「桔梗屋-Platycodon gtandiflorus-」に掲載の『狂 瀾』より、「LUCKLUCKLUCK」掲載の『断罪』との比較のため、類似シーンをそれぞれ引用しています。
『狂 瀾』からの文章は紫で、『断罪』からの文章は黒で表示されています。特に注意を促したい部分は赤い色を使用しています。引用とは関係のない注釈はグレーを用います。
なお文章の後に続く()内の数字は『断罪』のどの章に当たるかを示しています。
>「指令だ」
とコエンマが短く言った。最近、コエンマはおれの前に姿を見せない。指令以外の逢瀬を、かれが望まなくなったからだ。樹を仕事のパートナーとして選んで以来、ほとんど2人で会話することがなかった。たぶん、どこかで樹の気配を感じるからだろう。
自然と、樹を交えた3人で顔を合わせる機会が多くなった。3人で会うとき、樹はあまり口を利かない。コエンマが指令内容を伝えるときも、大抵は黙って眺めている。コエンマはそれが気に入らないようで、始終気むずかしげな顔をしていた。
「それで、今回の指令内容は?」
なんとなく白々しさを感じさせる空気の中で、息を呑むように黙ってしまったコエンマに水を向ける。
> 結局その時以降、彼はもう二度と忍と二人きりで会話をすることは無かった。それ以上の忠告はコエンマには出来なかったし、仕事がらみで無い限り会いに行くのも控えたからだ。自然、樹も交えた三人で顔を合わせることになる。
三人で会うときは、樹はあまり口を利かない。忍がコエンマと話をするのを、大抵は黙って眺めている。コエンマは内心で、その視線を量りかね、そして不快になる。忍はそれに薄々感づきながらも、やはり真意を汲み取ることは出来ず、結果気にとめないことにする。
うっすらと白々しい空気の中で、会話をすることになる。しかもコエンマはそれを監視されていることを知っていた。(15)
*ほぼ同じ設定とシーンをコエンマの視点から、忍の視点へ切り替えただけのように読める
> 視線が、コエンマに絡みついていた。厳密には、おれたちに。時おり歪んだような笑みを浮かべるのを、かれはずっと居心地悪そうにしている。
>じっと絡みつくような目に、コエンマが振り向く。
「満足か、樹」
彼の表情に浮かんだ張りついたような微笑は、微動だにしない。(32)
*コエンマが苛立つ樹の視線を、絡みつく、と類似表現
> コエンマは不快そうに身をむずがらせて、「おまえを眺めるのと同じ視線で、じっとワシを見るからいやなんだ」と言った。
「目をそらせても、視線は絡みついて離れない」
「…………」
「おまえ、自分がどんなふうに見られているか自覚しているか」
「なんとなくなら」
「鑑賞」
細い指先をくちびるに這わせながら、そんな言葉をつぶやく。
「おまえにとって、樹はよいパートナーかもしれん。だが、あいつにとってはおまえも鑑賞の対象でしかない。わかっているか」
「それは、あなただって…」
「ワシとおまえとは違う」
コエンマがぴしゃりと言った。
「ワシはおまえの傍にいさえいなければ、あの男の目に触れることはない。なぜなら、ワシは鑑賞の対象であるおまえの付属品だからだ」
> だから引くわけにはいかない。コエンマは治った腕をさすりながら樹をにらむ。彼は蛇のように微笑んでいる。今は何を言おうが、この微笑が崩れる事などないだろう。彼は目を背けた。
だがその視線は絡み付いてくる。離れない。
忍を眺め回すその目と同じ視線で、樹は彼をも見ている。彼にとってコエンマも今は、忍の付属品として鑑賞の対象になってしまっているのだろう。……反吐が出そうだ、とコエンマはまったく彼らしくない品のない悪態を胸中で吐いた。
*ほぼ全く同じ設定の説明
>「あなたには似合わない」
>「そうだね、あんたには似合わないよ」(27)
>「あなたがそんな目をするから…」
>「あなたが、そんな目をするから……」(24)
> おれが抱く、どんなかなしみも、我がままも。すべて受け入れてくれるような、そんなやさしい目をするから。この胸の澱(おり)を――そして、想いを全部ぶつけてしまいたくなる。「霊界になんか帰るな」と、すがって、憤って、すべてを忘れてしまいたくなる。
