Cautions

この話には、直接的な性的表現があります。

先に概要を書きますが、
ちなみに監禁された神乃木さんが、拘束されて暴行を受けるという内容です。
性的な中傷や暴言もあります。
一応、全力でフォローも入れてありますが、
苦手だという方は、どうかご遠慮ください。


平気な方は、下へスクロールして下さい。↓























温度



目を開けば、ソコにはあの女がいる筈だ。

だが、どんなに目を凝らしてみても、仮面の向こうに見えるのは、細すぎる光だけだった。
ほとんど線のような隙間から覗こうとしても、時折チラチラと何かが動くのが、かろうじて分かるだけだ。
その動く物が、あの女である事を願って、神乃木はソレを睨み続けた。

なにか柱のようなものに後ろ手で拘束され、足も足首でまとめて縛られて、ロクに自由にならない体を、可能な限り、前のめりに移動させて。
ほとんど、焦がれるようなキモチで。

ココでこうしているのは、油断したからとしか言いようがない。
自分の体のコトはよく知っていたはずだ。だが把握していなかった。そして、あまりにものどかに過ぎる日常に、少し慣れ過ぎてしまっていた。

例えばトンネル、赤い照明であふれた場所。そんな何の変哲もない場所でも、神乃木は簡単に視界が奪われる。
そして、自分には敵がいたコトも忘れてしまっていた。決着がついたと、全てが終わったモノだと思いこんでいた。いつの間にか、随分と甘くなってしまっていたのだ。
そんな簡単な事に気付かなかったせいで、神乃木はココに囚われている。
美柳ちなみによって。

仮面は奪われなかったが、テープらしきモノで仮面ごと目元を覆われて、ぐるぐると固定されていた。
テープの隙間からは、僅かな光しか見えない。
音の反響具合と空気から、ココがどこか広い場所…おそらく倉庫のような場所だろうという事くらいしか分からなかった。

と、不意に、頬に何かが触れた。
それが指だと気付いた瞬間、ほとんど反射的にソレに噛み付こうとしたが、スッと離れ、甘いような香りだけが口元に香った。
その香りに背筋が冷える。この香りは知っている。だが、キモチがソレを受け入れるのを拒む。
あの女がココにいる限りは、それは当然のコトなのだが。

成歩堂の事務所の…。

…これは、チョンマゲのお嬢ちゃんだったか、それとも小さいコネコちゃんだったか。

彼女達の、香り。あの事務所の光景が頭をよぎる。お人よしな弁護士と、お嬢ちゃん達の、ママゴトみたいな日常。

あの女は、どちらの体を使っている?

例え、どちらの体であろうとも、絶望的なことには変わりなかったが。
もう一度、顔に指が触れ、顎を上げさせられた。
噛み付くコトはできなかった。

「お久しぶりですわね。弁護士さま」

「………」

「まあ、わたし…勘違いをしてましたのね。ごめんなさい、オジサマ。前科がある方は弁護士にはなれませんものね」

ころころと笑う声が聞こえる。

「先程から、何も喋ってはくださらないのですね。せっかく、お口だけは解放していますのに…」

「…おしゃべりには、ヤボだぜ。アンタがプレゼントしてくれた目隠しも、腕のコイツも、な」

「わたし…イケナイ子ですのね。オジサマのおカオのモノが眩しかったものですから。ついつい、隠してしまいましたの」

「イイ方法があるぜ、お嬢ちゃん。アンタも目を隠しちゃいな。余計な物を見なくて済むぜ?」

「それでは必要な物まで見えなくなってしまいますわ。…オジサマのように」

仮面を撫でられる。優しいような手つきで。
今だけは、その仮面に感謝した。少なくとも、直接、カオに触られなくて済む。
それでも、顔を背け、その手を振り払った。
ありがたいコトに、そのまま手は離してくれた。

