マグ朗さんの番外旅行記〜シュエダゴン・パヤーに魅せられて〜(2006年9月)

昨年、嵌りに嵌ってしまったミャンマー。
今年も性懲りもなく訪れてしてしまいました。そんでもって、今回もなんとか頑張って参りました。そんときのお話です。
なお、今回は現首都に「ヤンゴン」という言葉を使わせていただきます。

9/4、昨年のリベンジを果たすべく、再度ミャンマーの地を踏むことになった私は、小雨の降りしきる中、ヤンゴン国際空港からガイドとともにヤンゴン市内へと向かった。
何よりもまずは、観光だ(ホントですって!)。昨年未訪問のパヤーと市街観光に時間を費やす。だが、時間配分はバッチリだ。昨年の轍は踏まない。
ピンマナーから改称した新首都「ネイピードー」とヤンゴンを結ぶ鉄道路線の開通式という、歴史的瞬間に立ち会った私は、その後、荘厳なる「シュエダゴン・パヤー」観光に全身全霊を奉げる。

 
 
ヤンゴン中央駅です。

 
 
開通式を遠目で。

ライトアップされたシュエダゴン・パヤーを堪能した後、ホテルへと戻った私はガイドに別れを告げた。ホテル?そう、昨年と同様、「グランド・プラザ ホテル」をヤンゴンの拠点とした訳だ。

さて、翌日のマンダレー行きの飛行機は、昨年のバガン行きと同様に早朝だが、今日は時間がある。昨年の無念を晴らさせてもらおう。階下のディスコ、「MUSIC CLUB」へ突撃だっ!!

 
 
昨年と看板が違ってますねぇ。

さて、入店。記憶が定かではないが、昨年よりもオネイサン、客ともに多いような気がする。ステージでは、バンドによる演奏がなされている。
テーブルに着くや否や、8人のミャンマー女性に囲まれた。両手は別々の嬢に握られ、右手上腕部には、ちちが当たっている。おおぉぉっ、なんてこった(とても嬉しい)!
バンコクでは、嬢連に、てんで相手にされないこの私が、日本人というだけでこの厚遇だ。生きていて良かった。

有頂天になったものの、暗闇に目が慣れ目を凝らしてみると、目の前に居る嬢連は左程の上玉でもない。特に左側で手を繋いでいる女性は、私のおっかさんに似ている。
(これは勘弁!)。もしかして、右の嬢は昨年の嬢か?これでは昨年の二の舞ではないか?!頼んだマンダレー・ビールをチビチビやりながら、店内を見回す。
居るんだ、これがまた。私好みの派手なオネイサンが。ただ、私には無関心のようで、踊ったり、友人と話したりしている。なんとかならぬものか?周りにいた嬢連は、私が興味を示さないことが判ると、時間が経つにつれ1人、2人と去っていく。
しかし、横の2人と前の2人はネバっている。それから1人、日本語のできる嬢(少々年増)が現れた。渡りに船だ。話すとその嬢の友人を連れてくるという。この状況は打開できそうだ。

少しすると、その嬢が1人の嬢を連れてきた。「ストライクっ!」さっき、いいなと思っていた嬢のうちの1人だ。ちちも大きい。露骨に気に入った態度をとると、他嬢は去っていった。ディスコ内では、それ程話さなかったが、ルックスで決まり。そうとなれば長居は無用、日本語のできる嬢にお礼を言い(それと、花代の確認も)、ディスコを後にする。

部屋に戻ると嬢は、意外に喋る娘だった。シャン族の娘で、21歳。シャン族は、ちちの大きい娘が多いという。
Hは、生Fたっぷりで、H自体も充実。文句ござんせん。ことが終わると嬢はディスコに戻るとのこと。私も翌日早いので好都合。花代$50とチップを渡すと、嬢は部屋を後にした。もう眠ろうと思った頃、電話が鳴る。フロントからだった。「Can you release a lady?」 だったと思う。「リリース」って言葉には笑った。

