※RO聖職者とノビたんに萌えてみよう
※アコプリ&ノビ シリアス
※2004/10/31 二次職実装時と思われ
主よ我らを助け、救い、憐み、守れよ。
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包みこむように夜がおとずれ、月が空にかかる頃。
街にはもう明かりはなく、昼間の暑さがうそのように、やわらかな闇が、眠る人々を覆い。
潮の香に満ちた風が、船をきいと揺らし、猫の背と石畳を撫でては、ジャングルに消えゆく様は、港町アルベルタが、まだ小さな漁村だった頃から、波と星の数ほどくりかえしてきた景色。
さて、ひとりの男が、暗く狭い階段を、足音を忍ばせて降りていき、手探りで扉をさがしあてると、音をたてぬよう注意しつつ、ドアをゆっくりと開けて、半身をすべりこませ、外へ抜け出そうとしたが、黒い祭服の端を、ノブに引っかけてしまい、戸の閉じる大きな音がして、祭服をはさまれた姿のまま、男は硬直した。
肝を冷やした男は、息をひそめて気配をうかがう。
だが、二階で眠るふたりの部下は、今の音にも動じてないのか、こそりとも音はせず、明かりがつくこともなく。
男は胸をなでおろすと、ドアの隙間から祭服を引き出し、扉をきちんと閉めて、慣れた足取りで、通りを横切って、港へと向かう。
月明かりは煌々。
波の音は甘く。
熱帯の夜を抱く、しゅろの樹の下を通れば、海から来る風が、彼のまとう衣と、若草色の髪を揺らすので、鼻歌など歌いながら、男は石づくりの階段をおりつつ、そこから見える、花に囲まれた、こぢんまりとした広場の、人待ち顔のこどもを見つけ、遅れて悪いと手をあげた。
こどもはすぐにそれに気づき、おそいよと頬を膨らませて、男にかけよった。
その姿は、ずいぶんと小さなこどもで、まだ10になったかならぬかで、背丈は男の半分ほど、だぶだぶのノビスの衣装を、あちこちたくしあげて着ているが、生意気にも冒険者らしく、果物ナイフをにぎりしめ、さあぼうけん!ぼうけん!と、待たされた腹いせもかねてか、男の服のすそをつかみ、街の入り口の方角を指さして、彼をせきたてる。
男は、わかったからそうせかすなやと、この街で育った人間独特の訛りで答えつつ。
昼間はにぎやかな広い通りを。
今は眠りに沈むこの石畳を。
ただ一軒酒場だけが、陽気な笑い声を響かせる夜道を。
その窓からこぼれる光に、長い長い影を残しながら、こどものあとをゆっくりとついて行く。
ちいさな胸を、期待でいっぱいにふくらませて、澄んだ瞳を、興奮で星よりも輝かせて、こどもは小走りで先へ行ったかと思うと、とつぜん立ちどまってこちらを振りかえり、はやくぼうけんにいこうよ!とナイフを握った手を大きく振るので。
ぼやけた銀の光が、夜の底でくるくるひらめき、まるで幼い魚が、波間を行くように見えた。>>それが、pm_09:22。
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「聖なるかな兄弟!おはようございますっ!」
食堂に続く扉を開け放ち、ごきげんで朝の挨拶をしたのはクリーム色の制服を着た栗毛のアコライト。
ついこのまえ14になったばかり、よく女の子に間違われるが、れっきとした男だ。
「聖なるかな兄弟、おはようございます。顔は洗ってきたようですね」
なべの中のスープを混ぜつつ挨拶を返したのは銀髪を短く刈った服事。
栗毛の彼より背丈も年もずいぶんと上のようだ。
柔和な微笑の似合う好青年だが、朝食の支度のためにまくられた袖から見える腕は鍛えあげられている。
さて少年のほうはそう広くもない食堂の中をくるりと見まわし、柳眉をひそめた。
「兄弟イドラ、カタリさまはまだお休みですか?」
「そのようですね、兄弟ドクサ。もうすぐあさげの用意ができますので、お手数ですが二階にあがってカタリ様を起こしてきてください」
「わかりました、素直に起きてくれるといいんですけどね」
ドクサと呼ばれた少年は、食堂を出ると狭くて古い階段をぎしぎし言わせながらのぼり、二階の廊下の最奥にある部屋の前で足を止めた。
「カタリさま!朝ごはんですよ、起きてください!」
強めにノックをくりかえしたが、答えがない。
彼は躊躇せずドアを開けると、ずかずかと部屋にあがりこみ、ベッドの中で眠りこけている男に手をかけて乱暴に揺さぶった。
「カーターリーさっまっ!起きてください!」