だが、代わりに目の前で、何かを開けるような音がする。そして、注ぐ音。
カオに湯気があたる。よく知った芳ばしい香りと共に。

「……ッ」

「ノドが乾かれたのでは、ありません?おコーヒーでもいかが?お好きでしたでしょう?」

思わず呻きそうになるのを、抑え込んだ。

この女は。

あの時のコトが、脳裏によぎる。今でも、あの味は忘れられない。時折、どうしようもなく鮮明に思い出すコトがあるその味を。
熱いカップが唇に触れ、必死で顔を引く。だが、頬になおも押し当てられ、歯を食いしばる。
今、自分は一体、どんなカオをしているのだろうか。この、何の役にも立たない仮面は、少しでも表情を隠してくれているだろうか。

「…震えてられますの?」

「!!」

「いけませんわ、どうぞ、温かいモノでも、お飲みくださいな」

カオを押さえつけられ、カップのふちで唇を強く押し上げられる。強引に開かせようとする動きに、口を引き結んで耐える。ひどく、コーヒーの香りが香る。

「もう一度…お眠りになられます?」

「……!!」

「今度は何年、眠って頂けるんですの?」

傾けられたカップの中身は、神乃木の顎を伝い、上半身を濡らした。熱い液体が、服を湿らし、皮膚をじわりと焼く。
ピリピリと痛む肌に、ぐっと歯を噛み締めた。
口元からカップは離れ、残った中身は頭からゆっくりとかけられた。

「まあ…、こんなに零されて。ご安心なさって、…ちゃんとお代わりも用意してありますわ」

「……目的は、何だ」

「……」

「お嬢ちゃんはロクに成仏も出来なくて、構ってほしくて降りてきたかい?」

「…死にきれなかったオトコの言うコトではないわ」

口調が変わった。それでいい。
この女のバカ丁寧な物言いには、少々うんざりしていたトコロだ。

「そうだな、…アンタが殺しそこねたオトコさ。羨ましいかい?生きてるモノが」

「そんなボロボロの体で、何を言ってるのかしら?」

「ああ、オレは確かにポンコツさ。だが、アンタはそれすらも持ってねえ。知ってるかい?コーヒーってヤツは器がなきゃあ、飲むこともできねえんだぜ?」

もう一度、コーヒーを引っ掛けられた。カオ目掛けて。
ぼたぼたと流れ落ちるソレは、カオを伝って仮面の中にまで入り込んだ。

「……口の減らないオトコ」

放り投げたのか、カップの転がる音が響いた。

「聞いたわ、アナタの体のコト。定期的に検査しないと、生きてもいられないんですってね?大事な検査はいつだったかしら?今日?それとも明日?」

ココに連れてこられたのは、ちょうど病院に向かう途中だった。この女は、それをおそらく知っているだろう。

「その検査、受けられなければどうなるのか、ゆっくり見ていてあげるツモリだったけど……気が変わったわ」

ネクタイをぐっと引かれた。そのまま締め上げるのかと思ったが、それを外された。
コーヒーで濡れてしまったシャツを開かれる。
そして、火傷で痛む肌を、指が引っかくように辿った。

「オイオイ…何だい、一体…」

「わたしのこの体……誰の物か、分かるかしら?」

「……」

くす、と笑う声がやけに耳障りに聞こえる。

「……遊んであげるわ、神乃木荘龍」

ボタンを全て外されたようで、開いたシャツを肩まではだけられ、後ろに回した腕の肘の辺りで留められる。
覆うもののなくなった首から顎の辺りを、まるで誘うような動きで、ねっとりと撫で回される。肌に吸い付いてくるような、女の指だ。