翌朝、私は古都マンダレーへと向かうことになる。

<ミャンマーコラム1 「マンダレーの夜を探れ!」>
マンダレーは整然とした町並みで、市内を歩き回るだけでも面白いと思います。
一通りの夜の散歩を終えてホテルへと戻り、入り口に止まっていたサイカーの運転手に告げました。
「レディ?!カラオケ?!」(私の英語って、こんなもんです)。若いサイカーの運転手は、「任せておけ」と言わんばかりにペダルを漕ぎました。連れて行かれたのは、薄暗いステージで、ミャンマー女性が歌を歌ったり、ファッションショーもどきをしたりするところ。ビールは1杯400チャットで客はミャンマー人だけでした。タイでいうところの「カフェ」でしょうか?のんびりしていて楽しかったですが、とて もHができるようには感じませんでした。

翌夜、今度は少々年配の三菱ミニカ・トラック(古ぃぃっ!分る人には分る)のタクシー運転手に声を掛けました。
「レディ?」その運転手も昨晩と同じ店を口にするのです。「アナザー、アナザー、OK?」と必死に言うと、少し遠いところへ連れて行かれましたが生憎そこは休み。
運転手は再度別のところへと案内してくれましたが、そこも、昨晩同様な「カフェ」でした。勇気を出して私は言葉を変えました「S○Xは?S○Xだよ!」、腰を振る身振りを合わせてです。「おぉっ」という感じの顔になった運転手。するとその運転手が言ったのはこうです。
(意訳)「旦那っ、この時間じゃ遅いですぜ。8時か9時までしか女は居やせん。今日は無理でさぁ。」
ううぅん、残念。
今後マンダレーに遊び行く方々に一言。
女性とナニしたい場合は、午後8時前に、はっきり「オマンタ囃子」と口にすること。これ必須。

 
 
マンダレーヒル入り口


9/7、マンダレーからヤンゴン、グランド・プラザ ホテルへと戻った私は、再度夜遊びに挑戦する腹積もりで、当然の如く階下のディスコ、「MUSIC CLUB」へと足を伸ばそうとした。するとフロントに私より年配の日本人4人グループが居り、足取りを慮るに、どうも「MUSIC CLUB」へ向かうようだ。私は迂回してホテルの外からディスコに入ろうとしたが、入り口で、ちょうど、その4人グループが入って行くのを間の当たりにした。日本人が5人続いては、先日のような思いができないのではという思いが頭を過ぎり遊び場所を変える。

そう、昨年お世話になった、シュエダゴン・パヤー通りのディスコ街だ。夜のヤンゴンを歩いて当該通りを目指す。街中はとても穏やかだ。昨年とは反対側のディスコを覗こうと思い、1階で立ち止まると声を掛けられる。
「シャチョー、ディスコ デス。3000チャット デ イイデス。ミルダケ ダイジョウブ デス。」とディスコの呼び込みのアンちゃん。日本語のできるミャンマー人の日本語はとても綺麗だ。日本語が頼りの私は、喜んで後を付いていく。一応、昨年の経験があるから少々安心。

ディスコに入ると、かなりの人で混雑している。呼び込みのアンちゃんは名を名乗り、「カラオケルーム アリマス。カラオケルーム ハ、12000チャット デス。3000チャット ハ イリマセン。ビール ハ ベツリョウキン デス。」何事も経験だと思い、カラオケルームに入る。そこから説明が続く。
「オンナ ゼンイン デキマスヨ、ホント デスヨ。100ニン イマスヨ。イマ ヨンデキマス。」と、流れるように展開していく。
カラオケルームで待機していると、呼び込みのアンちゃんと一緒に、日本語のできる女性(チーママ?)と、その他にミャンマー女性が4〜5人現れた。とりあえず、その中から1人の美形を席に着かせる。呼び込みのアンちゃんが続けて、「マタ キマス ヨ。」と言うと、4〜5人づつ、入ってきては出、入ってきては出を繰り返した。チーママが女性との通訳をしてくれる。何組続いたのだろう、このシステムは面白い(まぁ、○−Diaryに載っていたが)。その中から、巨乳を1人と中国系の顔をしたスタイルのいい1人を席に着かせた。計4人の女性(チーママを含む)がカラオ
ケ・ルームに居る。その後に入ってきたグループに1人、どうしても気になって仕方のない女性が居た。奥の方で、アピールを全然しない娘だったが、インド系の肌と顔つきだ。こりは「決め」でしょう。インド系の美形は願ってもないチャンスだ。その後も何人か部屋に来たが、4人で充分だろう。呼び込みのアンちゃんに「もう、いいです」と告げて、ビールを頼み一息つく。

