カプセル |
「…増えたなあ」 事務所の食器棚を見て、成歩堂はしみじみと呟いた。 中にはコーヒーカップが必要以上に並んでいる。 誰とは言わないが、毎回来るたびに置いて行くヒトがいるからだ。 そのたびに食器棚にしまっていっているが、最近では増えすぎて、元々入っていた成歩堂のカップを入れるのも困難になってきた。いくつか家にも持って帰ったが、全く減らず増える一方だ。 それだけではなく、冷蔵庫にも冷凍庫にも、コーヒー豆の入った袋や缶がしまわれている。 ついでにいつの間にか、コーヒーメーカーやら、フィルターやら、ミルやら、その他にも成歩堂には何に使うものか分からないモノまで置かれている。 以前は、コーヒーと言えば、インスタントコーヒーしか置いてなかった筈なのに。そしてインスタントコーヒーはまだ置いてあるが、中身は一向に減らない。 どんどんコーヒーだらけになっていく事務所に、困ったような、少しだけ嬉しいような気もしつつ、冷蔵庫を開ける。 冷蔵庫の中にはコーヒーの他にも、トノサマンカップ麺やら、いい加減時期外れのソーメンやらが入れられている。 (カップ麺や、ソーメンは冷やさなくてもいい気がする…) コーヒーも冷やす必要はないかと思っていたが、これは冷やした方がいいらしい。 前にソレを神乃木に聞いたら、 「いいかい、ボウヤ、コーヒーってのは湿気を嫌うモンさ。それに、豊かな香りを持つモノはとかく汚されやすい、純なオンナみたいにな。すぐにおかしな匂いに染まっちまう。だから、大事にしまっておくのさ」 と、相変わらずの分かるような分からないような説明をされてしまった。オマケにそれを聞いた真宵にも、嬉しそうにカップ麺を持ってこられてしまった。 「じゃあじゃあ、なるほどくん!コレも入れておこうよ!カップ麺だって湿気を嫌うモンなんだよ!」 「いやいやいや、真宵ちゃん、ソレは元々常温で保存できるように乾燥させてあるモノだから…」 「何言ってるの、なるほどくん!湿気ちゃったら、ふやけちゃって食べるしかなくなっちゃうんだよ!」 「真宵ちゃん、この事務所、そんなにジメジメしてないから…」 「…クッ、いつも汗まみれの弁護士はいるが、な…」 結局、冷蔵庫にはラーメンまで入れられてしまう羽目になった。 所狭しと雑多にモノが入れられている中、ふと見慣れないものを見つけた。 茶色の小さな小ビンだ。栄養剤かと思って取り出してみると、黄色いラベルはふやけてしまっていて読めなかったが、どうやら何かの薬のようだった。 蓋を開けてみると、下痢止め薬みたいな匂いがする。中に入っていた小さな黒い錠剤も、やはり下痢止め薬のような形をしていた。 (いくら何でも、こんなモノまで入れていたら、冷蔵庫中が下痢止め薬臭くなるかも知れない…) 何でもかんでも冷蔵庫にしまうのは止めて欲しいと思いながらも、事務所に置いてある救急箱の中にソレを入れ直しておいた。 そうして、そのまま忘れてしまっていたのだが…、その事を後悔する事になったのは、当然、手遅れになってからだった。 「な、なるほどくん!顔色がまた、びりじあんだよ!」 事務所にやってきた真宵に、出会い頭に言われた。 「うん…、多分、昨日のシナチクだと思うんだけどね…」 昨日、真宵と春美を連れて食べに行ったラーメンのシナチクが、今思うと不自然に酸っぱかった気がする。 おかげで昨日の晩あたりから、腹が痛くて仕方がない。 一晩中トイレと布団との往復で、ロクに寝れていない。 「ええー?美味しかったよ?」 「わたくしも美味しく頂きました」 腹痛で汗をダラダラ流している成歩堂とは対照的に、真宵と春美の様子には特に変わりがない。いつも通り元気そうだ。 (…何でぼくだけなんだ…?) 「ダメだよ、なるほどくん。シナチクの良さが分かってないね」 (そういう問題なのか…?) 「あの…大丈夫なのですか、なるほどくん。わたくし、おかゆ作りましょうか?」 「大丈夫だよ、春美ちゃん。さっき、薬も飲んだから」 そう言って、成歩堂が薬ビンを見せると、春美は驚いて口元に手を当てた。 