まゆみちゃんは店のNo.1、売れっ子ホステスだ。
モグラだけど。
まゆみちゃんは店のNo.1、売れっ子ホステスだ。
モグラだけど。
さっきからまゆみちゃんは僕んちの縁側に腰掛けて爪の手入れをしている。
僕は背中を丸めてお茶をすすりながらそれを見ている。
まゆみちゃんの爪は長くて固くて黒光りしていて、よく磨いた黒檀のようだ。
まゆみちゃんはその爪の先端がやわらかい弧を描くようにやすりをかけている。手先を見守る目は職人のそれだ。こすったのかどうかわからないほど微妙にやすりをあてては、バランスを見るために手をひらひらさせる。一本一本ためつすがめつし、眉間のしわを深くしている。気に入らないみたいだ。
「大変そうだね」
僕が声をかけるとまゆみちゃんは鼻で笑った。ピンクの鼻先がつんと上を向く。
「そうよ、大変なの。あなたにもやってあげるわ」
遠慮しようと思ったがまゆみちゃんは既に僕の手を取っていた。
指をつまみ、爪を観察し、軽くマッサージをして甘皮を取り、やすりで形を整え、爪の下の汚れを取り除き(痛い)アンダーコートを塗る。小型のドライヤーを遠間からあててゆっくり乾かすと、お次はピンクのマニキュアで、その上から白いキラキラしたビーズみたいなものを花の形になるように乗せていき、最後にたっぷりとトップコートを塗られて、さらにこれらの作業を小指から順番にひとつづつやられるものだから、見ているだけの僕としては心底退屈なのであった。
「まゆみさん、新聞読んでいい?」
「なに言ってるの、これは戦いよ。あなたはいま戦場にいるの」
まゆみちゃんの手はよどみなく動く。
「いい?美しくなるのは簡単なのよ。重要なのは美しくあることなの。
達成するのは意外と簡単、突き進めばいいだけなんだから。
問題は最高にベリィグッドな瞬間をどれだけキープできるかってことよ。
そしてそれは終わりのない戦いなの。
だから準備の段階で、できることはすべてしておくのよ」
まゆみちゃんはつぶらな瞳をしぱしぱさせながら語った。
なんだか自分に言い聞かせてるみたいだった。
日が傾いていた。遠くでカラスが鳴いていた。
まゆみちゃんは3本目の仕上げを終わらせると、満足したようにため息をついた。
「時間だわ。お店に行かなくちゃ」
僕はまゆみちゃんを玄関まで見送った。うちの前はすっかり舗装されていて、まゆみちゃんが穴をほれるような生の土はなかった。
僕はまゆみちゃんの手をひいて、少し先のテニスコートまで連れて行ってあげた。テニスコートは古くて、まるっきり手入れされてなくて草がぼうぼうだ。針金のフェンスはあちこち破れていて、すきまからしのびこんだこどもの遊び場になっている。
「あら、すてきね。ナチュラルでいい感じよ。こうでなくっちゃ」
まゆみちゃんはするりとテニスコートに入り込むと、僕に手を振った。すべすべの黒い爪が夕日を受けてぴかりと光った。
「それじゃ、急いでるから。バァイ」
言うがはやいかまゆみちゃんはあっというまに地面を掘って姿を消した。
僕は穴に向かって小指と薬指と中指だけピンクになった左手を振った。