>まるで子供の我が侭を聞かされる母親の顔だ。何もかも見透かしたような、それで子供が安心して、我が侭を言えるような。(26)
> 本当は今すぐこんな真似はやめて、跪いて泣き喚いて、もういいんだと甘い声で慰められて、そのまま眠ってしまいたい。(31)
>優しい声に、忍は泣きたくなる。全てを投げ出してただ彼だけに溺れてしまいたかった。(26)
*コエンマの優しさにほだされて、忍が責任放棄を望む設定の類似
>「それより、コエンマ様。この仕事が終わったら、どこかへ遊びに行きませんか」
「遊びにか? うーん…」
これでも仕事がな、と渋い顔をするコエンマに「しばらく、約束を反故にしていた罰ですよ」と迫ると、ふと面食らったような顔をして、すぐに「そうだな」とうなづいた。
>「今度、一緒に旅行とか行きませんか。冬休みになりますし」
「馬鹿言え。のんびり旅行できるようなご身分じゃないんだワシは。これから地獄のように忙しくなる予定だ」(11)
>「……正月は、無理かもしれんがクリスマスくらいはな」(11)
*一旦、遊びの誘いを仕事を理由に断るが、忍に押し切られて承諾するシーンの類似
>「人間の方から、わざわざ魔界への扉を開けるなんて…」
おれは愕然としたものを感じていた。
「それに、妖怪を飼いたがるなどどうかしている」
> コエンマにはああ言ったが、今回の指令には正直かなり戸惑っている。「人間が」魔界への扉を開けようとしている行為自体が受け入れられないのだ。生物売買の一環などとコエンマは言っていたが、人間が妖怪を飼いたがるなどどうかしているのではないか。
妖怪など、人間を喰いものにする卑劣な生き物だというのに。
腐ってる。
そう思った。
本当に、腐っている。
《人間が妖怪をボディーガードとして雇っているという話だったが》
あの卑劣な妖怪たちのこと、「雇われる」など上っ面だけで、いざとなったら逃げ出すに決まっている。相手が人間なら、戦闘面で手こずることはないはずだ。
それなのに、この不安。
>忍は正直、今回の指令にはかなり戸惑っている。人間が、魔界への扉を開ける。何故わざわざ?生物売買の一環らしいが、妖怪を飼いたがるなどどうかしている。単なるゲテモノ趣味とも言えない嫌なものを感じた。人間を餌にするような、生き物だというのに。
腐った連中だと思った。人間だから、相手は戦闘面では簡単だろうが、気が重い。
彼はふと溜息をついた。
(16)
*ほぼ同じ忍の戸惑い、言い回しを少しいじっただけに見える
>「魔界の扉か…」
どんなだろう、と思う。
コエンマも「せいぜい、直径10mほどの低級妖怪を召還するための小型の召喚円だ」と言ってはいたが。樹は樹で「人工的に開けられた扉のことなどわからない」と首をかしげただけだった。
前に聞いた話では、以前――コエンマが生まれるより、ずっとむかし――には、人間界と魔界の間には扉さえ存在しなかったという。妖怪が日常的にうようよしている世界で、よく人間が滅びなかったものだと感心もしたのだが。
>「魔界へのトンネルって、どんなだろうな」
忍は傍らの樹に語りかける。
「さあ。今回のは人工的に開けられたものだろう?俺には分からない。筒抜けだったからな、昔は」
「信じられない。何時の話だ」
「ざっと千年ってとこだろう。時間の経過に興味はない。いい加減な勘定だけどな」
「妖怪がうようよしてて、よく人間が滅びなかったな」
「……」
樹は薄く笑うに止めた。
> 急襲は成功した、はずだった。
「なんだ、こいつら」
内部へ進むたびに、おれの中で戸惑いは増した。
妖怪が、人間の手先として動いている。コエンマが言っていた「人間が妖怪をブローカー兼ボディーガードとして雇う」という言葉の意味を、これっぽっちも理解していなかったのだと思い知らされる。
ヒビッ、と壁に血しぶきが散った。
人間の警護として戦い、そして死ぬ。
それは、いままであった妖怪の姿とそぐわない。
なんのために?
