君の声



糸鋸刑事がようやく帰って行った。
その間、成歩堂はソファから立ち上がる事が出来なかった。
理由は…まあ、生理的なものだ。

ソファに座ったまま大汗をかいている成歩堂に、糸鋸は「体調でも悪いッスか?」と不思議そうに尋ね、神乃木はニヤニヤと「いや…弁護士サンは必要以上に元気なんだろうぜ?」と答えていた。
少しでも気を紛らわせようと、神乃木から貰ったコーヒーをほとんどヤケクソのように飲んでいたが、
「知ってるかい?弁護士サン、カフェインには中枢神経を興奮させる作用があるんだぜ…?」
と耳元でそっと囁かれて、飲むのを止めた。

(…あんまり、興奮はしたくない…)

隣に腰掛けている神乃木の方をなるべく見ないようにする。
彼を見ていると、先程の光景が重なるからだ。今、座っているこのソファの上で、妙に誘いをかけてきた声と仕草と、それから…水の匂い。
彼の肌を拭いた時の、僅かにカルキを含んだような香りを思い出す。
隣からまだその香りが生々しく香っているような気がして、慌ててコーヒーの香りで気を逸らす。

いっそトイレで…とも思ったが、やはりやめた。
神乃木は誘っているように見えるワリに、アッサリ断られるコトが多い。さんざん気を持たされて、オアズケを食らうコトもしばしばある。
バカな考えかも知れないが、だからこそ1回1回大事にしたい。
このヒトに、なるべく全力で。全てを叩きつけるキモチで。








糸鋸が出ていった後、ドアを閉めた神乃木の肩を掴んだ。

「…神乃木さん」

そのまま、背後から抱き込むように両腕を回す。

「…立てるようになったのかい?弁護士サン」

返事の代わりに、ぎゅっと体を押し付ける。そんなコトをしなくても、おそらく分かっているだろうけど。
肩に顎を乗せてくるその肌の熱さに、神乃木はふと苦笑し、首をねじると、成歩堂にふっと息を吹きかけた。

「うわああああッ!?」

思わず体を離すと、神乃木は振り返り、カップを掲げてみせた。

「まあ、少し落ち着きな、成歩堂」

(無理ですよ!!)

煽られて、焦らされて、ようやく抑えていたのだ。
もう一度神乃木を抱き寄せようとするが、カップに阻まれる。そのまま成歩堂の胸にカップを押しつけ、クッと笑いかけてきた。

「なあ成歩堂…、ヒトは自由を縛る拘束から逃れた時、一体どうすると思う…?」

「…………はい?」

「カンタンな答え、だぜ。縛られている間、したくてもどうしても出来なかったコト…ソイツをするのさ」

「……ソレは…?」

「決まってるだろ?一緒にスッキリしようぜ。なあ、成歩堂サンよォ…」

言いながら片手で成歩堂のネクタイに手をやり、その結び目をくつろがせ始める。
しゅるっと衣擦れの音を立てて、ソレが引き抜かれる。ネクタイを手に絡ませたまま、神乃木は成歩堂の頬に触れた。

「神乃木…さん」

「…成歩堂」

頬から指先を滑らせて、肩に手を落とす。そのままガシッと肩を掴まれた。

「さて、行くとしようぜ、成歩堂」

片手で抱きこまれたまま、引きずられる。

「え?ちょ…」

突然、問答無用の力でひきずられ、驚いている間に、ドアの開く音が聞こえ、気が付くとシャワー室に放り込まれていた。

「あの…」

問いかけようとした成歩堂の鼻先に、ぴっと指先を突き付けられる。

「1日、散らかっててホコリっぽい事務所にいたんです。アナタはカクジツに汚れている筈だ!!」

そう言い放つと、神乃木はニヤッと笑ってみせた。

「アンタが言ったんだぜ?男なら自分が言ったコトには、セキニンを持ちな」

(今の…ぼくのマネかな…)

真宵や春美が言うにはカナリ似ているらしいが、自分ではあまりよく分からない。

「オレが汚れてるんなら、アンタも同じ筈だろう?…キレイにしてやるぜ、弁護士サン」

言いながら、神乃木は壁に取り付けてあったシャワーを手に取る。

(もしかして…気にしてたのか?神乃木さん…)

「ほら、さっさと脱ぎな。でなきゃ、濡れちまうぜ?」

こちらにシャワーヘッドを向け、軽く振ってみせる。もう片方の手は、すでにシャワーの栓に掛けられている。

「ま、待った!!」

慌てて上着を脱ぎ捨て、シャワー室の外に放り投げたところで、勢いよく湯を浴びせられた。

「ぶっ、うわあ!?」

顔めがけて掛けられたせいで、全身ぐっしょりと濡れてしまった。服が一気に重くなり、肌にべったりと張り付いて気持ちが悪い。

「ひ、ヒドイじゃないですか…」

ただでさえ、しょっちゅうカップを投げつけてくる神乃木のせいで、クリーニング代がかさんでいると言うのに。
ぼたぼたと顔から水をたらしながら、成歩堂が抗議すると、ようやくヘッドを背けてくれた神乃木が、珍しいものでも見るようにしていた。

