友との思い出



俺は、マカラーニャの湖にひとり立っていた。

ここで封印を解いてから、ティーダはジェクトが残したスフィアを、熱心に探しているようだ。わざわざ、他の荷物とも分けて、大事に持っている。
それが、俺には嬉しかった。
少しずつだが、あいつにも分かり始めている。あんたがあいつに残した思いは、確実に伝わっている。
おそらく、あんたに会える頃には…。




その時、周囲を漂っていた幻光虫が、ふいに流れを作り、静かな湖をさざめかせた。
異変が起こった辺りに目をやり、胸を突かれた。
そこに現れたのは…あの後ろ姿は。

見間違えるわけがない。

「…ジェクト!」

懐かしいその背に、咄嗟にそちらに足を向けかけ、が、踏みとどまる。
その後ろ姿の向こうに、もうひとつの人影を見つけたからだ。
ジェクトと共にいるあれは…10年前の、かつての俺の姿だった。

過去の幻影、か。
これは幻光虫がただ、過去を投影しているものだ。

当たり前だ。あいつが現れるわけなど無い。何を期待したものか、どうかしている。
俺は、自嘲を自覚しながら、溜め息混じりにかぶりを振った。



何の弾みか、幻光虫が結んだ映像を何とはなしに見ながら、ふと疑問を覚える。
スフィア以外に、何か、ここであっただろうか。余程の想いでもなければ、こんなものは残らん筈だが。
しかし、記憶を辿り、それに思い当たって、まずいと感じたときには、すでに遅かった。

見る間にジェクトは、過去の俺を肩からその辺の木に押しつけ、がっつくような勢いで唇を貪り始めた。
よりにもよって…。
随分とふざけた光景が再現されたものだ。

消えろ!

自分でも目を覆いたくなるようなイヤな映像を振り払うべく、俺は剣を振り上げた。
だが、振り下ろそうとした瞬間、ジェクトの顔が目に入った。

…何て顔をしている。あんた、いつもそんな顔をしていたのか?

忙しく求めながらも陶酔しきった顔で、時折薄く開く目は妙に愛しげで。そして、それを向けている相手は、まぎれもなく…。

全く…。

気が削がれた。
俺は剣を引き、適当な木に立てかけ、腰を下ろした。それから、腰に下げていた酒を、思い切り煽る。
一息つき、目を向けると、例の光景はまだ続いている。

立ち去ろうにも、放っておくには、いくら俺でも体裁が悪い。ましてや、このあとのことを思い出す限り、あまり人に見られたくはない。
何で、こんなものを見張らねばならんのか。
こめかみが自然と痛みだすのを感じながら、俺は不味い酒を、もう一度煽った。







ジェクトがようやく顔を離した。何でそう、自慢げな顔をしてるのかは分からんが。

ああ、長かった。俺は僅かにほっとした。
まあ、これで終わりではなかったが、それでも長々と見せつけられていると、いい加減うんざりして、息もつかせて欲しくなる。

『…何を考えてるんだ!』

解放されて、昔の俺が怒鳴り始める。解放されたと言っても、未だに木に張り付けられたままなのは、我ながら、情けない物があるが。
そして、張り付けてる男は、心底楽しそうに、にやにや笑っている。

『いや〜、あ〜んまりいい雰囲気の場所なんでなあ、つ〜いムラムラしちまってよお』

『あんたは、抑えるとかそういうことを知らんのか』

『んじゃ、お前さんで抑えることにすんぜ。させろや』

『…ッ!もう少しましな言い方はないのか!』

『遠回しに言ったら、お前さん分かんねーだろーがよ?』

『あんたが遠回しになんて、言った試しがないだろう』

『ほ〜ら、やっぱ、気づいてねえじゃねえか』

…何て会話だ。

聞いていて、頭が痛い。
俺は目を覆うように、眉間を抑えた。







とりあえず見ていると、ジェクトは、ばっと音を立てて過去の俺の肩をはだけさせた。
今思うと、よくあの勢いで服が破れなかったものだ。頑丈に仕立てた甲斐があった。おかげで今でも、現役で着れていることだしな。

