『ピピタパン』を攻略せよ

カイケム隊員よりの投稿

カイケム特捜隊隊員よりのレポート
隊員諸氏がタイに行くと存外問題となるのは「昼間の過ごし方」なのではあるまいか。オキニとデートしたり、「昼間はホテルのプールでごろごろしてますよ」とか「バンカピのモールでぱっつん鑑賞でしょ」「彼女のアパートの掃除(笑)」など経験豊富でハイレベルな諸氏なら別であるが、中途半端に訪タイ歴の浅い私などは暇を持て余してしまうことが多い。チャトチャック・マーケットやスーパーでお土産を買うという段階は脱したものの(『またタイに行ってたんですかぁ〜』というレベルでは、もはやお土産は逆効果だったりする)、上記のベテランには及ばない。悩みどころである。一時は日本人向けバスツアーなどでアユタヤに行ったり、カンチャナブリに鉄橋を見に行ったりしたものだが(そこには私と同じ目的と思しき、男性の2、3人連れとよく遭遇したものだ)、最近はそのネタも底をついた。有名どころの寺は見つくしたし、MBKをうろつく元気もない。在住の友人とゴルフもいいが、毎日はできない。そこで考えたのは美術館や博物館めぐりである。タイ語で「ピピタパン」…なにやら童心をくすぐるコトバではないか…?(あ、あれはピーターパンか?)今回は出来たばかりという「サイアム博物館」に行ってみた。これまでは、ゴールデントライアングルで「オピウム(アヘン)博物館」チェンマイで「国立博物館」などに行ったが、バンコクでは初めてである。場所はワット・ポーのすぐ隣り。元は商業省の古い建物をリニューアルして造られたらしい。サートーンのボート乗り場から王宮やワット・ポーに向かうファランたちに混ざって「ター・ティアン」で降りる。14B。ワット・ポー界隈は倉庫や食料品の問屋街である。向こう岸のワット・アルンのチェディがエキゾティックである。

    

ワット・ポーの横を抜ける。気が向いたら境内や寺の外のマッサージスクール(こちらの方が空いているし快適)でマッサージを受けてもよい。

  

「サイアム美術館」の佇まい。端整である。庭もきれいに整備されていて、「ブラックキャニオン」のお洒落なカフェもある。
今回もなにやらTVの取材スタッフが来ていた。オネイサンがキレイだった…

  

入り口でオネイサンがにこやかに「サワディ・カ〜」と迎えてくれる。実はここ某ガイドブックでは「外国人300B」の入場料を取られるとあった。高いな〜と思っていたのだが、オネイサン笑顔で「100Bデス〜」、やった〜!タイ人価格である。300Bは不評で廃止になったのであろうか。それとも私がタイ人顔していたのであろうか。タイ語にすかさず反応できたからであろうか。ここんとこは謎である。オネイサンが理知的な風貌に似合わずアホだった(よくある)可能性も否めまい。

    
<写真上:タイ人の人種的な成り立ちを示す展示><写真下:子供向けの戦闘ゲーム>

入館証をもらって建物に入る。3階まである建物には、現在のバンコクが成立するまでの歴史、文化、風俗が順を追って展示されている。隣国との戦争シーンをゲーム風にしたアトラクションなど、工夫された展示である。夏休みだからか、子供や学生の集団がたくさんいた。残念ながら「ぱっつん予備軍」の年齢層であった。彼らは熱心に展示を見学…というよりも記念撮影に余念がなかった。

    
<写真下:50〜60年代のタイの風俗の展示>

彼らがいちばん盛り上がっていたのが50〜60年代のタイの風俗を再現した展示であった。アメリカン・グラフィティさながらのバーやアメ車、ジュークボックスなどが置かれていた。そうか、タイにもこういう時代があったのか〜と思わずにはいられなかった。

最初にデカいスクリーンでイントロダクションのビデオを見るらしいのだが、上映のタイミングを逸してしまったので見られなかったがだいたい1時間弱で1周できるのではないだろうか。ところどろこに趣向を凝らした展示ではあったが「すげ〜!」ということは一切ないので安心されたし。(笑)

面白いのはここで展示されている歴史がみごとに「アユタヤ以降」に集約されてしまっていることだ。
私もあまり詳しく説明できないのだが、タイの成立はカンタンにいえば、チェンラーイ、チェンマイあたりの「北」と「南(中部)」の統合によって成されたのである。つまりチェンマイやスコタイを「やっつけて」現在の「サイアム(バンコク)」があるのである。だからなのか「サイアム」を名乗るこの博物館に「北」の痕跡はほとんどない。(余談ながらチェンマイの国立博物館は、スコタイ以降の歴史はほとんど取り上げられていなかった。建物も古く、金をかけていないようであった。
当時の彼女ー当然チェンマイ出身ーは『バンコクの人は北のことをあまり好きじゃない。だからこういう場所にお金を出さない』と言っていた)チェンマイなど北出身のオキニのいる隊員諸氏なら覚えがあるだろうが、彼女たちはバンコクのこと(人)はあまり良く言わないのではないだろうか。逆にバンコクっ子は北の悪口を良く言う。(お金に汚いーというのが常套ではないか?私に言わせれば『同じ穴のムジナ』であるが)まあイサーンも悪く言うし南も言うし…(笑)タイ人は、自分の出身地とそこの料理がイチバンだと言い張るヒトがほとんどだ。

拙い私のタイの歴史の説明に異論のある諸氏もいると思う。どうかそこは「タイ人の」「オネイサンの」受け売りであることを考慮してカンベンして欲しい。ここらへんのいい加減さは、隊員諸氏が最も知り尽くした(被害を受けた)部分であろう。

その後、私はタクシーでオールド・サイアム・ショッピングセンター、ヤワラーと足を伸ばしホテルに帰ったのであるが、やはり昼間の行動は暑いし疲れる。今回は、ほんのちょこっとではあるがタイの歴史に思いを馳せ、今後の糧にできたことを収穫としたい。
「ピピタパン」…「アップオップ・ヌワアッ」の次くらいに覚えておきたいタイ語である。



カイケム


【隊長よりのコメント】

カイケム隊員、ご苦労であった。
皆もそうであろう、私もそうである。カイケム隊員もそうであるように、我々のようなスタイルのタイ病者(笑)は、どうしても昼間の過ごし方に困る。ゴルフをやる人はいいだろう。ゴルフをしないような方は、昼間は酒飲んで?マッサージくらいしかやることがない。博物館となると、かったるい気がするが、何していいかわからない昼間の過ごし方の1ページにするのも悪くないのかもしれないと思う特捜であった。


発行日 2010年10月1日

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