「今から、アナタが守ろうとしたものを、自分で壊させてあげるわ。…どんな気分かしらね?」

「……オレのルールでは、惚れたオンナ以外は抱かねえコトにしている。魅力的なコネコちゃん相手でもなけりゃ、その気にならねえぜ?」

「…すぐにそんなコトも言えなくなりますわ、ねえ……オジサマ?」

腫れて熱を持った肌を、やけに冷たい指が這い回る。
しなだれかかってくる柔らかい感触に、ため息をついた。もっとデカイ胸の方が好みだと言ってやった方がいいだろうか。
隣で寄り添い、ゆるゆると触れていく手は、胸を円を描くように撫で、腹を指でくすぐり、足の間に潜り込んだ。
急所をスッと掠るように触れた指に、ぎょっとする間もなく、いきなり揉みこまれる。

「オイオイ…お嬢ちゃん。おテンバもいいが、コイツはちょっと感心しねえぜ?」

神乃木の足は足首で縛られ、まとめられている。開いていた足を閉じようかと考えるが、何か反応をするのも癪で、この際そのままにしておく。
服の上から与えられる、もどかしいような感触は、大した物だったが…。

「……不能なの?アナタ」

「簡単にヒトのせいにするモンじゃねえぜ。…ソレだけお嬢ちゃんに魅力ってアロマが足りねえのさ」

下手をすると握りつぶしかねない女に弄られて、呑気に勃つほど、図太くもないツモリだ。
だが、神乃木の返事が気に入らなかったのが、きつく握りこまれて、思わず呻いた。

(…ホントに、つぶされちまいそうだぜ…)

シャレにもならない状況だが、妙に笑いの衝動がこみ上げてきて、笑い飛ばしてやった。
耳元で舌打ちの音が聞こえたが、それでもファスナーを降ろされ、下着をずらされる。諦めてくれたワケではないらしい。

気の効いた女なら、腰を浮かして服を脱がすのを手伝うトコロだろうが、神乃木にその気はない。
床に触れる部分まで服をずらされて、おそらく情けない格好にされているであろう自分を想像して、神乃木は天を仰いだ。尻に直接空気が触れて、冷える。視界を奪われているのが、不幸中の幸いと言っていいモノなのか、…考えたくもない。

そうしているウチに、下着の中に指が滑りこんできた。まだ痛むソレを宥めるように、滑らかに指が沿っていく。
それどころか、半分まで露わにされた尻にまで、指が触れてくる。おかしなトコロに指が伸びてきたので、姿勢を変えてその手に体重を掛け、下敷きにする。

「…重いわ」

「オレもオンナの手をわざわざコースター代わりにする趣味はねえさ。お嬢ちゃん、悪いコトは言わねえ、そのイタズラな手をチョイとばかりどけてくれねえかい?」

だが、ロクでもない部分に触れたままの指は、くすぐるように動いてくる。和らげるように、ほぐすように、くるくると動かされる。
ふと冷たい感触が、浅い内部に触れた。

「ッ!」

入り込んできた、そう気がついて、ぐっと奥歯を噛み締めた。
折るのは簡単だ、ほんの少しばかり、ひねってやればいい。…ただし、彼女の体でなければの話だ。
押さえつけている分、あまり深くまでは入り込めないはずだ。だが、じわじわと、それは抉るようにして確実に体内を上ってくる。

「ふうん…不能ってワケじゃ、ないみたいね」

弱い部分を指で押し上げられ、生理的に反応しはじめているらしい。

「良かったわね、ソコの神経までズタズタになってなくて」

アンタに言われたかねえ、そう口には出さずに思う。
前後から刺激を加えてくるソレを意識しないように、何も考えてしまわないように。熱くなってしまうコトのないように。
……誰かを思い出してしまうコトのないように。

不意に指を抜かれた。一気に引き抜かれ、思わず力が緩んだのか、押さえていた手も容易に外される。
抜かれたはずなのに、まだ中で何かが動いているような感覚が残っている。