『おい、アーロン』

『…何だ…』

『このヨロイだが何だか分かんねーの、どーやって外すんだあ?』

『…教えるとでも思っているのか?』

ジェクトは、がちゃがちゃ派手に音を立てながら、アーマーを外そうと躍起になっている。

『ああ、くっそ〜!下手なブラジャーより、しち面倒くせぇもんはめやがって!』

あまり外すのに時間がかかるものだから、一瞬上がりかけた熱もすっかり冷めたらしく、張り付けられていた過去の俺も、呆れたように目を閉じた。

『そんなもの、別に脱がさなくてもいいだろう。下さえ付けて無ければ事足りる筈だ』

『ああ〜ん?そんなもん趣がねぇだろ、趣が!!』

『おもむき…』

『一枚一枚脱がしてこそ楽しいに決まってんだろーが!』

『あんた、まだ一枚も脱がせられて無いじゃないか』

しかし、ジェクトはそんな言葉は耳にも入っていないようで、ひときわでかい声で言い放つ。

『よーし、分かった!俺様がお前に脱がす楽しさを教えてやる!俺様を脱がせ!!』

その光景を見ながら俺は、いい加減煽る酒もなくなって、分量配分を誤ったことを今更ながらに後悔していた。







『脱がせって、あんたな…』

じろじろと上から下まで改めて眺める。何をどう考えても、下しか付けていない。しかも、どう多く見積もっても、下着を入れて3枚くらいではないか。
楽しいとか、それ以前に、脱がし終わる方がよっぽど早そうだ。

何でこんな事をと、ひとりごちながらも、とりあえずジェクトの服に手をかける。
そのまま引き下ろそうとするが、何故か引っかかってうまくいかない。
一体、何が引っかかっているのかと考え、…思い当たる。

いや…、これからする事を思えば、当然と言えば当然なんだろうが、そこまでやる気を出されるとだ。
それより何だ、この敗北感は…。何というか、その…男として。

『おら、どーしたよ、手が止まってっぞ〜?』

人の気も知らずにジェクトが、急かす。

ああ、もう知るか。どうにでもなれ。
俺は無言でジェクトを押し倒した。

『でぇ〜!何しやがる!』

腰をしたたか打ったらしく喚いているが、普段俺もやられてることなので、この際放っておく。
足を抱えて服を脱がし、それを後ろに放り投げる。
それから上に乗って押さえつけると、ジェクトがにっと笑って手を回してきたが、それを外して、地面に押しつけてやる。

『へ?』

そこまできて、ジェクトもようやくその体勢に気が付いたようで、間抜けな声を上げた。

『お〜い?なーんか、違うんじゃねーか?』

訝しげに問うジェクトに、俺は数段声のトーンを落として言ってやる。

『生憎だが、俺は冗談はやらんし、言わん』

『…おい、マジか?』



バタバタ暴れるジェクトを押さえつけるのは、なかなか困難なことだった。
いや、暴れてると言うより、笑っている。

『だはははは、くすぐってぇよ!!やめろバカ!』

…あんたなあ。

だが、単なる勢いとはいえ、俺にも意地がある。こんな風に下で爆笑されていては、尚更ここで引き下がるわけには行かない。
一瞬ためらうが、この際だ。俺は思いきって、ジェクトのそれを口に含んだ。

『どおお〜!?』

やかましい!
喉に当たるわ、何やら塩っぽいわで吐きそうだが、そんなものは気合で抑える。
適当に、ここかと思うところを刺激してやると、ジェクトがまた暴れ出した。
いや、暴れるというより…おい!
人の口の中で動かすな!!

