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※Su●erJ●mp連載中のBar漫画、「バーテ●ダー」の舞台と登場人物を一部拝借しているクロスパロです。 また、本文中に一輝と桐生ちゃんは登場して居らず、元若頭ズのみの登場となりますので、ご了承の上お読み下さいませ。 「いらっしゃい、柏木さん」 くわえ煙草でカウンターに肘をつき、サイコロいじりに精を出すバーテンダー。いわゆる「オーセンティック・バー」からはほど遠く、客を客とも思わぬ態度に、初見の客ならばその場で回れ右して去るような、くせのある雰囲気と、癖のある客、そして何よりもくせ者のバーテンダーがいる店の名を、「Northwind」という。 「済まない、後からもう一人来るんだが……いいか」 「良いも悪いも、今更でしょう。こんな場末のバーで風間組の二代目にお待ち戴くなんて、却って申し訳無いくらいですよ」 煙草を傍らの灰皿へ押しつけて消し、ダイスをしまい込みながら軽口混じりに北方がそう言うと、柏木は困ったような笑みを浮かべた。 「……止してくれ。北方さんにまでそう呼ばれると、何だか尻の据わりが悪い」 柏木の笑いに、単なる気負いや疲れ以外の苦みを感じたものの、北方はそれ以上追求することなくカウンターへ向き直った。 「で、どうします。何か飲んでお待ちになりますか? ……それとも」 「ああ、腹はさほど空いて無いんだが……いつものヤツを」 「畏まりました」 癖のある雰囲気と、くせ者のバーテンダーが居る場末のバー。滅多なことでは他の客とかち合ったりしないこの店が、それでも営業を続けていられる理由は、数少ない常連客――決して「上等」とは言い難い――に対する「上等な」サービスが提供されているからに他ならない。 北方はバックバーから柏木が好む銘柄のウイスキーを取り出すと、いつもと同じように、ミネラルウォーターのボトルと氷を用意する。氷の入ったタンブラーに1ショット分のウイスキーが注がれ、最後の一滴がほとりとタンブラー内に落ちきったとき、柏木は覚悟を決めたかのように顔を上げた。 「なあ、北方さん」 「はい?」 「常連客の……それもしょっちゅう通ってくるような常連の酒の好みを、客商売をやってる人間ならば普通、忘れることはないよな?」 取り乱した様子は見えないが、煙草を一本取り出したまま火を点けることもなく指先で弄ぶ、どこか心此処にあらず、と言った様子の柏木に対しかすかな疑問を抱きながら、北方はかすかに首を傾げてバースプーンを操る。 「そりゃあね……いくらここが野戦病院でも、仕事ですから」 氷とウイスキーが混じり合い馴染むようにステアさせるその指先は、北方の為人を表すかのごとく、無骨なのに繊細な、どこか優しささえ秘めているように見える。 「俺が今、作りかけてるその水割りをロックにしてくれ、と言ったらどうする?」 不意に投げかけられた柏木からの問いに、北方はステアする手を一瞬止め掛け、だが思い直したように作業を続けた。 「柏木さんに限って、途中でそんなことは言い出さないでしょう? まあ、銘柄まで変えるなら、今日は偶々違うものが飲みたくなったのかな、くらいには思うかもしれませんが」 で、水割りにしていいんですよね? と問いかけてくる北方へ、柏木は「濃いめに頼む」と言い足して、やっと思い出したかのように煙草へ火をつけた。 ふぅー…と、深いため息とも煙ともつかぬものを吐き出しながら、柏木は視線を目の前のグラスから離さぬままでいる。先だってこの神室町を騒がせた大事件の傷跡が漸く癒えはじめ、半年が経って此処を統べる組織も、その周囲も落ち着き始めた矢先、こんな様子でグラスを見つめる柏木の様子があまりにも落ち着かぬことが北方の気に掛かった。 「……お待たせしました、ザ・マッカランの水割りです。いつもより、少し濃いめで」 「ああ」 目の前に置かれた「いつもの水割り」――普段よりも幾分か濃いめではあったが――のグラスを見やり、漂ってくるアロマと、ダウンライトを反射する琥珀色が柏木の心の痛覚に触れたようで、僅かに顔を曇らせる。己が視点の捉える先にある「それ」が「いつものもの」と変わりないこと、そしてどうしても「いつもと違うこと」を認めざるを得ない。 