「……ん~……あと五分~……」
「だめです!太陽はふたつとも昇っていますよ。
聖職者たるもの太陽とともに生きねばならぬと教本にもですね!」
「……わかった……わいが悪かったから耳元で怒鳴らんといてや~…」
やっと体を起こした彼の上司は、まだだいぶ寝ぼけている様子で目をしばたかせた。
「あ~あ、祭服も脱ぎ散らかして!ちゃんとハンガーにかけてクローゼットに収めてくださいとあれほど…」
「……自分、朝もはよから元気やなあ」
「早くないです。普段ならもうとっくに起きてなきゃいけない時間なんですよ?カタリさま、最近たるんでます!」
「あい、わかったわかった」
若草色の髪のプリーストは大きくのびをするとベッドから降りた。
寝巻きだと思っていたのは祭服のアンダーだ。
少年アコライトはそれを見て、口をへの字に曲げた。
「カタリさま、ぼくだって貴方に説教はしたくないですけどね……」
「言いたくないなら言わんでもええやろ。それより今朝はなんや?」
「へ?なにがですか?」
「決まってるやろ、朝食のメニューや」
「え、えーと…スープ、かな?……ちょっとわからないです」
祭服をはおったプリーストは、嘆かわしげに首を振ると、まじめな顔をして人差し指を立てた。
「ドクサ、人生の楽しみの3分の1はメシやで。
メシを楽しむことは、日々を丁寧に生きることにつながる、ひいては神の御心にもかなう行い。わかるか?」
「は、はい…」
「せやから今いちばん肝心なことは、些細なことに目くじら立てず、ひたすらメシのことだけ考える。これや!」
「はあ……」
「ほな、下行くで~」
「……」
なんとなく釈然としない思いを抱えながら、栗毛の少年は司祭とともに食堂へ向かった。
だが強引な理論への反発も、ドアを開けた瞬間、奇妙な納得に変わる。
清潔なテーブルクロスの上に、白磁の皿が並べられている。
とろりとした金色のバターをのせるのはこんがり焼けたトースト。
湯通しした鮮魚の切り身にはレモンが添えられ、そのそばには緑の豊かなブロッコリーとあざやかな色味のニンジンが盛られている。
そして朝市で買ってきたとおぼしきミルクを入れられたガラスのコップ、赤いハーブとレタスがもられたサラダといっしょに置いてあるのは、湯気をたてるスープ。
「聖なるかな兄弟、おはようございます。お加減はいかがですか?カタリ様」
「アレルイヤ、おはようさん。腹減ったわ~、なんでもええから、はよ食わして」
「はい、どうぞ。ごゆっくり」
略式の返事をして椅子に座ったプリーストの前に、銀髪の服事はよく磨かれたナイフとフォークを置いた。
待ってましたとばかりに食器をつかんだ司祭の腕を、少年が慌てておさえる。
「なにやってるんですか!食前の祈りがすんでませんよ!」
「あ、せやったな。わるいわるい」
またもや少年は小言を始めそうになったが、司祭が十字を切るのを見て慌てて席についた。
もうひとりのアコライトも袖をおろして椅子に座る。
それだけで静謐な雰囲気があたりにただよう。
目を閉じた司祭はおもむろに胸の前で合掌する。
ふたりの服事がこれにならう。
『……いつもと祈りの型が違うような…』
栗毛の少年が疑問を感じた瞬間。
「いただきます」
おごそかに司祭の宣言が響いた。
「ちっがーーーーーーーーーーーう!」
思わず上司に右フックをかましそうになった少年アコライトを、司祭は不思議そうに眺める。
「なにしてん自分?はよ食わんと冷めるで?」
「なに言ってんですか!なんですか今のは!今の浅薄なのが食前の祈りなんですか!?」
「なんや、フェイヨンのナイス文化を否定するんか?初めてこれを知ったときは感動すらしたわ」
「ああもーらちがあかない!兄弟イドラからも何か言ってやってくださいよ!…って、食べてるし!」
「信仰は形でなく心ですから」
「そーじゃなくてぇ!」>>時刻は、am_7:08。
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熱帯の夜に沈むジャングルにわけいれば、濃厚な土のにおいと、森の吐息が満ち、下草に隠れた段差に、こどもが転びはしないかと、気が気でない男をよそに。
湿った空気のなかで、こどもははしゃぎまわり、がむしゃらに草を薙ぎ、てあたりしだいツタを引っぱり、見かけた切り株に飛びのり、いさましいときの声をあげて、進む進む、突き進む。