なんのために、奴らは戦い…そして死ぬのか。
《金か?》
《それとも、名声?》
ちら、とそんな考えが頭を過ぎる。だが、妖怪が、そんな利害で動くだろうか。
動くはずがない。少なくとも、人間の手先としては。
《だまされているんだ――》
点々とこびり付く妖怪の血だまりを後にしながら、おれは次第に焦燥を覚える。
早く、はやく。
手遅れになる前に、あいつらの目を覚まさせてやらなければ。
早ク、ハヤク。
思考が乱れた。
ひどく気分が悪い。
いまごろ、樹はどの辺りを探索しているのか。いやに広い別荘の中で、別行動したことを忌々しく思う。
「!」
だが、本能は、理性より先に動いた。幼いころから培われてきた警戒心が、否応なく戦闘態勢へと反応させたのだ。
「…………」
妖気だ。あの扉の先。一匹や二匹ではない。
感じる妖気は弱かったが、人間の気配もいくつもあった。そして、扉を通して空気を震わせるように伝わってくるひどく禍々しい気。
魔界の扉はどこだろう、と思った。この先か、その向こうか。
どうしてだか、いやに足がすくむ。
感じられるのは、ひどく小さな妖気の塊。紫炎弾を食らわせれば、一瞬でケリがつくほどの。おそれることなど、なにもないではないか。
ふと、あのやさしい顔が浮かんだ。
この世のすべてを受け入れてくれるような、祈りのような顔。
《コエンマ――》
おれはぎゅっと目を閉じ、そして一気に扉を開けた。
バタン!
魔界への扉は、きっとずっと向こう。
だが、おれはその場に立ちすくんだ。
> 内部へ進むたびに戸惑いは増した。妖怪が人間の手先として動いている。何故だ?金のため?理解できなかった。それは自分の中の妖怪の姿と、あまりにそぐわない。人間の警護として妖怪が死ぬ。なんだか、これは、酷くおかしい。
妖怪の血だまりを次々と後にしながら、忍はちりちりと胸に焦燥感と吐き気を覚える。ああ、何だか、とても嫌だ。
だが本能は、理性より先に動いた。妖気の塊を感じた。あの扉の向うに、妖怪がいる。人間の気配もいくつもあった。酷く禍禍しい空気は、もう少し先から感ぜられる。トンネルはこの扉にはないだろうと思った。なんだかもう面倒くさくなってきたが、感じる妖気は弱かったし、事務的に始末をつけておこうと思い、忍はその扉を開けた。
息が止まった。
それを目にした瞬間、身体中が総毛立ち、血液がどくんと波打った。
見開いた目は「それ」に釘づけにされたまま、背けることもそらすこともできない。
《なんだ、これは》
おれは呆然と立ちつくしたまま、「それ」を直視していた。
この世のものとは思えぬ、悪の宴。
「…あ」
目についたのは、手かせにはめられて吊り下げられた妖怪たちの束。身体中に槍を突き刺され、絶望に涙するうつろな眼の色。
それだけではなかった。無数の針に顔も身体も刺し通され、息絶えた妖怪。一つ目の妖怪は目を潰され、ばらばらにされた骨や肉片があたりに散らばっていた。
そして、したたる血の池の中で游ぐ人間たち。
女もいた。一糸まとわぬ姿で、返り血を浴びながら槍を突き刺さんとする黒髪の女。
それを見つめるに囚われの妖怪たちは、迫り来る自分の運命に膝を抱き、ただ身体を小さく震わせるばかりだ。
「…ああ」
ふと、池の中で笑う人間と目が合った。表情がはりついた、どこか狂った顔。
濁りきった瞳。
この眼は、
人間のものなんかじゃ、ない。
「うわああああああああ!」
声をあげた。
だが、思考と身体の機能はすでに切り離されている。
「あ――――っ!」
息が切れて、視界が歪んだ。声はおそろしいほど尾を引いて、ぐわんぐわんと部屋中に響き渡っている。
矛盾に気づきそうになっていた。それでも、いまの自分を否定したらすべてが崩れてしまいそうで。考えないようにしていた。逃げるように、縋るように。与えられた指令を忠実にこなすことが、「正しい」道だと信じて。
――ねえ、コエンマ。
――おれが守ろうとしてきた人間ってやつは、一体なんなんだろう?