吸いさしの煙草をアッシュトレイに起き、真っ直ぐに上ってゆく紫煙には目もくれず、柏木は手触りがよく、持ち重みのするタンブラーを取って、一口目を含んだ。 「……ああ」 それが馴染みの味であることを安堵しつつも、再認識せざるを得なかった事実に対する微かな落胆、そしてほんの少しの諦めが、柏木の表情を覆う。 「柏木さん……」 一体何が、と北方が口を開いたその瞬間、カランカランカラン、と高らかにドアベルの音が鳴り響き、室内の静寂を破った。 「お〜待たせちゃぁ〜ん、二代目ぇ〜〜〜♪」 それまでの雰囲気を一度に破壊するかのような賑やかしさで、一人の男が「Northwind」の扉を開け放つ。 「真島さん、いらっしゃい」 「おーー、北方ちゃん、おヒサーー☆ 元気やった?」 苦笑しながら出迎えた北方へ、両手を激しく振りながら席に着く、道化さながらの相変わらずな真島の姿がそれまでの重い空気を一変させた。 「お陰様でね、何とか。真島さんもお元気そうで、何よりです」 「んー…、ほらワシ、最近早寝早起きーな、カタギさんの生活に戻ったやろ? せやからもー、健康的すぎて参ってまうわ。夜遅いのが辛くなっとんねんなー。お肌にも悪いしィ?」 先だっての「大事件」の始末の内、恐らくもっとも驚かれた内のひとつだっただろう。この真島が――東城会きっての武闘派といわれた、嶋野組下部組織「真島組」を率いていた――組を解散させ、所謂「カタギ」に戻ってしまったのは。そうやってカタギに戻ったのも束の間、現在では、散して猶真島を慕って離れなかった多くの構成員を率い、真島建設という大がかりな組織を立ち上げたのだ。「神室町ヒルズ」なる大型建築物の受注を一手に引き受けてこの町へ舞い戻って来たところを見れば、極道であれカタギであれ、頭一つ抜きん出て行くその才能は確かに非凡であると言えた。 「そう淋しいことを仰らずに、何か飲んで下さい。お作りしますよ」 「そやね、今日はこの辛気くっっっっっさいオッサンのオゴリやからねー、なんかいい酒飲もかな。……このオッサンは何飲んではるのん?」 「モルト・ウィスキーです。……水割りで」 「ふぅ〜〜〜ん。あ、そ〜〜〜〜ォ。……まーーーたぞろカッコつけてあれやろ? ”まっからーん”とかいうヤツ飲んどんねやろ? 相変わらず水割りとか、オッサンくっさい飲み方で」 隣に座る柏木には目もくれずまるで当てつけるかのように、真島は目の前の北方へ変わらないオーバーアクションで話し続ける。 「ええ……まあ」 「水割りねーー。最近は神室町のどっかにある、カワイーィお星様ちゃんの水割りがお好みなんかと思とったけどォー? 北方ちゃんの水割りも飲むんやねーオッサン」 「……うるせぇぞ、真島。注文するならさっさとしろ」 「おーーー怖! オッサンに怒られたわー。じゃあワシはー、久しぶりに北方ちゃんのカクテルでも貰おかな」 「はい。……何をお作りしますか?」 互いの立場は全く違うものになったというのに、依然として変わらない二人の遣り取りへ、笑いを噛み殺しながら問いかける北方へ、真島はきらりと目を光らせる。 「そね。ウォッカベースの『スターダスト』とか、どォ?」 途端、持っていたタンブラーをカウンターへ叩き付けるように置き、柏木が真島を睨んだ。 「真島、てめぇ……!!」 「なァんや恐ろしィ顔してからに。ワシはただァー、北方ちゃんにカクテルおくれー、言うただけやん。なァ?」 視線でそう北方へ同意を求めながら、真島は柏木に気付かれぬよう、眼帯のない右目だけで笑って見せる。 北方は知っているのだ。先ほどから何度も、真島が仄めかす人物が、柏木にとってどんな存在であるのかを。この種々雑多な人間で溢れかえる神室町のなかで、目立たぬ後ろ盾に風間組をつけた若いホストクラブオーナーの存在を知らぬバーテンダーは、そう多くない。 「では真島さん、折角なので『スターダスト』ではなく、『スターダスト・レビュー』ではいかがですか? ドライジンベースで、とても綺麗な青をしていますよ」 「ほなそれでエエわ。ジンの銘柄はおマカセでな」 「はい、では『スターダスト・レビュー』を」 出された話題へ乗る振りをして、柏木に助け船を出す北方の意図を汲んだかのように真島は答え、思い出したかのように柏木へ向き直る。 「……で、カッシーの大事なお星様ちゃんが、どないしたって?」 