「なるほどくん!それは…」 「ん?」 「ドコにあったのですか?」 「え、救急箱だけど…」 その時ふと、ソレが元々冷蔵庫に入っていた事を思い出した。そして、自分が救急箱に移し変えた事も。 てっきり下痢止めの薬かと思って飲んでしまったが。 …もしかしたら、違ったのかも知れない。 「飲んだのですか!?」 春美の勢いに押されるように思わず頷いてみせると、何やら気のせいか、ミョーに期待に満ちたような目で見られている。 「それで…何か変わったコトは?」 「……とりあえず、お腹はまだ痛いかな…」 春美にキラキラしたような目で見つめられて、何となく、さっきとは違う汗も出てきたような気がする。 やたらとイヤな予感がする。 「何の薬なの?はみちゃん」 真宵が聞くと、春美はもじもじと恥ずかしそうに口ごもった。ぽっと顔を赤らめて、コチラの様子をうかがっている。 …ますますイヤな予感がする。 「その…何でも、殿方をソノ気にさせるお薬だとか」 「………………え」 「これで、真宵さまとなるほどくんとの愛もますます燃え上がるのですね」 (げ、下痢なのにか…?) 燃え上がっている場合じゃない体調のような気がする。 顔を赤くして嬉しそうにしている春美の横で、真宵がきょとんとした顔をしていた。 「えっ、じゃあじゃあ、なるほどくん!それってもしかして、惚れ薬ってコト?」 「うーん、少し違うんじゃないかな…」 春美はそう思っているみたいだが、おそらく精力増強剤みたいなモノだと思う。何やらさっきから体もポカポカするし。 「…………」 (…って、ダメだろ!!) 大慌てで真宵と春美を事務所から帰す。 「ま、真宵ちゃん、春美ちゃん、今日はもういいから!!」 「えー?なるほどくんが燃え上がってるトコ見てみたいのにー」 (ぼくは見られたくないよ!!) それに下手をすると、いや、カクジツに犯罪にしかならない気がする。 急いで2人を追いたてて、事務所を厳重に戸締りする。 今日は事務所ももう閉めるコトに決めた。どのみち、腹も下しててビリジアンなのだから、今日はロクに仕事にならないだろう。 ホントは家に帰りたいトコロだが、帰る途中にとんでもないコトが起こっても困る。猥褻物陳列罪とか、恥ずかしい前科がついても困る。 この際、閉じこもっておくに越したコトはないだろう。 窓の鍵をかけながら、ふと空をみると、いやに曇り始めていた。もしかしたら、雨になりそうだった。 雨の日は情けないほどヒマになる事務所だから、今日は開けていても誰も来ないかも知れない、そう思って成歩堂はため息をついた。 結局、雨は降り出していた。 特にする事もなく、する気にもなれずに、今はただソファで寝転がっているだけだ。 (やっぱり、家に帰れば良かったかな…) 今更思っても仕方ないが、こんな風にじっとしてるのは色々とキツイ。出来ることも特にないだけに。 とりあえず、真宵が持ち込んだ週刊誌を読んでいたが、読み終わってしまった。あと読めるものと言えば、千尋が残した膨大な資料が本棚にいくらでもあるが…今はあまり読みたくない。 体の方は、何となくポカポカして落ち着かない以外は、特に異常もない気がする。 それどころじゃなくなってしまったせいか、下痢も治まってしまい、ヒマなものだ。 昨日あまり寝れなかった分、この際寝てしまおうかと目を閉じる。 (そういえば…、よくここで神乃木さんが寝てたな…) 最近はあまり姿を見せないが。 気まぐれのように現れるワリには、コーヒーや器具だけはいくらでも置いていくので、どんどん事務所を占領されている気分になる。 真宵といい、神乃木といい、どうもモノを増やすのが好きらしい。 (…神乃木さん) 何度か、ココで神乃木を抱いたコトがある。 狭いんじゃないかと思うのだが…、ソレを聞くと、「その分くっつけてイイだろ、ボウヤ?」と笑われた。 成歩堂自身も、ベッドに行く間も惜しくて、求めた。 背後でコーヒーメーカーからコーヒーが落ちる音を聞きながら、性急に彼を追い上げる。 コーヒーが落ちきって、彼がソチラに気を取られてしまわないように。