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※設定は激情版準拠。従ってこの龍世界に柏木さんは存在してないっぽいです。悲しいですが。 「今日は流石に混みましたねー」 頭につけた小さなウィッチハットを外しながらユウヤが言う。 「そうだな。ハロウィーンの上週末だったからな」 一輝はいつもの黒いタイの上に重ねた、フリース製のジャック・オ・ランタンブローチを外しながら答えた。 今日は10月31日。ここ10年ほどで急に日本国内での認知度が増した、アメリカ系伝統行事・ハロウィーンの日。 「イベントデーはお客さん多くて、忙しいけど嬉しいですねぇ」 「……だな」 今日ばかりは誰に咎められることもなく、大っぴらに仮装ができるせいか、普段ならば出来ないおかしな格好で町中をうろつく人間が多いのも確かだ。勿論冬の一大イベント・クリスマスほどの盛り上がりはないけれど、景気の悪いこのご時世、お客を呼ぶためのイベントとしてならば大いに活用させて貰おうと、ここ「スターダスト」でもハロウィンの催しとして、所属ホストがそれぞれなにがしかの仮装をしてお客様を出迎えることになっていた。 だからこそ、ユウヤは頭に小さなウィッチハット、一輝は襟にジャック・オ・ランタンをそれぞれつけて、今夜のイベントに臨んだのだ。ホストの中には、どこから調達してきたものか、吸血鬼やら狼男やらの懲りまくった衣装やマスクを着用してきたものもいたが、それも一層の盛り上げ効果となって店を賑わしたのだった。 「ユウヤ、支度できたか?」 ココン、と申し訳程度のノックとほぼ同時に突然事務所のドアが開き、バーテンダーのアキラが顔を覗かせた。 「あ、アキラごめんー、も少し」 「……っと、一輝さんもいらしたんですか、すみません」 着替えているユウヤに並んで、一輝が立っていたことに気づいてアキラがドアを閉めようとする。 「いや、いいさ。気にするな。……ユウヤ待ちか?」 アキラの待ち人が誰であるか脇できちんと聞いていたくせに、一輝は改めて問いかけ、アキラを苦笑させた。 「ええ、今日は、そのー…」 一見すれば腕から背中にかけて、隙間無くトライバルタトゥを巡らし、強面にさえ見えるアキラが照れたように笑う様子がおかしくて、一輝は小さく吹き出す。 「いいって、アキラ。からかって悪かった。ハロウィンだものな。確かに人ばかり楽しませちゃいられない」 ひとしきり笑った後、一輝は小さく一息ついてアキラに向き直った。 「……で、もう片付けは終わったのか?」 「え、はい。他のみんなもほぼ上がったみたいですね」 「そっか、じゃあ最後は俺が閉めてくから」 精算も少し残ってるしな、と一輝が微かに笑うと、支度の終わったらしいユウヤがロッカーに鍵をかけながら一輝を振り返った。 「すみません、一輝さんー。じゃあお先ですー」 「お、お先に失礼します」 連れ立って事務所を出てゆく二人の後ろ姿に「お疲れさん」と声をかけて、一輝はシャツのボタンを緩めながら、傍らのソファへその身を投げ出す。 「……ハッピーハロウィン、ね……」 接客業におけるイベントとは、かき入れ時と同義語であって、決して自分が楽しめるものではないことを、ここ数年の生活で一輝はいやという程思い知らされている。そんな中でも、先ほどのアキラとユウヤのように、想う相手がいればそのイベント毎に何とか都合をつけてでも楽しもうと思えるのだろうが、生憎今の自分に、それだけの手間をかけてくれようとする相手など居よう筈がない。 こうしてイベントが盛り上がり、お客様が楽しめば楽しむほど、その砂上の楼閣にも似たかりそめの楽しさは、後で澱のように溜まって、ひとりでいる一輝の心を重くするばかりで。 「今日は忙しかったから、疲れてんだ、俺……」 あと少しで終わる帳簿を片付けたら店のバーカウンターへ行って、当てつけられた意趣返しに、アキラ秘蔵のボトルでも空けてやろうと考えながら、一輝は煙草に火を点した。 「なあユウヤ、なんか一輝さん、疲れてるみたいだったな」 「んー……、でも、明日には元気になってるよ、きっと」 「何でンなことわかるんだよ?」 「えー、わっかんないかなー? アキラ、ひょっとして鈍いんじゃない?」 二人が小声でそう言いながらスターダストの通用口から外に出ると、二人の前へ背の高い人影が現れる。 「コンバンワ」 「はいコンバンワ。……元気だったー?」 こくり、無言で頷く背の高い影。手元には白く大きな布を持ったまま立ち尽くしている。 街灯の明かりが照らしたその顔に見覚えがあって、アキラは思わず声を上げた。 「お、お前、いつだったかの変なガイジン……!?」 「アキラ、声でっかい! 一輝さんに聞こえちゃうでしょー?」 まだ何事か言い足りないらしいアキラの口元を手で押さえつけ、ユウヤは朴に向き直る。 