既に灰と化した先の1本目を置き、柏木は傍らのシガレットケースから真新しい1本を取り出すと、口にくわえて火を点した。 「気付いてんだろう、てめぇも。……わざとらしい言い方しやがって」 「んー…ワシは別に何ともー? …ま、心底ホレ込んでるー言う店長サン……あ、新しい方の、あの用心棒みたいな、ホストっぽくない。アレが気付かんくらいやし? いつからとは、はっきり解れへんなー?」 だいたいワシあっこの常連いう訳やないし、と、巫山戯たような軽い口調で、露わになっている片目の光だけは決して鈍らせず、本心を悟らせぬよう奥に秘めたまま真島は首を傾げる。その様子を忌々しげに眺めて、柏木は煙草の煙を胸の奥深くまで吸い込み、吐き出した。 「……花屋の」 「んーー?」 「サイの花屋の監視システム、てめえそのまま引き継ぎで持ってんだろう。データ遡ってあの辺調べるくれぇ、できるんじゃねぇのか」 「えーーーー、そないなこと言われてもォ、キカイいじってた奴等は花屋のオッサンに連れてかれてもうたしー? ワシはあんま詳しないねんけどー。ん・で・もォ〜、カッシーが頭下げて頼むならァ、てゆうかー、泣いて頼むなら仕方なくゥ〜〜」 カウンターの上へのの字を描きながら、真島はくねくねと身を捩り、柏木を殊更おちょくるように上目遣いで見上げる。 「もういい、てめえに頼もうとした俺が莫迦だった。忘れろ」 これ以上話をするのも無駄だ、とでも言いたげに柏木は真島に対し冷ややかな一瞥をくれると、吸いさしの煙草をアッシュトレイへ乱暴に押しつけて消した。 「フーーーーーン。らっしゅうないほど怒りくさってからに。ほんの冗談やん冗談。いっつも通りさらーーっと軽く流してくれたらええのんに」 「それができりゃ、とっくの昔にそうしてる」 「……お話中に済みません、お待たせしました、『スターダスト・レビュー』です」 そう言って真島の前へ差し出されたカクテルは、夏の夜空のような、少しくすんだ深い蒼をしていた。パルフェ・タムールが放つ微かなスミレの香が、何処までも控えめに、だが確かな存在感で真島の鼻腔をくすぐる。黒い革手袋に覆われた無骨な指先が、繊細なカクテルグラスの足を摘んで持ち上げ、一口目を飲み込んだ。 「美味いわ、北方ちゃん」 「ありがとうございます。……ところで、少しバックの在庫を確認してきますんで、申し訳無いですが少しの間お二人で居ていただいていいですかね?」 「ええよー。ワシ等のことは気にせんと行っとき」 ひらひらと片手をひらめかせて真島が言うと北方は小さく頭を下げてカウンタードアを開く。 「すまないな、北方さん」 その気遣いに対し柏木が後ろ姿へ一言だけ声をかけると、北方は片目だけ瞑って応え店内から姿を消す。ドアの閉まる音が消え、二人だけが残されたその一瞬の静寂を破るように、真島が普段にない、真剣な声で問いかけた。 「なァ、柏木」 「……何だ」 「ひょっとして、お前結構マジやったりする訳か?」 「だったら、どうする」 躊躇いなく即答した柏木の言葉が予想外だったのか、真島は一瞬だけ目を見開いたのち、ヒュウ、と口笛を鳴らしながら肩をすくめる。 「そんなにハマっとって、万が一……最悪の状況とか起きとったらお前どないしよんの?」 「さぁな。そうなってることが解ったら、その時考えるさ。……今はただ、生きて俺の元へ戻ってくればそれでいいと思ってる」 例えどんな姿であってもな、と呟くように続けた柏木は、恐らく自分が一度も見たことのない表情を浮かべているのだろうと思いながら、真島は手元のカクテルグラスを空にした。 「ま、ハマる時ってのはそんなモンなんやろなァ。ワシかて桐生ちゃんがそうなったらまあ、フツウじゃ居られんやろうし? ……まあ解ったわ、出来るだけ情報集めといたる。何せ他ならぬカッシーのオネガイやしね」 今でも充分フツウじゃない奴が何を、と柏木は思ったが、物事を頼んでいる立場上それは口に出さず、柏木もタンブラーの中身を干した。そのタイミングを見計らったように、「在庫の確認」を終えたらしい北方がバックルームから姿を現す。 「失礼しました、お二人とも。……何か、お代わりでもお作りしましょうか?」 「や、エエよー。これ以上この辛気くさいオッサンの顔見てると苔でも生えてきそうやし、ワシ明日も早いしするから帰るわ。