目の前が、真っ赤に染まった。
我に返ったのは、 「仙水…」と背後から、声が聞こえたときだ。はっと息を呑む気配が空気を伝って、ようやく冷えた自分を知覚する。
よみがえってくるのは、肉を裂く感触ばかりだ。頬にはりついた血が、不快といえば不快だった。手を染める血が、あっという間に冷えていく。
「ここに人間はいなかった」
ふ、とくちびるの端に笑みが浮かんだ。
「1人もな」
「…………」
樹は言葉を失ったままだった。
部屋の中は、特有の鉄臭い血の匂いが充満している。
すでにあった凄惨な死体も、いま新たに築かれた死体も、区別もつかぬほど損傷を受けていた。脅えさえ忘れたような妖怪たちのうつろな瞳が、冷え切ったおれの顔を映している。
束にして吊り下げられた妖怪の体に槍を突き刺し、滴る血の沼でわらう人間と目が合った。
妖怪たちの目には一様にうつろな色があり、人間たちの目は濁っていた。
違う、これは。
この目は人間が持っていていいものじゃない……。
どこかで叫び声が聞こえるなと、ぼんやりと思った。息が切れて自分が叫んでいたのだとようやく気がついた。
ここにいるのは、
血に酔った腐った生き物は、
人間なんかじゃない。
忍に躊躇いは無かった。その場にいた全ての、濁った目をした生き物を殺した。一人、一人、手にかけるたびに自分の中で何かが壊れるのが分かった。肉を裂く感触に罪悪感など感じない。憎悪だけが募っていく。
「忍……」
背後から樹の声が聞こえて、彼は振り返って笑った。忍は可笑しなことだと嘲った。気がつけばここには妖怪しかいないじゃないか。どうして俺は殺さないんだ。殺したっていいはずだ。……だけどなんだか、疲れたな。粘ついた返り血が、あっという間に冷えていく。
「ここに人間はいなかった。一人もな」
疲れた。
俺は、本当に疲れた。
忍は中枢部に進入することもなく、その場で指令実行を放棄、主犯格である左京を逃がしてしまう。
その場で冷えた目をして蹲った忍は、何を言われてもしばらく動こうとしなかった。部屋の中には妖怪と人間の血の匂いが充満していた。怯えさえ忘れたような、弱少妖怪たちのうつろな目が、彼の姿を映していた。
霊界と連絡が取れるまでの数時間、人間が殺した凄惨な有様の妖怪の死体と、彼自身が殺した人間の死体とに取り囲まれ、忍は何を思っていたのか。
鋸引きにされた死体は、
四肢と頭を裂かれた死体は、
串刺しにされた死体は、
抉り出された内腑は、
いったい何を彼に語りかけたのか。
彼が殺した人間の死体は、それらと比べても遜色がないほど酷く、原型を止めぬほどぐちゃぐちゃに損壊を受けていた。(16)
*言い回しをいじっただけのように見える
これ以下裏ページバージョンでの類似点
>「本当は、あるんでしょう? 人間の犯罪を記録したビデオ・テープ」
「…………」
黒の章の名を出したとき、コエンマの眼の色が変わった。
>「そういう名前じゃなくても、記録は残っているはずですよね」
>「見せてください。おれは、それを見なくちゃならない」
「どうして…、そんなものにこだわるんだ」
声の震えを覚られまいと、おれを見つめる視線に力をこめる。
「知りたいんです。人は、生きるべきか、死ぬべきかを」
>忍が黒の章の名前を出した瞬間、コエンマは樹を激しく憎んだ。忍が知っていたはずがない。間違いなくあの男が教えたのだろう。
「見せてください。あるんでしょう?人間の悪行ばかりが詰まったビデオテープ」(18)
>「そういう名前じゃなくても、そんなものがあってもおかしくは無いでしょう。(18)
>「俺はそれを見なくちゃならない」(18)
>「どうして、そんな物にこだわる」
コエンマは聞いた。
「見てどうなるんだ、そんなもの」
「俺は確かめたい……人間に、価値があるのか」(18)
>「おれなら、それを資料として残しますよ」
「そんなもの、ただの伝承に過ぎない」
コエンマは苦しげにうめいた。
「ワシは知らない。ワシは…おまえじゃない。だから――」
「あなたは!」
突然、得も言われぬ感情がふくれあがった。
怒りにも悲しみににも似た、言葉にさえできぬ感情の波が。
「あなたはなにも知らないから! だから、そんなことが言えるんだ!」
>「記録として、俺なら残しますよ」
「ワシは知らない……ワシは、お前じゃない」
「あなたは見ていないから言える!」
また突然、彼は語気を荒くする。(18)
>「それとも、まだ『自分は大丈夫だ』って思っているのかな」
「…………」
「どうなんですか。おれがあなたに手を挙げないとでも?」
>「どこまで呑気なんだ、あんた」(26)
>「いったい誰が、あんたの身の安全を保障してくれる。次の瞬間に目を抉られるかもしれないし、脚を折られるかもしれない。いくらあんたでもこの空間内で死んだら、霊界になんか戻れないんだぞ!」(26)
>「どうして、こんなことをする」
「さあ。おれがこうしたいと思うから、かな」
>「どうして、こんなことをする」
「さあ、どうしてでしょうね」
忍は彼の眼を見たまま言った。コエンマがわずかに顔を歪めると、忍は薄く笑った。
「別に、あなたを苛めたいわけじゃないけどね」(24)