やがて草葉の陰に、ひとかかえもありそうな桃色のかたまり。
太平楽なそれを見つけて、こどもは歓声をあげる、男がひょいと前に出て、それをつま先でとんと蹴ると、眠りを妨げられたポリンは、仰天して男に突っかかる。
そのポリンをこどもが、横からナイフで狙うものの、めったやたらにふりまわすから、あたっているのかどうなのか。
やがて雑草に足をとられ、ころりと転げるこども。
男はポリンをくさむらに蹴飛ばし、こどものそばにしゃがみこみ、けがはないかとたずねれば、へいきだもんとふてくされたが、すぐに何かを思いつき、こどもは男の衣をつかんで、ねえねえ、ヒールして!と、目を輝かせて男にねだる。
しかし男は首を振り、ヒールはできんと断った。
こどもはみごとに立腹し、座りこんでそっぽをむくので、しょうがないなとため息ひとつ。
立ちあがった男は印を組む。
信ずる神に祈りを捧げ、手をかざして祝詞を唱えれば、男とこどもの頭の上に、清らかな銀の十字が現れ、光とともに羽が舞い散り、刹那のきらめきを残して消える。
こどもはぽかんと口を開け、ついですごいと大興奮。
ほかには?ほかには?と続きをねだり、失敗したと男は苦笑。
またぞろ衣を狙うこどもの、ちいさな魔の手をひらりとかわし、ほらと木陰を指差せば、そこには巨大な芋虫が、蝸牛のごときのろさで歩む。
新たな獲物を前にして、こどもはナイフを握りなおして、やあとおたけび走りだし、たれたズボンのすそを踏み、再びころりと転げてしまう。
腹を抱えて笑う男を、恨みがましげににらみつけ、こどもはすっくと起き上がり、せいばい!と言うが早いか、男に向かって切りかかる。
男はそれを軽くかわして、鬼さんこちらと手を打ってはやす。
くやしさにふりまわされる銀のナイフも、そのうち体を動かす楽しさに変わり。
やがて森の中に、笑い声がこだまする。>>それが、pm_10:13。
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「う…ぐふっ……!」
「あなた!あなた、しっかりして!」
「…ぐう…俺はもうだめだ……おまえだけでも、逃げろ…」
沈没船の一室で、ひとりの商人が腹を押さえてうずくまっている。
手のあいだからは、じくじくと赤黒い汁があふれていた。
妻とおぼしき銀髪の女剣士が彼を、すがりつくようにして支えている。
恐ろしさと心細さでその頬は既に涙で濡れている。
かたわらには空っぽのカートがひっくりかえっている、その奥の暗闇から、かたいものがぶつかりあう音が響いてくる。
それは亡者の群れの音だ。
財宝への妄執が死体に宿り、海水で腐って骨だけになってもまださまよっている。
音はゆっくり近づいてくる。もうすぐ姿を現すだろう。そして自分たちに、容赦なく蛮刀を振り下ろすだろう。
女剣士は無力な自分に歯噛みした。
剣士なんて名ばかりの自分を、いつも守ってくれた夫のやさしさが、強さが、心地よくもあり、うれしくもあった。
だがそれに甘えてきた結果がこれか、胸を焼く悔恨に唇を噛み破りそうになる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、わたしのせいで…!」
「いいから早く逃げろ…おまえひとりなら…あるいは…」
「いやです!そんな、あなたと離れるくらいなら……わたし!」
商人は何も言わず彼女を強く抱きしめた。
背後で蛮刀が床にぶつかる重い音がする。
ふたりが覚悟を決めて目を閉じた、そのとき。
「センチュアリ!」
あたりにブルージェムストーンが砕ける澄んだ音が響いた。
湿った床から清浄な光があふれだし、商人と剣士を聖なる結界がとりまく。
亡者たちが結界を前にひるんだ。
あっけにとられたふたりが顔をあげると、3人の聖職者がこちらへ向かって走ってくる。
「よー、おふたりさん。邪魔すんでー」
司祭の衣をまとった若草色の髪の青年がふたりに笑いかけた。
「掃討、開始します」
銀髪の服事が2人の横を走り抜ける。
気合一閃、跳躍すると、飛び蹴りを胸に食らった亡者が衝撃で粉砕した。
少し遅れて十字架型の棍をかまえた栗毛の少年が、亡者の群れに飛びこんだ。
「昇天しなさーいっ!」
勢いをつけてふりまわされた棍が、3匹まとめて打ち砕く。
「んー、毒はもらってないみたいやな。けど、ちょいきつそうやからリザかけとこか」