遠慮なしに人の口内を突き上げてくる動きに、喉が詰まりそうになり、本格的に吐き気を覚えて慌てて放そうとするが、ジェクトがどさくさに紛れて頭を抑え込んでいる。
それを強引に振り払って、俺は顔を上げた。

『よー、やけに今日はサービスいいじゃねーか?』

何とか息を整えていると、こちらに手まで挙げて愛想良く声を掛けられた。

…何だか、あんたが子供に嫌われている理由が分かる気がするよ。

俺は口元を拭いながら、そいつを睨み付けた。

『…これから、返して貰う。いいか、俺は今から、あんたを抱くぞ』

『へーえ?お前さんがねぇ』

どうでもいいが、やれるもんならやってみな、とか言いながら、人の頭をがしがし撫でるのは、どうかと思うんだがな。

頭を掻き回している手を押しのけ、俺はジェクトの口を塞いだ。
ゆっくりと口づけるが、髭が刺さってきて酷く痛い。
ざりざりと当たるのを眉を寄せつつも耐え、更に深くしようとした矢先、先に歯茎の辺りを舌で撫でられ、背筋がぞっとすくんだ。

おい、あんたが舌を入れてくるな。

ここで負けるかと、入り込んでくるそれを強引に押しのけようとするが、何がどうなったか、気が付くと、いつのまにか絡め取られている。

ああ、くそっ、背中に来る!

舌で撫でられるたびに背筋を昇ってくるむず痒い感覚に耐えきれず、俺はジェクトの頭を力ずくで引き剥がした。
肩で息をしながら見ると、案の定、ジェクトは勘にさわるような笑みを浮かべている。

『どうだ、敵わねぇって思い知ったか?』

『誰が!』

『…これでもか?』

いきなり内股を撫で上げられ、心ならずも返事を詰まらされる。
だが、ここはどうしても譲るわけにはいかない。

『…まだまだ!』

音を立てて手を払いのけ、俺が言うと、ジェクトは、ごろんと仰向けに転がった。

『か〜っ、ウチのチビみてぇだな! お前さんはよ!』

おい…あんたの子供って確か7歳くらいじゃなかったか?

『…おら、来いよ』

『ああ?』

見ると、寝転がったジェクトが頬杖をついたまま、片手で猫でも呼ぶみたいに手招きをしている。

『抱くんだろ?ジェクト様が特別に大人しくしててやっから、とっととしやがれ』

言いながら俺の手を掴んで、ぐっと引き寄せた。急な力に俺は思わず、そのままジェクトの上に倒れ込む形になる。
体勢を立て直して、ふとジェクトを見ると、やはりいつも通りにやにやと笑っていたが、今度は何故か勘にさわらなかった。








『だ〜!痛ぇぞ!てめー、もっと丁寧に扱え!!』

『いでてててっ!んなモン入るわけねぇだろ、馬鹿野郎!』

…何が、大人しくしててやる、だ?
いちいち何かするたびに、でかい声で喚き散らしてくる。それどころか、人の背中を足のかかとでガンガン蹴りつけてくる。しかも、結構痛い。

『おい、ジェクト、ちょっと力を抜いてくれ』

『ああ?何だぁ〜!?』

何で、あんたそんなに偉そうなんだ…。

『力を抜いてくれ、入らん』

『あ〜、んなこと言われてもピンとこねーよ!もっと分かるように言え』

『…落ち着いて、深呼吸でもしてろ。少しは入りやすくなる筈だ』

『へー、お前さん、詳しいなー』

誰のせいだ、誰の。
何となく、溜め息が出る。いかん、変に頭が冷めてきた。

『なあ…ジェクト、その…やっぱりやめないか』

『ああん?何言ってやがる!てめー、このジェクト様が味わえねぇってのか?』

だが、あんただって嫌がっているだろう?
まあ、痛いものだし、実感として無理強いする気には、とてもなれない。

『…やはり、やめだ』

そう言って、体を起こそうとして、ふと気づいた。何やってんだ、あんた。
深呼吸している…?
まさかと思ったが、腰の辺りを掴まれて、叫んだ。

『お、おい、無茶するな!明日酷いことになるぞ!切れたりしたら痛むぞ!ゆっくり…ゆっくりだ!ちょっ…ジェクトッ!!』

人の忠告を全く聞いている様子もなく、だんだんと飲み込まれる。
変に抵抗しない方が負担もかからない筈だと、じっとしているうちに、結局最後まで入ってしまったようだった。

