ってきた」 「さよか。白いカーネーション、な……。で、その嬢ちゃんは」 「ヒマワリに行くと言うから、送って行ったが、どうした?」 「『ヒマワリ』って、もしかしたら孤児院でしたやろうか」 「そうだ。……風間の親っさんが作った孤児院。前にも話しただろう」 「ああ、そうでしたなぁ。……したら、嬢ちゃんもそこに居ったんやな」 「由美……遥の母親もあそこで育ったからな。戻るような実家もなし、預け先が他に思い当たらなかったんだろう」 「ほぅか、ほいで白いカーネーションなんやなぁ……」 仰向けになったまま、龍司がそっと目を閉じた。開かれているときはあれほどに強く、人を射るように鋭い眼差しが、瞼を閉じた途端、普段の彼からは想像もつかないような苦痛を浮かべているように見えるのは、嘗て、閉じられたまま再び開かぬほど血の気を失った、彼の貌を見たからだろうかと桐生は思う。 「何だ、さっきから……?」 「なぁ、桐生はん。今日、何の日か知ってはります?」 「何の日って……日曜日だろう。五月の、第二日曜」 それ以外に何かあったか、と言外に問いながら答えた桐生に、龍司はうっすらと目を開け、困ったように顔を顰めた。 「ホンマ、困った鈍いお人やなぁ。嬢ちゃんの苦労が目に見えるようや」 「……」 理由もわからないまま龍司に笑われ、桐生は憮然とした表情を浮かべる。 「まあ、あんたさんも縁のない日ィやから、敢えて覚えようとはせなんだ気持ちも解りますけどな。……今日、五月の第二日曜日は、母の日や」 「……母の、日……」 「そうや。母の日だけは全世界共通や。……やっぱ、忘れてはったんか」 「墓参りにでも、連れてってやれば良かったのか……?」 「いや、それもまたちょっと違うやろなぁ。嬢ちゃんかてわざわざそれ言って、あんたさん困らせたくはなかったんやろ。同じ境遇の子らぁが、この日どんだけ寂しい思いするかも解りよるから、孤児院行って慰めたろ思たんちゃいますか」 「……あぁ」 だからか、と桐生は思った。こんなにも突然に、龍司が横須賀までやってきた本当の理由が何であるか、気付いてしまったのだ。 母の日に、母の無い子同士が集まって慰め合うように、母の無い龍司もまた一人では居られず、同じ境遇の、同じ龍を持つ者のところを訪れたのだ、と。 「母の日って、昔っからカーネーション贈るもんやって言いますやろ。でもあれ、色によって意味に違いありますのや。知っとりますか?」 「いや……知らねぇ」 「赤いカーネーションは、母のある子が母親に贈るもんで、母の無い子は、白いカーネーション胸に飾って、母親を偲ぶんやそうですわ。……わざわざ母親の無いこと世間様に知らせろって、迷惑なことこの上ないなぁ、って昔は思うとりました」 「……そうか、それで白いカーネーション、か」 「ええ。……あんたさんも、ワシも、嬢ちゃんも、よくもまぁ、みぃんな白いカーネーション飾らなあかん者ばっかし揃ってなぁ。……ほんま、因果なもんや」 「龍司……」 「桐生はん、『赤い花白い花』って歌、知ってはりますか」 「……一応、少しだけだが」 「あの歌な、オカンがワシによぉ歌てくれてたんです。丁度その頃の流行り歌だったんですやろな。子守歌代わりに聞かされましたわ。 ……でも、今改めて歌詞思い出すと、まるで母の日の比喩みたいになっとりますのや。白い花はやっぱ胸に飾られて、お月さんみたいに咲いて揺れるんやって」 赤い花摘んで あの人にあげよ あの人の髪に この花さしてあげよ 赤い花 赤い花 あの人の髪に 咲いて揺れるだろう お日様のように 白い花摘んで あの人にあげよ あの人の胸に この花さしてあげよ 白い花 白い花 あの人の胸に 咲いて揺れるだろう お月さんのように 「ワシが母の日に赤い花贈ったのは、ほんま四つくらいの頃やったかなぁ。……ホントの親父や、その仲間らぁがみぃんな揃ってなぁ、オカンに花贈るんです。で、その花があんまし綺麗で、こんな小んまいガキやったワシが、オカンの髪に赤いカーネーション飾ったんですわ。それがホンマのお日様みたいに揺れよって……」 「龍司。……もう、いい」 淡々と、色褪せかけた記憶を蘇らせるように龍司は語る。古傷の痕を、今この日まさに開く赤い花のように鮮やかな血の色で彩りながら。 「何でですか、桐生はん」 思えば、まともに母の顔すら記憶になく、その後の孤児院生活が幸福だった自分は恵まれていたのかも知れないと桐生は思う。物心ついて、母親の顔も、声も、温もりさえ覚えているのに引き離された龍司や遥のことを思うならば。 「もう、言うな。……頼むから」 「……今となったらもう、優しい思い出しか残って無い筈やのにな。今更手放されたことを恨む気ィも起きへんけど、なんや今日ばっかしは……一人で、居りたくないよな気ィがして……」 「あぁ。……来年は三人で、一緒に居よう。……白い花と、赤い花と、両方揃えて……お前のお袋さんと、遥の母親の墓参りに行こう、龍司……」 赤い花揺れる あの娘(コ)の髪に やさしい人の 微笑みに揺れる 白い花揺れる あの人の胸に 愛(イト)しい人の 口づけに揺れる 口づけに揺れる <了> |