北方ちゃん、ごっそさんな」 ありがとうございました、と一礼する北方を横目に、真島がスツールから立ち上がり、柏木に向けてにやりと笑った。 「カッシーのお惚気聞かされたら、なんやワシも自分のお星様ちゃんの顔見たなったわァ」 「会いに行きゃぁいいじゃねぇか、横須賀に」 遠慮するなんててめぇらしくもねぇ、と背を向けた真島へ向かって続けた柏木の言葉に、真島は出入り口のドア付近で立ち止まり振り返る。 「わっかんないオトコやな柏木ィ、逢えない時間があるからこそ、再会したときの喜びが殊の外嬉しいんやないかい。せやからお前も、この時間でお星様ちゃんを最後までちゃーんとオトせるように、自分内会議でも開いて待ってたらええんちゃうゥー?」 瞬間、両手を広げ、米国人のように肩を竦めて笑う真島の頬のそばを何か細長いものが、ひょうと空気を切り裂いて通り抜けた。 「……おぉっとォ」 ゴッ、と鈍い音がして壁にぶつかった後、床に落ちて壊れたそれは、クリップ部へ矢羽根模様が彫り込まれた万年筆。柏木が普段筆記具として愛用している筈のものだが、言葉通りの飛び道具としても何度となく武器にされているアイテムでもある。 「その減らず口、一生叩けねぇように口ん中に突き刺してやろうか、真島?」 「おーいカッシー、マジになんなやァ。それとも何、ひょっとして図星やったん?」 真島は柏木の投擲技術について、その確かな腕を誰よりも近くで見てきた人間だったが、ある意味ではもっともその標的にされた男でもあった。途方もない命中率を誇るこの男が万年筆の矢を敢えて真島に当てなかったのは、それがあくまでも威嚇のためでしかないことを知っている。 「よし真島そのまま止まれ。ダーツの的にしてやる。一発で楽にはさせてやらねぇから安心しろ。 ……考えてみりゃ、この傷の礼もてめぇにはまだしてなかった筈だ」 全身から陽炎のように立ちのぼる怒りの気配すら漂わせながら、柏木がスツールから降りて立ち上がる。懐の得物に手を触れさせながら真島を睨む柏木に対し、真島は少しずつ後退りながら、射程距離を伸ばしその的をずらすように動き、ドアノブに手をかける。その後一瞬の隙を突いて出て行けば良さそうなものを、真島の無邪気な好奇心は、滅多にない「柏木を冷やかす」という甘美な誘惑に勝てなかった。 「元・相棒のワシやんかー。酷いことしなや……か・し・わ・ぎ・サン?」 「真島ァ!!」 ドアが開く音と、柏木の懐から閃光が走るのと果たしてどちらが先だったのか。バタン! と大きな音を立てて”Northwind”の扉が閉まった後には、すぐ側の壁に突き立った細身の刀子だけが残されていた。 「……柏木さん、ダーツの的はあっちですよ」 くわえ煙草のままグラスを拭く手の親指を立てて、北方は店の奥にあるダーツ盤の場所を指し示す。グラスを棚に戻し、柏木に見えないところで微笑みを浮かべつつ、北方は道化役を演じながら柏木の闘争心を掻き立て、目に見えぬ敵と戦う気力を沸き起こさせた真島の手腕に舌を巻いた。 「ああ、済まないな北方さん……つい、乗せられた」 「いいえ、野戦病院には敵も味方もありませんよ。傷ついたなら癒された方がいいんです。……元気になって貰えるんなら、多少の破壊行為くらいは大目にみないと」 人の悪い笑いを浮かべる北方に、柏木は苦笑しながら刀子を抜き取り、懐の鞘へ仕舞い込む。元のスツールへ戻って腰を下ろす柏木の前へ、ことりという音と共にカクテルグラスが置かれた。 「今更チェイサーでもないでしょうから……どうぞ。おごりです」 「……人が悪いな、北方さんは」 ウォッカとドライベルモット、そしてライムジュースをステアして作られたカクテル――スターダスト。微かに白濁したその色は、星屑を散らしたかのようだ。 「次に柏木さんがお見えになるときは、ぜひその方と一緒にどうぞ。それまで、ウチではスターダストは作らないでおきますから」 「……解った。その時は是非、北方さんの『お星様』にも逢わせて貰いたいがな」 「ええ、お待ちしてますよ。……6人で逢えるその日をね」 小さなグラスに満たされた星の欠片を一気に喉へ送り込み、柏木は久しぶりに気持ちのいい「酔い」に満たされたような気がした。 ――店の外では、今日も神室町の街の明かりが星屑のように瞬いていた。 <了> |