忘れろ。早くソイツを振り払っちまえ。一刻も早く。
この女が、圧し掛かってくる前に。

両足を引っ張られ、ずるりと体が滑り、寝かされる。だが、そのせいで後ろ手に柱を抱かされていた手が、不自然に曲げられた。

…痛みはありがたい。熱を冷ましてくれる。

「…使えないオトコ!!」

女の罵声と共に、横腹を蹴り上げられる。一層萎えるのが分かって、笑みが浮かんだ。

「言ったろ、そそられねえってコトさ、コネコちゃん?」

顎を蹴られた。大したモンで、弱い部分をよく知っている。鍛えようのない部分ばかり狙ってくる。
何度か蹴られ、どこかが切れたらしく、口の中に塩っぽい味が感じられた。それを吐き捨てていると、体を横向きにされた。
位置を変えると、ひきつっていた腕が、幾分楽になるのが分かって、思わず息をついた。
転がされた体に、また手が触れる。腿の辺りで絡まっていた服も、足元にまで引き降ろされた。

「…諦めるってコトも時には必要だぜ?冷めちまったコーヒーは温めなおしても、決してウマくはならねえんだ。アンタは、もう機会を逃したのさ」

「…今度は後戻りできないトコロまで追い詰めてあげるわ。アナタの役に立たないモノでもチャンと使えるようにね」

「……いくら上等なカップに入ってても、マズいコーヒーは飲む気はしねえぜ?」

「……そうそう、減らず口も叩けないようにしないと、ねえ?」

もう一度、指を突き入れられた。さっきとは違い、ぬるりと根元まで一気に沈められる。

「……クッ」

「…コレが好きなのかしら?オジサマ?」

細い指が中で動く。くの字に曲げられる。指の腹が、内部を掻き回してくる。
抑えようがない。カラダがまだ、さっきの刺激を覚えているのだから。すぐに火をつけられる。それに、先程よりも深い。

「…、ッ」

耳元に女の息がかかる。

「案外、単純なカラダなのね、それとも、入れられてないと勃たないのかしら?」

中に入った指と、外で押さえ込む掌で、ぐっと掴まれる。
腰の奥の方で、重いような鈍いような感覚がある。強く内壁を押し込んで、それをぐるりと動かされるたびに、より重くなり、力が抜けてしまいそうになる。
マズイ、と思う。

それに意識をやってしまわないように、できるだけ気を散らす。
だが、重く刺激を与えていた指が、不意に引き抜かれた。じんわりとした、空虚感を残して。
刺激が消えてくれて、息をつくと、随分と息が上がっていたのが分かる。
しかし、息を整える暇もなく、何やら丸い、ヒヤリとしたモノがあてがわれた。

「…何だい、ソイツは…?」

「すぐに分かるんじゃなくって?」

大体分かる。とりあえず、ロクでもないモノだ。
ソレは、ぐいっと押しあげられる。モチロン、入らない。押されて痛いだけだ。
女の指と太さがまるで違うソレは、容易には入ってこない。だが、つつくように優しく、ゆっくりと回されると、少しずつ沈みはじめる。
いっそ、無理に押し込まれでもすれば、萎えもするのだが。
萎えてしまわないように前も刺激しながら、じわじわと中を圧迫しながら、ソレを飲み込まされる。痛いというより、息が詰まる。
丸みのあるソレは、ゆっくりと昇って来ていたが、太い部分を過ぎると急に勢いを付けて、くびれの部分まで一気に入り込んだ。

「!!」

ぐっと少しそれを引かれると、同じように一気に抜ける。

「……う…」

その動きを繰り返される。押し入られ、引き抜かれる。抜ける感覚の方が、よりキツかった。
ひどく汗をかいているのが分かった。まるで、何処かの弁護士みてえだ、と考えて、ふとおかしくなった。
寝そべった床も、触れてくる女の指も、いやに冷たいが、体を冷ますのに、何の役にも立たない。
追い込まれている。この女の言う、後戻りできないトコロまで。
女の、前を探る指が、ぬるりと滑るのが分かる。それをワザと伸ばすように塗り付けてきている。

(…何が気が変わった、だ。ワザワザ、こんなオモチャまで用意してるじゃねえか)

始めから、この女はオレで遊ぶツモリだった。
そうして、ヒトのプライドも何も壊しちまってから、ゆっくりと生きていられなくなっていくのを見てる気だったんだろう。
オレから5年ぽっちの時間と、カオを奪っただけでは、足りなかったらしい。
オレが見る鏡の中に映るヤツは、いつだってフザけた仮面を被っている。目が覚めてから、ずっとだ!

