小学校にあがりたてであったように思う。
小学校にあがりたてであったように思う。
大きな病院の裏にコンクリートの敷地があり、私はそこで一人で遊んでいた。
敷地の隣には鉄条網をはさんでローカル線がある。病院の真裏がちょうど駅の正面なので、私は流れ込んでくる電車を見るともなしに見ながら一人遊びを続けていた。
また一台列車が来たようだ。
顔を上げて私は唖然とした。列車など影も形もなかったからだ。
それでもガタゴトと車輪のきしむ音が聞こえ、ため息をつくようなドアの開閉音がした。
『列車が発車します、ご注意ください。お見送りのお客様は黄色い線の内側までお下がりください』
いつものアナウンスが流れ、ベルが鳴ったと思ったら、列車の走り出す音がした。景色が左に流れていく、それもだんだん速く。
私の立っているコンクリートが伸びて、すごい勢いで線路沿いを移動しているのだ。あまりのことに呆然としているとまたアナウンスが流れた。
『次は、花霞駅、花霞駅』
車輪が落ち着く気配がし、コンクリートの塊がゆっくりととまった。
そこは何本もの枝垂桜が重そうな花冠をいくつも抱いた、目の覚めるような美しい場所だった。
しかし一本のアナウンスが私を現実へ引き戻した。
『ドアが閉まります、ご注意ください』
このままでは連れて行かれる、と察した私は目の前の鉄条網へ飛びついた。向かいのホームまでたどり着けば助かるはずだ。何の根拠もなかったが、そう思って必死に登った。日に焼けて乾いた鉄条網は握りこむと表面がパリパリとはがれ、粉状になって私の手に食い込んだが気にする余裕はなかった。
プシューと、ドアの閉まる音がする。何とか鉄条網を乗り越えた私は線路へ飛び降り、向かいのホームに突進した。
『列車が発車します、ご注意ください』
再度アナウンスが流れる。時間がない。両手をホームのふちにかけ、かじりついたが、それだけでは身体が持ち上がらない。中空をさまよっていた右足がホームのふちにかかった。渾身の力を込めて引き上げる。
ベルが鳴った。私を起こしてくれたのは駅員さんだった。
ホームで気絶していたらしい。心配そうにのぞきこんでくる顔が遠巻きにいくつもある。微笑んで見せると安心したのか彼らは列車に、きちんと本体も車輪もある列車に、乗り込んでいった。
駅名のパネルは見知った隣町のもので、花霞駅とはどこにも書いていなかった。
ふとホームのはしにはためいているものが目に入った。
近づいてみるとそれは上下一そろいの子供服だった。胸の辺りに写真がはってある。
【探しています。×× ××× 小学3年生 見かけた方は…】
駅員さんに聞いてみた。
毎年春になるとこのあたりで子供が行方不明になるのだそうだ。そして服だけがこの駅の向かいの茂みに取り残されているらしい。というところで目が覚めた。