「ひょっとしてその布って、ハロウィンだから仮装して、お菓子もらいにきたの?」 困ったように笑いながら、朴は手の布を頭に被ってみせる。かぶった頭には、黒くまるい目と口が貼り付けられていた。……由緒正しいハロウィーンのゴーストスタイルだ。 「Trick or Treat?」 背の高いゴーストが少し体を屈め、ユウヤに向かってそう告げる。普段寡黙で、そんな真似をしそうにない人間のこういうギャップにユウヤは弱かった。笑いを堪えきれず吹き出しながら、閉じた通用口の暗証番号を素早く押してロックを解除する。 「ねえお化けさん、僕にはここに自分専用のTreatがあるからね? ホントはここで待ってて貰おうと思ったけど、いいよ。あんた、とっておきの”Trick”中に居るひとにやったげてよ。……一輝さん、ずっと待ってるから」 「…アリガト」 頭に被った布を少し上げて微笑みながら、朴は通りすがりざまにユウヤへ小さな包みを渡して店内へ入ってゆく。 「”Trick”って、ユウヤお前一輝さんにあいつがなんかしたら……!」 「なんかって何ー? 今更一輝さんに危害なんか加えられるわけないでしょぉ?」 「危害じゃなくてもよ、その……」 「いーの、一輝さんが幸せなら。……ほら、お裾分けも貰ったし」 「お裾分け? 貰いに来たのにくれてんのか? ……相変わらず変なやつ」 先ほど朴に渡された小さな包みの中には、ジャック・オ・ランタンをかたどった大きめの棒付きチョコレートが2本。ユウヤはその包みを2本ともむしり取ると、ひとつを自分に、もうひとつをなおも言い募ろうとするアキラの口へ放り込み、蓋をする。 「これ、美味しいけど結構おっきいよね。しゃべりづらいや」 「……口止め料、って意味なんじゃねーの」 「あー、なるほどねー。アキラ、あったまいー!」 もうすぐ夜も空けようとする時間帯、もごもごと口を動かしながら、二人は朴の消えたスターダストの裏口に背を向けて歩き出した。 最後の検算だけを残した帳簿を広げて一輝は一人、バーカウンターでヘネシーのグラスを傾ける。本当にほんの僅かな作業を終わらせれば帰宅できるというのに、何故か家に帰る気分が起きず、閉店後の店内へいつまでも居残って、作業する振りをしてグラスを重ねていた。 (いい加減、飲み過ぎてんのも解ってんだけど、な) 職業柄から言っても酒に弱い訳ではないのだが、流石に今日はフロアでの接客数がいつも以上に多かったせいで、カラダはいい加減飲み疲れしてしまっている。それでも、疲労したカラダとは裏腹に頭の芯は酔いきれず、これ以上のアルコールを摂取して酔いつぶれたいという欲求と、さっさと帰って寝なくてはという欲求が闘っていた。 (……冷て……) 一輝は全身から力を抜いて、右半身を下に向ける格好でずるずるとカウンターに突っ伏す。 空になったブランデーグラス、その向こうには残り僅かになったコニャックボトル。視線をカウンターの中へ向ければ、そこにはビーフィーターやらゴードン等のジンから始まって、ラムやテキーラ、そしてリキュールなどあらゆるカクテルベースのボトルが見えた。 (ウォッカ……とジンだっけ、好きだって……言ってた……) 自分の前では我慢しているのか滅多と口にはしないのだが、一輝は潜入先の某国でアルコール依存症に追いやられたらしいあの男の、酒を前にしたときの目をふと思い出す。一見穏やかで優しく微笑むあの男の眼差しが、酒を前にしたときだけ渇望しながら憎む鋭さで細められるのを。 言葉の壁故にあまり語りはしなかったが、自分は飲めば飲むほど意識が透き通り、周囲に同化して行く錯覚に捕らわれると男は語っていた。飲めば自己を忘れ、存在さえも意識から消して「仕事」に集中できるから、戻ってこられなくなる恐れを感じながら、飲まずに「仕事」はできないのだ、とも。 ―――もう何ヶ月、逢っていないだろう。 硝煙の臭いを染みつかせ、それでも魔法のようにカクテルを作る節くれ立ち乾いた指先。 互いに通じる言葉はほんの僅かでしかないけれど、少しずつ語るあの声を、独特なイントネーションで呼ばれる己の名を呼ぶ音を忘れられず、耳の奥に残している。 『カズキ』 そう、こんな風に「ズ」の音を少し掠れさせて、朴は自分の名を呼ぶ。 「……カズキ?」 やけにリアルな幻聴が一輝の耳へ聞こえてくる。逢わぬ時間が長すぎたか、それよりも自分が飲み過ぎたのか。 ふわり、と白い布が一輝の視界を遮り、その上から優しく抱き締められて、一輝は驚きに目を見開いた。 「え、あ……な、何…!?」 「カズキ」 布越しに伝わってくる温もりに、心が震えた。 「……Trick or Treat?」 囁かれる、低い声。 「こんな甘い悪戯じゃ、選択の余地無いじゃないかよ……!」 白い布の下、小さく震えだした一輝の背を宥めるように抱き締めた腕は、いつもにも増して力強く暖かだった。 <了> |