神乃木の苦々しい感情も、憤りも、全て嘲笑うかのように、感覚はどんどん強まる。
追い上げられて熱くなるカラダは、もうどうしようもなかった。
ぎり、と唇を噛み締める。
そして、我に返った。

口の中に、よく知ったコーヒーの味を感じたからだ。唇から、不意に香ったそれは。
…これは、この女が、カオにぶちまけたモノだ。

それに気付いた瞬間、ぞっと、血の気が引くのが分かった。一瞬にして、カラダが冷えた。
弄る行為は依然続いていたが、そんなモノは関係なかった。快楽なんかより、恐怖の方がよっぽど強かった。

このコーヒーに何か入れられているとは限らない。
だが、忘れられないあの時の味を思い出して、それが今感じた味と重なった気がして、どうしようもなく脅えた。
狭まる視界と、焼け付くようなノドの痛みと、全身を引き裂かれるような感覚と。あの時のコトは、今でも鮮明に思い出せる。
この女に与えられた恐怖は、自分で思っていたよりもずっと深く、神乃木の中に根付いているらしかった。

急に様子が変わった神乃木に、ちなみは驚いたようだった。
昂ぶっていた筈の男は、急激に役に立たなくなってしまった。

「…何なの、アナタ…?」

いくら後ろを抉ろうと、前を揉み込もうと、神乃木は何の反応も返さなくなった。深く埋め込んでいたモノを乱暴に引き抜いても、それは変わらなかった。
かっとなり、ソレを神乃木に投げつけた。

「この…クズが!!」

ちなみの苛立ったような声と共に、踏みつけられる。
何度も踏まれ、蹴られて、罵声を浴びせられて、神乃木は笑い始めていた。

「何がおかしいの!」

そんなコトは、神乃木にも分からなかった。
何に対して笑っているのかも分からずに、ただ、無性におかしくて堪らなかった。

「黙りなさい!」

笑い続ける神乃木を止めようとしてか、暴行はひどくなる。何か固いモノで殴られている。
このままやられていると、おそらくマズイだろう。

(痛ェよ)

あまり感覚があったわけでもないが、神乃木はそんなコトを思った。
笑い続けながら、自分はこんな死に方をするのか、と考えた。

(ハダカの死体じゃあ、カッコつかねえよな…)

もう充分醜態を晒したアトだろうが、それでもまだそんなコトを思う自分が、一層おかしかった。
そうして、いつか意識がなくなるまで、笑い続けた。

――いっそ、もう2度と目覚めてしまわないように願いながら。













ふと、目が覚めた。

だが目を開いても、視界はぼんやりとした白で染まっていて、何も見えない。
これは、大体いつものコトで、いい加減慣れたモノだった。メガネがなければ、こんなモンだ。明るい場所なら白く見えて、暗い場所なら黒く見えるだけだ。

仰向けになった背中に当たる感触は柔らかくて、どうやらベッドに寝かされているのが分かった。消毒液の匂いがするから、おそらく病院だろう。
だが、体を動かそうとすると、あちこちに引きつったような痛みが走り、思わず呻いた。