嬢連は、日本語はまるで駄目で、英語もホンの少しといった感じだった。遠くに座していたインド系を横に呼んで乾杯。「ホテル イッショニ イケマスヨ」と呼び込みのアンちゃん。ところが、そこで少々トラブル。インド系以外は$20だが、インド系は$50とのことで、インド系以外の嬢連がへそを曲げてしまったのだ。呼び込みのアンちゃんが取り成してしれたが、ちぃとバツが悪くなった。

それから暫くすると、一旦外に出た呼び込みのアンちゃんが戻ってきた。「ショー ガ ヤッテマスヨ」ダンス・フロアでは、美形嬢によるファッション・ショーが行われていた。確かに、カラオケ・ルームに居る嬢連よっか美形だ。「チェンジ シテモ イイデス ヨ、ゼンイン デキマス ヨ。」
美形は美形でいいが、今夜はインド系に決めているのだ。カラオケ・ルームに戻ると、別展開になった。呼び込みのアンちゃんが、インド系以外の娘をフロアに戻すと言うのだ。確かに、店のホステスではないのだから、拘束されてビジネスの時間を割くのは本意ではないのだろう。チーママ(実はチーママなんぞではなくて、フツーの人)は残ったが、3人にチップを渡し、3人は部屋から出て行った。それからも、チーママと呼び込みのアンちゃんとで日本語で話す。インド系はダンマリ(失敗だったかしらん?)。どのくらい経っただろうか?いい時間かなと思い、チェック、店を後にする。お世話になったチーママと呼び込みのアンちゃんにチップを弾み、ディスコを出、ホテルへと戻る。

 
 
ディスコ遠景@

 
 ディスコ遠景A

ホテルの部屋に戻ると、インド系嬢は結構英語で喋る。年齢は19歳で、生まれはインドではなく、バングラディッシュからの移民だそうだ。「はじめから、貴女に決めていたんだよ」絶対、通じていない英語だろう。

さぁぁて、またとない機会だぞぉぉぉぉ〜、インド系美女だインド系だっ!!
激細の嬢は、暗闇に映えるメスの黒豹。しなやかな肢体に、しっとりとした黒褐色の肌。生F時に現れるピンクの舌が艶かしい。いゃぁ〜、コーフンしたコーフンした。オジさん、もう、メロメロ。

嬢は朝まで居り、昨晩のケバケバ化粧のディスコ・ルックから、白のTシャツに着替え、タナカを塗った顔には、あどけなさが残っていた。

<ミャンマーコラム2 「男性天国?」>
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、ミャンマーでは、一夫多妻制が法律で認められています。
ただし、第一夫人が理解のある人で、第二以降の夫人を養うだけの甲斐性があったらということらしいです。
また、お金のある人は夫人以外に御妾さんも複数存在しているとのこと。
いやぁ〜、おぜぜって大事ですね。私には縁がありませんが…。

<シュエダゴン・パヤー3景>

 

 

 


<振り返り>
ヤンゴンには、インド人街も合ったはずですが、実際にインド系とお手合わせできるとは思いませなんだ!
ミャンマーの虜になってしまいそうです。いや、もう既になっています。
「シュエダゴン・パヤー」は、私にとって、ミャンマー女性と同義語です。
来年は、地方は止めてヤンゴンだけにしようかしらん?バンコク滞在も減らそうかしらん?


マグ朗

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