「アンタ…、どうなってるんだい?そのアタマは…」

あれほど思い切り湯を浴びせられたというのに、成歩堂のアタマはそのトンガリを維持していた。
試しに手を伸ばし撫でてみても、いつも通り、固くてトガってて、チクチクして痛い。ガシガシと遠慮なくアタマを掴んで触っても、形が全く変わらない。

「その…やめてくださいよ…」

べたべたとアタマを触る神乃木に、やんわりと言うと、楽しそうに笑われた。と言うより、何だか爆笑されている。

(そんなに笑わなくても…)

仕方なく、笑い続ける神乃木を押さえつけるように抱き寄せた。両腕を背中に回し、体を押し付ける。神乃木の服が触れた部分から瞬く間に湿っていき、成歩堂からしたたる水が、ぱたぱたと神乃木の肩に落ちた。

「…濡れちまうだろ」

「一緒に濡れてくださいよ」

「…ああ」

神乃木を壁にもたれさせ、そのまま唇を合わせる。
軽く上唇をくわえ、唇を開かせ、舌を差し入れる。深く舌を絡ませながら、神乃木の頭を掴むと、白い髪が濡れて指に張り付く。
成歩堂から流れ落ちる水が合わせた肌を伝い、服に入り込み、その感触に神乃木は思わず呻いた。

顔を離し、改めて眺めると、神乃木もすっかり濡れてしまっていた。
ぐっしょりと色濃くなり、濡れて張り付いた服を、はがすようにしてはだけていく。はがしたシャツの間に手を入れ、背中を撫で回す。
その間に、神乃木も成歩堂のシャツを取り去り、ジッパーを降ろし、ついでに下着ごといきなり引き降ろしてくる。

(やたら脱がすの早いよな…このヒト…)

成歩堂をハダカにしてしまうと、自分もその勢いで、さっさと脱ぎ始める。

「ちょっ…、待った!!」

「何だい?」

「脱がさせてくださいよ!」

「キモチが悪いんでな、…ガマンできねえのさ」

(…自分でやったクセに…)

どんどん脱ごうとする神乃木の手を掴んで止め、濡れて体に絡み付く服を丁寧にはがす。腰を支え、下も脱がそうとするが、やはり絡んでうまく行かない。そうしているうちに神乃木が僅かに息を詰まらせ、身をよじった。

「成歩堂…、余計な場所は触らないコト、だぜ」

「…ココ、ですか?」

「……クッ」

もたれてくる神乃木の体を支えながら、ゆっくりと座らせる。
半端に脱がせた服の間に手をねじ込んで、刺激を加えながら。手を動かすと、濡れた音が鳴る。その音に、自分でも興奮するのが分かった。

「神乃木さん」

舌で彼の唇を舐めて、ソコも濡らす。
じんわりと湿った肌に、自分の濡れた指先を辿らせて、水滴を伸ばしていく。
すると神乃木がぐっと声をこもらせ、熱い息を吐き、顔を逸らした。

「声…聞かせてください」

成歩堂が言うと、神乃木が笑みを浮かべ、振り返る。

「ソイツは、できねえな」

成歩堂のうなじを掴むと、顔を引き寄せ、ほとんど間近で囁く。成歩堂からは、囁き掛ける神乃木の口元だけが見えた。

「響いちまうだろ…?アンタ、塞いでおいてくれよ、なァ…」

唇に濡れた感触が重なる。
きついほどに吸われて、舌を引きずり出される。ねっとりと絡みつくようなその動きに、思わずうろたえながらも、彼の弱い部分に触れていく。
繋いだ口内の中で、押さえたようなくぐもった声が聞こえる。
できればソレをもっとはっきりと聞かせて欲しかったが、神乃木が離してくれそうになかった。

狭いシャワー室の中は、座るだけでやっとで、2人で座ったまま、壁にもたれた神乃木に、ほとんど覆いかぶさるようにして、交じりあう。
冷えるのか、時折震える神乃木の体に何度かシャワーを掛けて、肌を流れる湯を舌ですくい上げるように撫であげる。

神乃木はいつの間にか、仮面を外していた。
あまり、明るい所では外してくれないので、彼の素顔を見る機会は少ない。湯気の中に見える素顔を思わずマジマジと見つめていると、視線を感じたのか、神乃木はくすぐったそうに笑った。

「…どうせ曇っちまって、見えねえからな」

(曇るのか…そのメガネ…)