「神乃木クン?」

聞こえた声は、よく覚えのあるモノだった。
イヤな予感がして、とっさにやめろと言い掛けたが、その前にムリヤリ起こされて、そのまま分厚い感触に抱きつかれた。

「おはよう、気が付いたかね!」

肉厚で、ぎゅうぎゅう潰されそうになりながら、ついでに何故か頬擦りまでされながら、暑苦しいそれを何とか押しのけようと喚いた。

「痛ェ!!」

「おお…、スマンの」

力は若干緩めてくれたが、離してはくれなかった。
前に、目が覚めた時も同じコトをされた気がする。あの時は1ヶ月ほど、それが毎朝続いて流石に閉口した。
あちこち体が痛んで、うまく動かないので、引き離すことも出来ずに、仕方なくその人物にもたれかかった。
神乃木の師匠にあたる、星影だ。
見えないので、よく分からないが、また太った気がする。

「オイ、ジイサン…」

「何ぢゃ、体重の話なら、聞かんぞ」

それはあとで言ってやるツモリだったが、そんなコトよりも、先に聞きたい事がある。

「チョンマゲのお嬢ちゃんはどうなった?」

聞いてから、ふと思い直す。

「…いや、……今はいつだ?」

「…安心せい、チミが眠っておったのは3日だけぢゃ」

「……」

「千尋クンの妹も無事ぢゃよ」

「…そうかい」

あのお嬢ちゃんと自分がどうやって助かったかは知らないが、今はそれだけで充分だ。
そうだ、下手をすると、また彼女に冤罪をかける羽目になったかも知れない。…まあ、冤罪に関してはやたら強い弁護士がついてるだろうから、大丈夫だろうが。

「ともかく、医者を呼ばんとな。例の弁護士クンにもワシから連絡をいれておこう」

「……いらねえよ」

「神乃木クン…チミもいい加減、医者を嫌がるトシでもないぢゃろ」

「成歩堂には、言わねえでくれ」

「心配しとったぞ」

「……」

前に目が覚めた時は、このジイサンだけだった。今度も、それで充分だ。

「あのボウヤのカオを見たくねえんでな」

「見なければいいぢゃろ」

「…会わせるツラがねえ」

「心配せんでも、腫れあがってて、どんなカオかもよく分からんぞ?」

「……!」

そういえば、カオもじわじわと痛い。さっきから口を開くたびに痛みが走っている。ガーゼやらテープやらが貼られていて、喋りづらい。
コレでは、例のメガネも付けられないだろう。

「……そんなにヒデェのか?」

「記念に写真でも撮っておくかの?」

「いらねえ…」

違う意味で、本気で会わせるカオがない。むしろ、誰とも会いたくない。

「今更、カオくらいなんぢゃ、チミが助けられた時は、スッ裸ぢゃったぞ」

「…………勘弁してくれ」

想像はしてたが、あまりそうハッキリとは言われたくない。
神乃木は頭を抱えた。その髪を、分厚い掌で撫でられる。
あまりいい気分ではなかったが、はねのけても多分、無駄だろうと、そのままにしておく。

「気にせんコトぢゃ…チミは何も失くしとらんよ」

「………ッ」

回された腕にもう一度ぎゅっと力を込められて、あちこちミシミシと体が痛んだが、何故か離せと抗議する気にもなれず、じっとしていた。
抱きつかれて、暑苦しかったが…温かかった。
起きてるとツライので、ほとんど体重をかけてもたれるが、特にビクともしない。
感触からすると、やっぱり、また太った気がする。
どうせ、開いてても見えないのだからと目を閉じる。そのうちに、何となくまた、眠くなってきたようだった。

このジイサンが妙に、ヌクいからだ。

少しうつらうつらとしていると、ベッドに寝かされたようだった。

「ジイサン…」

「何ぢゃ」

「次に起きた時は…頼むから抱きつかねえでくれ」

「イヤぢゃ」

「…そうかよ」

「神乃木クンは抱きつくと喜ぶと、皆に言っておいてやろう」

「やめてくれ」

言った声が、半分笑ってしまったような気がしたが、とにかく眠くて、もうそのまま眠ってしまうコトにした。





まさか、その後、起きた時に、誰彼構わず抱きつかれる羽目になるとは思わなかったが。





END






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