眠る前 |
裁判も終わり、成歩堂は事務所に帰るなり、ぐったりとソファに倒れこんだ。 最終日までもつれこんだ裁判は、いつも以上に崖っぷちで、今回も最後の最後まで綱渡りのような気分だった。 追い詰めたと思ったら、追い詰められて、それでも何とか助ける事が出来たコトに安堵する。 弁護士になってから、一体どれほど寿命がちぢまったものか、…あまり考えたくない。 資料もまとめなければならないが、今日はもう、ギリギリまで使い果たしたのか、気力が残っていない。 事務所に備え付けてある簡易ベッドに行くのもおっくうで、そのままいつの間にか寝入ってしまっていた。 が。 (……寝苦しい…) 着たままのスーツがキツイ。ネクタイも少しゆるめただけで首にかかったままだ。 大体、ソファ自体も、あまり寝るのには向いていない。寝返りを打とうにも、下手をすると落っこちるので、仕方なく寝苦しい無理のある体勢のまま、寝続ける。 ベッドに行ったほうがいいだろう。そんなコトは分かってる。だが、目が開かない。多分、体も起こせない。すぐ近くにあるはずのベッドが、ひどく遠い。 ほとんどうなされたようになりながら、寝汗もかきつつソファで寝転がっていると、不意に首の辺りが楽になった。 しゅるっと音を立てて、首元をなぞっていく感触に、どうやらネクタイを取られたらしいコトが分かった。 そのままシャツも外されていっているようで、肌に直接空気が触れて、涼しくなる。半分ほどまでボタンを外されて、襟元をくつろがされた。 汗ばんでいた首元に冷たい手が当たり、汗を伸ばすように撫でられる。手はすぐに何か布のようなものに取って変わり、丁寧に汗をぬぐっていく。 (………) 汗を拭き終わると、その人は離れていった。が、すぐに戻ってくる。覚えのある香りと共に。 多分、コーヒーでも入れにいってたんだろう。 ギシッと音を立てて、誰かが圧し掛かってくる。そして、そのまま下敷きにされた。 「……重いです、神乃木さん」 「タヌキ寝入りは、よくねえな、弁護士サン?」 (…ワザと起こしたクセに…) カオにアタマを乗っけられているようで、髪の毛があたってくすぐったい。姿勢を定めるようにゴソゴソと乗っかったまま動き回られる。あんまりヒトの上で寝返りはしないで欲しい。しかも、こんな狭い場所で。 ついでに、どうしてこの状態で、くつろいでコーヒーまで飲めるのか、よく分からない。 「成歩堂」 「…何ですか」 「寝づれえ」 「…ベッド空いてますよ」 「オイオイ…オレの指定席を取りあげちまうツモリかい?」 時々、神乃木がこのソファを使っているのを見かけるが、いつの間にか、指定席認定されていたらしい。自分より長身な神乃木が、ココで寝て、はたして寝やすいのかよく分からないが、どうやら気に入っているようだ。 「…スイマセン、どけそうにないです」 「だったら、重くてもガマンするんだな、指定席サン」 (…指定席って、ぼくのことか?) 肩口に顔を埋めて、アタマを抱えるようにして、神乃木はようやく落ち着いてくれたらしい。本格的に体重を預けられる。 ものすごく重いが…何となく心地よい重さだ。 耳に神乃木の息がかかる。規則的に熱くかかる呼吸と、アタマを撫でてくる手の動きに誘われるように、うつらうつらとしてくる。 このまま寝ちゃいそうだな、と思いながら、手を伸ばして上に乗った神乃木に手を回し、背中を撫でる。だが、もう半分寝た状態なので、撫でる手もすぐに止まってしまう。 諦めて、代わりにその背中を抱きかかえた。 そうして、彼を捕まえたまま、本格的に眠る。 ただ、完全に意識がなくなる前に、「お疲れサン」という声を聞いた気がした。 返事をしようとしたが、もう声を出せそうになくて、そのまま眠った。 続きは起きた時にまた言えばいい。 モーニングコーヒーを飲みながら。 END |