眺めていると、いきなり厚い掌で両目を覆われた。

「うわっ?」

「オイオイ…アンタだけ見るツモリかい?」

「見せてくださいよ!」

「断るぜ」

目を覆う神乃木の腕を掴む。

「声も聞かせてくれない、…顔も見せてくれないんですか?」

「……」

「神乃木さん」

クッと笑う神乃木の声が聞こえ、覆った手の指先で軽くまぶたを撫でられた。

「アンタは…ドッチがいいんだい?真っ黒なコーヒーの闇と…、芳醇なアロマと…」

「……………」

(…どっちがどっちの例えなのか、ゼンゼン分からないぞ…)

「選んでみな、…成歩堂」

「…声を…聞かせてください」

アナタの声を。

「…いいぜ」

声と共に神乃木の手が外され、目を開こうとしたとたん、再び白いモノで覆われる。

「なッ!?」

布らしきモノできつく目に何やら巻かれる。くるくると頭に巻きあげられて、固く固定されてしまった。

「ま、待った!!」

「待たねえ」

「こんなモノ、一体ドコに持ってたんですか!?」

「オレのネクタイだぜ。大事に扱ってくれよ?」

「コレじゃ、見えないじゃないですか!」

「見ねえんじゃなかったのかい?弁護士サン」

「うっ…」

「安心しな。見えなくても、こんな狭い場所じゃ、くっつくコトしかできねえぜ?」

確かに言葉どおり、手を伸ばすと、すぐに神乃木の肌に触れる。
仕方なく、手探りで肌を探る。いつも触れてる彼の感触をなるべく思い出しながら。抱え込むようにして、濡れた肌を辿る。
手探りのせいか、べたべたと触る手はいつもより遠慮がなくなってしまう。強く触る手つきに逃げるような神乃木を、腰を抱えて引き戻しながら、確かめていく。

「クッ…、おかしなトコロばかり触るんじゃねえぜ…手クセの悪いボウヤ…」

(…そんなコト言われても、よく分からないからなあ…)

「…ソコじゃねえ」

そうしているウチに、神乃木に手を掴まれ、導かれた。

「…オレが欲しいのは…」

導かれた場所をなぞりあげると、見えないのはお互い同じはずなのに、寸分たがわずキスをされる。

「…オレの声が聞きてえんだろ?だったら、…引きずり出してみな。アンタの腕で」

彼の囁き掛ける声は、熱かった。

「…モチロン、捕まえてあげますよ」

隠して濁して、なかなか見せてくれない、彼の姿を。








シャワーから出て、とりあえず適当な物を着ると、成歩堂は思わずぐったりとソファに倒れこんだ。大分あてられてしまった気がする。湯と…神乃木に。
まだ彼の声が耳に残っているようで…、落ち着かない。

「オイオイ、のぼせちまったかい、ボウヤ?」

神乃木の声にふと我に返る。
そういえば、彼の服もすっかり濡れてしまったはずだった。

「神乃木さん、何か、着る物を…」

言いながら体を起こし、思わず言葉をなくした。
いつも通りカップを手に、ソファの肘掛部分に腰掛けてきた神乃木は…、何事もなかったように、シャワー前に着ていた服を着直していた。
触ってみても服は全く濡れておらず、バリッとしていて清潔だった。ついでに濡れていたはずの髪の毛も、しっかりと乾いてしまっている。

(どうなってるんだ…、このヒトは…?)

「男ってヤツは、いつだって背中を狙われているモンさ。決して気を抜かねえコト、だぜ」

「ぼくの前でも、ですか?」

「男ってヤツは、いつだってカッコつけたがりなモンでな。…アンタの前なら、余計だぜ」

ニヤリと笑うとカップの中身の口に含み、成歩堂に口付けてくる。てっきり熱いと思った唇は冷たく、流し込まれたソレは、いつも通りコーヒーかと思ったが、予想に反して冷たい水だった。

「カフェインでまた興奮されちまうと困るからな。ソレで、少しアタマを冷やしな」

言いながら水の入ったカップを手渡される。

(……無理ですよ…)

先ほど垣間見せてくれた彼の隙が、どこかに残っているようだった。彼の声が。
カップを置き、ぐっと神乃木の体を引き寄せて、隣に座らせる。そのまま腰を抱くようにして両腕を体に回した。

「オイ…」

「さっき見えなかったんです。確かめさせてくださいよ」

回すだけで、動きもしないその腕に、神乃木はふと笑みを浮かべた。
後ろから抱え込んでくる手に、自分の手を重ねると、成歩堂に体を預ける。そのまま成歩堂に思いっきり体重を乗せた。

「か、神乃木さん!!」

「何だい?」

「つぶれますって!!」

ソファと背中の間に挟まれて、呻き声を上げる成歩堂に、神乃木は楽しげに笑った。

「まあ、せいぜいしっかり、…受け止めてみせな」

成歩堂を背もたれ代わりにくつろいで、コーヒーを煽る。

彼の声を聞きながら。







END






エロだ、エロを書こう!という素直なキモチだけで書いた話です。
この話は、「浴槽」用に考えていたネタでしたが、神乃木さん家がユニットバスなのに、
なるほどくんの事務所が浴槽つきは物悲しいので、シャワー室にしてしまいました。

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