『お〜、やっぱ、経験者の意見ってのは聞いとくモンだな。ちゃ〜んと入ってんじゃねーか』

そう言って、ジェクトは笑っていた。

ああ、こいつは本当に…。
前から思っていたことだし、分かっていたけれど。

それでも、俺は言った。

『あんた…馬鹿だな』








『…おい、もっとこう、バカスカ動けねーのか、お前はよ』

『放っておいて貰おう。俺はこれくらいが性に合ってるんだ』

『嘘付け、ジジイじゃあるめーし。全っ然、足りねーってツラしてんじゃねーか』

誰がジジイだ。誰が。
確かに足りないのは認めるが、正直、加減が分からんのだ。どこかの誰かが、毎回やり過ぎてくれるせいでな。
入れるのにも、あれほど苦労したのに、思う存分動く気になれるわけないだろう。
あまり無茶をすると、その時は良くても、後からひりついてくるしな…。

俺が自身を振り返って躊躇していると、ジェクトが苛々と髪をかき乱しながら言った。

『か〜っ、かったりー事してんじゃねぇぞ!おら、こうだ、こう!!』

『ぐあ!?』

急に激しく動かれて、一瞬目眩すら覚えて、呻いた。

『あ、あんたなあ…』

抗議しようとするが、更に追い打ちをかけられて、黙らずを得ない。

『おらおら、ヘバんな!そりゃ、ジェクト様シュート!!』

ひねりを加えるな、ひねりを!!
何とか耐えきって、一息つくと、ジェクトが得意げにしている。

『どうだ?こんぐれーはしねーと、俺様は満足してやんねぇぞ?』

一体何を考えているのか、妙に嬉しそうな様子のジェクトに、俺は頭を抱えた。
…ああ、全く!変に気を回した俺が馬鹿みたいじゃないか。

『…覚悟しろよ』

こうなったら、普段あんたが俺にしてることを何倍にもして…いや、同じくらいで充分か…ともかく、返してやるからな!




――その後のことについては、記憶があやふやで、あまり覚えていない。
俺は、ほとんど衝動だけで動いて、あんたを感じるだけで一杯だった。
ただ、脱力しきった俺に、ジェクトが『お疲れさん』と声を掛けてきて、それから、頭を撫でられた事だけは、よく覚えている。










「…なあ、アーロン」

「…なあってば!」

どこからか、呼ばれる声がする。誰だ。
ジェクトか?

「起きろよ、おっさん!!」

…ティーダか。

そうだ、あれはもう10年も前のことだったな。
どうでもいいが、起こすときに、襟を掴んで揺するのはやめろと、こいつには前に言っておいた筈なんだが。
仕方なく、嫌々ながらも目を開ける。

「何でこんなトコで寝てんだよ〜」

ああ、あんまり長かったから、いつの間にか寝ていたらしい。気が付くと、映像などとっくの昔に消えていたようだった。
まぶたを揉んでいると、気配が間近まで近づいた。見ると、ティーダが覗き込んできている。

「…何だ」

「…おっさん、さっき起こしたとき、俺と親父間違えただろ?」

やれやれ。
こいつはいつも気づく。いちいち拗ねるな。

「さあな」

「ごまかすなよ!」

ああ、うるさい。
俺は煩わしくなって、ティーダの首を掴んで引き寄せた。そのまま、がしがしと音を立てて頭を撫で回してやる。

「ちょ…、わ〜!?何するっすか〜!!」

慌ててティーダが俺から離れた。驚いたような顔をしている。だろうな、俺も驚いた。
その隙に立ち上がると、ティーダが上目遣いに見上げてくる。釈然としない、といった顔だ。

「…なんか、今の、親父に似てた」

「…そうか」

ティーダに背を向け、その場を立ち去ろうとしたとき、ふとあいつの顔がよぎった。

あんたからは、よく逆のことを言われたものだが…。

一瞬、景色を振り返ろうかと思うが、やはりやめる。
意味のないことだ。映像はもう消えているし、あれはただの過去の出来事に過ぎない。

それに…。


どうせ、じきに会えるんだからな。






END






その昔、ドコかに投稿したもの。
書いてるウチに受け攻め逆になったんで、自分でもビックリしました。

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