彼にその音が聞こえなくなるほど、ムチュウにできるように。 コーヒーメーカーから上がる湯気も分からなくなるほど、熱くさせて。 「…成歩堂」 彼の腰を掴んで、固定しながら、抽挿を繰り返す。 汗で滑らないように腰の窪んだ辺りにぐっと親指を立てると、どうやらソコが弱いらしく、神乃木はいつも力が抜けたようになる。ソファに沈む体を支え、押し上げるように中を突き上げる。 熱くきつく包んでくる感触に、ほとんど無我夢中で腰を打ち付けた。 「ッ、神乃木さん…!」 「…呼んだかい?」 「………」 「………」 「…………え」 顔を上げると、向かい側のソファに、いつの間にか神乃木が座っていた。 「うッ、うわあああああッ!?」 「よォ、久しぶりだな」 神乃木はニヤリと笑い、手にしたカップを軽くあげた。 「なッ…い、いつの間に来たんですか!?」 「オイオイ、オレはちゃんとインターホンも鳴らしたし、ノックもしたぜ?もっとも、アンタの心のドアにまでは届かなかったようだが、な」 神乃木のカップからは、まるで入れたてのように湯気が上がっているが、いつものコトなので、あまりソレは当てにならない。一体いつから神乃木がソコにいたのか、よく分からない。 「まあ、そんなコトよりも…、ソイツをしまっちゃあどうだい?」 神乃木にカップで下の方を指されて、はっとした。 出しっぱなしだった。 慌てて後ろを向いて、スラックスから剥きだしにしていたソレを隠す。 (ううう…、ものすごく気マズイぞ…) 随分と、とんでもないトコロを見られた気がする。いくらなんでも、オカズにしている現場を当の本人に見られたくはなかった。 しかも、こんな状況だと言うのに、臨戦体勢の成歩堂のソレは、未だ勢いを保ったままだ。 (もしかして…薬か?) 例の薬は、カクジツに効いているようだった。やたらとミョーな気分になったのも、多分、きっとそうだと思う。 (…よりによって、こんな時に効かなくてもいいのに…) 「どうした?」 「その…納まらないみたいです」 気まずく笑ってみせた。 「…ボウヤが溜まってるのは分かったが…昼間っからってのは、感心しねえぜ?」 (は…反論できない…) 雨で薄暗いとはいえ、まだまだ日は高い時間だ。本来ならば、まだ事務所を開けている筈の時間に、こんなコトをしているのは、とても後ろめたい。 冷や汗をダラダラとかきつつも、神乃木にコトの次第を説明した。 しどろもどろで説明する間も、成歩堂のモノは無駄に勃ったままで、ビミョーな気分だった。 「……薬、ねえ」 「ええ…」 手渡したビンを、神乃木はジャラジャラと鳴らしながら、手の中で遊ばせている。そのラベルはやはり読めなかったが、よくよく見ると家紋のような物が薄く見えた。綾里を示すものだろうか。 いつかの裁判で聞いた、キミ子が執念で身ごもったという話を、ふと思い出した。 こういう効果の薬だと知っていたら、飲まなかったと思う。…少なくとも、まあ、昼間には。 目の前で神乃木が悠々とコーヒーを煽っているというのに、成歩堂はまだテントを張ったままだ。何の気もなさそうな相手の前で、ひとりで意味もなく硬くしているのは、ものすごく虚しい。 「その…、とりあえず、抜いてきていいですか…」 勃てたままで、このまま向かいあっているのは、イロイロとどうかと思う。 「まあ、ソイツは構わねえさ。ただな…」 「何ですか?」 「ヒトを勝手にオカズにするな」 「……スミマセン」 了承を得てからオカズにするのも、おかしな気分だが、ともかく成歩堂はトイレにこもった。 …そうして、出てこなかった。 神乃木はサーバーを傾け、カップに新たなコーヒーを注いだ。 トイレからミョーに重々しい気配がするというのに、ソファでのんびりとコーヒーを煽る神乃木の神経は相当太そうだったが、それを指摘する者も特にいないので、ゆったりとした時間が流れていた。 もう5杯目になる。成歩堂がこもり始めてから。 悠々と構え、コーヒーを楽しんでいたが、流石に長すぎる気がする。いつもどちらかというと、早い方だというのに。 