服事たちの背に祝福を送ったプリーストが、ふたりのそばにしゃがみこんで、てきぱきと傷の手当てをはじめる。
「あ、あなたは?」
とつぜんの救いの手に剣士はとまどいながらたずねた。
まだうまく状況が飲みこめなくて目をしばたかせてしまう。
「教父様に冒険者の助っ人やれ言われました、カタリ言います。あっちはイドラとドクサ。よろしゅうに」
彼はひとなつっこい笑みを浮かべてヒールを唱えた。
女剣士の体が淡い光に包まれる。
そのあたたかさにようやく、助かったんだとわかって、彼女は安堵に新たな涙を流した。
ものの五分もしないあいだに、亡者の群れは朽ちた白骨に姿を変えた。
瀕死だった商人も、癒しの祝詞で止血されて顔色もよくなってきている。
「どこのどなたか存ぜぬが世話になった、感謝する」
壁に背を預けて座った姿勢のまま、商人は深く頭をたれた。いっしょに剣士もあたまをさげる。
「そう堅くならんでええよ、修行の一環やし」
「でも、なにかお礼を…」
「お気遣いありがとうございます。しかし貴君らは一刻も早く、この場を離れたほうがよろしいでしょう」
カートを運んできた銀髪の服事が、周囲に気を配りながら言う。
それを受けた栗毛の少年が片手をあげた。
「ポタルひらきます、アルベルタでいいですか?」
剣士がうなづくのを見て少年は詠唱をはじめる。
商人と剣士の足元に光の柱が現れた。転送の魔方陣が稼動する、かん高い音が聞こえはじめる。
「なにからなにまで世話になってすまない、あなたがたのことは忘れない」
「ほんとうに、本当にありがとうございました…!」
「ほななー。もう奥さん泣かすなや?」
光の中で商人が、かすかに苦笑を浮かべた。
司祭が十字を切り、それにあわせて服事たちが、去りゆく冒険者に深く礼をする。
「太陽の加護が、ふたつともありますように」
涼しい音を残して、転送魔方陣は二人を飲みこみ、消えた。
「ふー、本日4組目の送還っと。最近ハイピッチですね」
栗毛のアコライトがこぶしで額をぬぐう。
「魔物が勢力を増しているとの報告は、残念ながら真実のようですね。てだれの冒険者でも、てこずる相手が増えてきている」
銀髪の青年が眉をひそめる、しかし少年が彼の言葉に首をふった。
「たしかに魔物も増えてますけど、それより増えてるのは冒険者ですよ。
まったく、一攫千金なんて現実にはそうそうある話じゃないのに、富に目がくらんでこんなダンジョンの奥のほうまでやってくる。
さっきの女剣士なんて、あんな細い剣じゃ護身もおぼつかないです。身のほど知らずもいいところでしょうに」
「兄弟ドクサ、そんなことを言ってはいけませんよ。
彼らも生活がかかっている以上、ライバルの多い安全地帯より、少々危険でも得る物が多い場所を選ばざるをえないのですから」
「ぼくには、そこまでして冒険者になる理由がわかりませんよ」
少年がそこまで言ったとき、場違いに気の抜けた声が聞こえた。
「もー、カタリさま!こんなときに大あくびなんてしないでくださいよぉ、ほんっと緊張感ないんだから」
「……んー…」
銀髪の服事が、司祭の顔をのぞきこむ。
「カタリ様、お加減が悪いのでしたら今日は引き上げましょうか?」
「いいや、だいじょうぶ。ちょいねむいだけや」
「やれやれ。お気楽ですね、カタリさまは」>>時刻は、am_11:32。
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夜の底をこどもと歩く。
ゆっくりと、時々寄り道しながら。
街に戻ってきても、こどもは、冒険の余韻さめやらず、あっち行きこっち行き、猫のひげをひっぱっては威嚇されて逃げ戻る。
やがて、物陰の樽を、眠る花を、遠い歌声を、波の音を、すりぬけてたどりついたは、もとのちいさな広場、その一隅に腰をおろすやいなや、大あくびをする男の髪を、ひとふさつかんでこどもがひっぱる。
せかされた男はふところをさぐって、今日の戦果のゼロピーを取り出した。
誰もがつまらないと見捨てるそれを、こどもは、星でも抱くように両手で包む。
それは月光の下で水晶より銀に光り、子供の顔をうつして透けて、砂糖菓子のようなつややかさ。
こどもはうれしげにそれを眺め、あしたもいこうねと男に言った。
みじかい沈黙のあと、男は首を振る。
わいとの冒険は今日でおしまいや、そう言った。
こどもは銀のかけらを抱きしめた、みるみるうちに瞳が濡れて、大粒の涙がこぼれそうになる。