腰を上げて、神乃木もようやくトイレに向かった。 「オイ…ボウヤ」 外から声をかけ、ノックをしてみるが、返事がない。 「下痢が再発しちまったかい?」 「……………」 「……………成歩堂」 ドアを開けようとノブを握ると、先にソレが回り、中からドアが開いた。 ふらりと成歩堂が出てくる。疲れたように寄りかかってくる体を、とりあえず抱きとめた。 「オイ…」 「……ゼンゼン、納まりません…」 「……アンタ、何回抜いたんだい?」 成歩堂が耳打ちしてきた回数に、神乃木は口笛を吹いた。 「自慢できるぜ、ボウヤ?」 (…あんまり嬉しくない…) どうやら、想像以上にキツイ薬だったようで、全く納まる気配がなかった。体はいい加減、疲れていたが、気力はやたらとみなぎっている。 もたれていた神乃木の体に両手を回し、ぎゅっと強く抱き締めた。 「成歩堂、オイ…!」 力任せに締め上げるように抱きつくと、痛むのか、神乃木が声を荒げた。 そのまま、彼を壁に押し付け、足の間に膝を入れた。何か言い掛ける神乃木の口を塞ぎ、舌を入れて、絡めとって言葉を封じる。 カップを持ったままの手首を掴み上げて、それも壁に貼りつけて、股に割り入れた太股で彼のモノを擦る。神乃木の体を押し上げるようにしながら。 足で刺激しつつ、彼の舌をきつく吸う。言葉も呼吸も全て奪い取るツモリで。 が。 ゴン!と鈍い音がして、キスをしたまま、神乃木に頭突きをくらわされた。 グラグラとしながら、顔を離す。神乃木は荒く息をつきながら、舌打ちをした。 「……薬の闇に飲まれて、前後不覚になっちまったボウヤの相手なんざ、お断りだぜ」 「……!」 ハッと我に返る。 衝動に駆られて、彼の意思に関係なく、奪うトコロだった。 「あ…」 掴んだままだった彼の手を離す。押さえつけていた足も慌てて引く。 「スミマセン…」 きつく掴んだせいか、神乃木の手首に赤い輪のように痕が残っている。だが、それを気にした様子もなく、神乃木はただカップを煽った。 うつむく成歩堂の息はまだ荒々しい。 「………」 神乃木はふと、ため息をついた。 「成歩堂」 ジャラッという音に、成歩堂は思わず顔を上げる。 目の前で口の端を上げ、笑ってみせる神乃木の掌に、黒い小さな錠剤が数個、乗っていた。 あっという間もなく、それを口に放り、手にしていたコーヒーで流し込んだ。神乃木のノドが動くのを、あっけに取られたような顔で成歩堂は見つめた。 「神乃木さん…どうして、ですか?」 「アンタだけ燃え上がってちゃあ、つまらねえだろ?……どうせなら、一緒に狂っちまおうぜ?」 そう言って、神乃木は成歩堂の額に唇をあてた。軽く音を立ててから離れていく神乃木に、成歩堂も笑った。 「……神乃木さん」 「……楽しもうぜ。火も着いちまったコトだし、な。タマには火傷も悪かねえさ」 唇を重ね、体に腕を回す。 今度はあまり強くしてしまわないように、気をつけながら。 どこまで理性を保っていられるかは自信がなかったが、せめて、彼が正気の間は。 「神乃木さん…そろそろ、いいですか?」 「クッ、焦るんじゃねえ、ボウヤ。そんなに慌ててちゃあ、コーヒーもウマく入れられねえぜ」 2人とも、まだ体に服を絡ませたままだった。 脱がすのも、もどかしいように体を押し付けてくる成歩堂に、神乃木は苦笑する。 いつも回りくどいのが手の弁護士にしては、今日は即物的に過ぎるようだった。しつこく下ばかり刺激されて、息は上がるが…だが、まだ早いだろう。 掴んでいるアタマまで汗に濡れていて、よほど余裕がないのが分かる。 神乃木の体も薬のせいなのか、いつもより熱い気がしたが、タイムラグがあるせいか、成歩堂ほどはまだ、ムチュウになれなかった。 せかすように追い立ててくる成歩堂は、熱く汗ばんで、神乃木の肌にかかる息も熱い。 まだ受け入れるには早いだろうが…。 神乃木はのしかかってくる成歩堂の腰を押さえ、それを軸にくるりと体勢を反転させた。 「え?」 逆にのしかかる形になった神乃木は体を起こし、驚いている成歩堂の上に跨る。 「……少しジッとしてな、成歩堂。いいかい、オレが言うまで動くんじゃねえぜ?」 言って、成歩堂のソレに手を沿える。そして、ゆっくりと腰を降ろしていく。 浅く神乃木の中を感じて、衝動的に突き上げそうになる。だが、成歩堂はそれを必死に押し留めた。 神乃木は大きく息を吐きながら動き、じわじわと沈めてくる。熱く飲み込まれていく感触に、だんだんと衝動が強くなる。 「神乃木さん…」 「…もう少し、辛抱してな」 深く呼吸を繰り返す神乃木の息が、たどたどしくなっている。加減しながらも、できるだけ力を抜いて、受け入れようとしているようだが…やはりまだキツイらしい。 成歩堂は手を伸ばし、神乃木の体を支えるように腰に手を沿えた。 ふと思いついて、腰の窪みの辺りにぐっと親指を立ててみる。 「ッ!?」 途端、一気に力が抜け、神乃木の体が崩れ落ちた。 「…ッあ!」 思わず腰を落としてしまい、急激に全てを咥え込む羽目になり、喘ぎ、体を折り、成歩堂の胸に肘をついた。 ペタリと座り込み、呻くのを抑えながら荒々しく息を吐く。 「クッ…オイオイ、弁護士サンよォ…」 こんなに反応されてしまうとは思わなかった。 何となく仮面の向こうで睨まれている気がしたが、成歩堂は誤魔化すように笑った。 「その…動いてもイイですか…?」 「……構わねえがな」 神乃木は成歩堂に覆いかぶさったまま、その顔を両手で包み込んだ。 「…いたたたた!」 ほっぺたを掴み、ぎゅうぅ〜っと思い切り引っ張ってくる。 「あの…、い、痛いんですけど」 「……まあ、気にするな」 (お、怒ってるなあ……) これ以上、ほっぺたを伸ばされていても痛いだけなので、とにかく動くコトにする。 何度か揺さぶっているウチに、神乃木も手を離してくれた。 離した手を急いで捕まえて、指を絡ませる。両手を捕まえたまま、突き上げる。 神乃木もまた、その律動に合わせるように動いていた。 繋いだ手と手が、じわりと汗ばんでいくのを感じながら、衝動的に動き続けた。 早く、彼も燃え上がればいい。 自分が酔いきってしまう前に、同じように酔わせられるように。 成歩堂が目を覚ますと、まだ雨は降り続いていた。 薄暗くて、時間がよく分からないが、多分夜だろう。 体を起こすと、腰が痛かった。 (…こういう筋肉痛はイヤだな…) ふと、隣を見て驚いた。 神乃木が眠っていた。 疲れたように眠る神乃木は、服も着ていなかった。いつもコトが終わると、何事もなかったように身支度をしてしまう神乃木が、こんな風に隙を見せているのは珍しい。 その白い髪を撫でつけると、仮面を付けていなかった彼のまぶたが動き、目を開いた。 「起こしちゃいましたか?」 「…ああ」 起きたとは言っても、神乃木はまだグッタリとした様子で、腕で目を覆った。 成歩堂も疲れていて、いつ寝たかも分からない状態だが、おそらく神乃木の様子から彼もそうかと思っていたが、脱ぎ捨てた筈の服は意外なほどキレイにたたまれていた。 ついでに後始末もキッチリと済ませてあるようだった。 「…もしかして、シャワーも浴びたんですか?」 「……どっかの弁護士みてえに、腹を下したかねえからな」 「………」 「それに…また間違えて、あんなモン飲んじまっても困るし、な」 「でも…それほど悪くもなかったでしょう?」 目元から腕を外し、神乃木は成歩堂を見上げてきた。見えてはいないだろうが、睨まれている。 神乃木の手が成歩堂のうなじに回り、ぐっと引き寄せられる。 引き寄せられるままに神乃木の胸元に頭を乗せると、そのまま撫でられた。 「…もうゴメンだぜ」 小さく呟く声が聞こえ、彼に目を向けると、神乃木は目を閉じ、また眠ろうとしていた。 相当消耗しているのか、すぐに規則的に上下し始める胸に、成歩堂ももう一度寝るコトにした。 雨音はいつの間にか、聞こえなくなっていた。 END |
神乃木さんにいかに自然に、おかしな薬を飲ませるかというテーマで書いた話です。 おかげで長くなってしまい、神乃木さんが燃え上がるまで書ききれませんでした。 |