泣いたらあかんよと、男は笑った。
ないてないもんと、こどもがいった。
きつくにぎったゼロピーに、ぽたりとしずくがたれたけど、男は見てみぬふりをした。
しゃくりあげそうになるのを、必死でおさえるこどもを前に、男は再びふところに手を入れ、とりだした結晶をほらとさしだした。
それは蒼いまるい小石で、ゆらゆら揺れる淡い光をはなち、内側に閉じこめた水が、ころがした手のひらのうえでとろりときらめく。
こどもはぽかんと目も口もあけ、光る小石に釘づけになる。
男はそれを目の前に置くと、こんどは赤い小石を取り出し、それが終われば緑に黄色、四つの小石を地面に置いて、きれいやろと笑いかける。
つられてこくんとうなづくこどもに、世界の石だと男は言った。
もっと強くなればもっと遠くに行けば、かならず手に入るよ、と。
こどもは魅せられたようにそれらを手に取る。
火の小石、土の小石、水の小石、風の小石。
そしてそれらに負けず劣らず、こどもの手の中で輝くゼロピー。
無垢の銀白、月夜に冴える。
影のないこどもが、それをみつめる。
もらってもいい?とこどもが聞くので、男はうなづいた。
こどもは笑顔で返事をかえし、五つの小石を抱いて立つ。
男に手を振ると、広場から石段めざして歩き始める。
男は立ちあがって、こどもに向かって言う。また産まれておいで、と。
こどもは笑って。
ありがとう、ひとりでさみしかったけど、もうちょっとがんばってみるよ。
もしももういちどうまれてこれたら、またいっしょにぼうけんにいこうね。
石段を登りきっても、こどもの足は夜の闇を踏み、見えない階段を、屋根を越え、しゅろの樹を超え、月をめざして登る。
こどもの抱く五つの小石が、それぞれに輝いて、夜空に虹を描き、やがてそれも、月の中に溶けた。>>それが、pm_11:42。
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『属性石よっつは、さすがに奮発しすぎたかもしれへんなあ。まあ、ええか』
ノビスにすらなれなかったこどもを送ったあと、司祭の青年はのびをしながら宿へ戻った。
一仕事やり終えて明るい気分で扉を開けると。
「おかえりなさいませ、カタリ様」
「うおあっ!」
銀髪の部下がランプを手に立っていた。
「び、びっくりした。起きてたんか」
「ええ、起きてましたよ。毎晩。お仕事お疲れさまです」
「なんや自分、気づいてたんかい」
プリーストはばつが悪そうな顔をして腕を組んだ。
「気配の殺し方がなってませんね、あれでは起きるなというほうが無理ですよ」
しれっとした顔で答えられてはよけいに立つ瀬がない。
こういうときはさっさと白旗を振るに限る。
「かなわんわ、おまえには」
「おわかりいただけたようで何よりです。これに懲りたら夜ふかしは控えてください」
「あいよ」
「いま、忍び足の練習をしようと思ったでしょう?」
「……」
すなおに黙りこんだ司祭に青年は笑いを誘われた。
「少しならいいんですよ。カタリ様にも独りの時間が必要でしょう。
しかし体調を崩してはもともこもありませんからね、私が気にしているのはそれだけですよ。
兄弟ドクサも、カタリ様の夜の散歩に気づいたら、同じ理由で止めると思います」
「わかっとるよ、おおきに。今回みたいに時間かけるのは特別や」
「あの程度の死霊、カタリ様なら祝詞ひとつで浄化してしまえると思いますが?」
「あほ。影もできへんほど薄くなってるの相手に、わいの祝詞かけようもんなら、魂ごと吹き飛んでまうがな」
「おやさしいですね」
「やかましわ、もう寝るで」
こども扱いされてる気がするらしく、ふてくされた顔をする上司に言われて、服事はランプを吹き消した。
月光が窓を青くふちどるので、思ったよりも部屋の中は明るい。
眠りに沈む町を窓枠越しにみつめ、銀髪の服事は重いため息をついた。
「卑小な存在ですね、我々は。あんな幼いこどもであっても、神にとっては……」
「神さんには神さんの都合ってもんがあるんやろ」
あくびしつつ答える司祭に、服事はふりむいた。
「カタリ様は感じないのですか?この世界の不安定さを。
明日には、もう消えているかもしれないこの命を。
我々は生きるも死ぬも、神の意思ひとつだということを。」
「せやね」
ひたむきにみつめてくる服事に、闇の中で司祭は笑った。
「だけど、わいは神を信じる」>>時刻は、0:00(つまり、新しい一日)