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ROSS~Legend of Silver Knight

 
 ※伝説の銀騎士に萌えてみよう
 ※騎士子&カプラ ほのぼの
 ※2004/10/31
 
続き
 
 

 混沌の大地に英雄は降り立つ
 禍々しい風をはらむ空から、一条の光がさすように
 たとえば伝説の銀騎士の話
 守護の女神の数多の逸話
 襲いくる魔物の群れから、その身を盾とし守りとおした話
 不埒者の矢も魔法も、すべて耐えしのぎ討ち果たした話
 それは人々の希望
 それは人々の夢
 それは言の葉に紡がれ、伝説となる。

「ええー!?にんじん、売り切れちゃったんですか?うそぉ…!」
「うそと言われても、ない袖はふれねぇからなあ」
「そ、それじゃあ赤ぽとかも……」
「すまねぇなじょうちゃん、またあとで来てくんな」
 そういって看板をカートにほうり込んだ商人の前で、娘はがっくりとうなだれた。いっしょに長い髪がだらんとたれる。腰まである銀の髪は本来みとれるほどに美しい、だが塔の地下に長くこもっていたせいで、いまは泥とほこりにまみれていた。ちょっとクモの巣もからんでいる。
 広場はちょうど昼飯時で閑散としていて、店番のあいまに寝こけてしまった商人が、品揃えの悪い露店をひらいているだけだ。
「ごめんね、にんじん売ってないんだって。おまえ、おなかすいてるのにね」
 娘はふりかえって愛ペコの鼻面(くちばし?)を撫でた。くつわをつけられたペコペコが、気持ちよさげに目を細める。
「しょうがない、カプラさんに頼んで倉庫の中を探してもらおうか。おまえが食べるぶんくらいはあるでしょ」
 娘の言葉がわかったのかどうなのか、ペコペコは一声鳴いた。歩きだした主人のあとを、ペコペコもまたついていく。
 古めかしい石造りの階段をのぼりきった先に噴水が見える。そこを目指す娘は、このあいだ騎士になったばかり。伝説の銀騎士にあこがれてこの道に入ったものの、からだが丈夫なだけがとりえで、剣技のほうはいまひとつ、よく騎士になれたもんだと自分でも思う。仲間の足をひっぱらないために、最近はひとりここゲフェンで武者修行にはげんでいるが、もともと人恋しい性質、ひとり黙々と魔物を狩る日々に嫌気がさしはじめていた。
「こんちはー、倉庫サービスお願いしたいんですけどー」
「あら、いらっしゃいませ。カプラサービスはいつも皆様のそばにいるんですよ」
 蒼天をうつす噴水のまえに、花バンドを頭にちょこんとのせた女性が立っている。言わずと知れたミッドガルド最大手流通会社、カプラ流通機構のサービサーだ。娘が用件を告げると、彼女はどこからともなく小型の通信魔導器を取り出した。
「はぁい、人参の残量確認とお引出しですね?少々お待ちくださいませ」
 サービサーの手が魔導器のうえを動くと、立体映像がふたりの目の前に投影された。娘が登録している倉庫内の品物が、瞬時に画面内に映し出される。
「当社がお客さまからお預かりしている人参の本数は、現在556本です。いかほどお引出しになられますか?」
「らっき、けっこう残ってた。んー、とりあえず256本お願いしまっす」
「かしこまりました、しばらくお待ちください」
 サービサーが呪句をとなえると、魔導器の上にちいさな魔法陣が現れた。同時に目の前の立体映像がぐにゃりと曲がった、それは石畳から巻き起こった渦に吸われて高速で回転する。渦が消え、最後の風が頬を撫でて過ぎさった時、そこにはカプラとでっかく書かれた袋に包まれた注文の品があった。
「ご利用ありがとうございました。カプラサービスをコンゴトモヨロシク」
「どもでーす」
 娘は軽く礼を告げると大量のニンジンが詰まった袋を持ち上げた。近くのベンチに陣取って袋を開ける。新鮮な野菜のにおいがあふれた。
「さー、ごはんにしよっか……って、あらら」
 娘の足元にちいさな水たまりができていた。
 隣を見れば、彼女のペコペコがくちばしからよだれをたらしている。空腹で目がまわりそうでも、お座りの姿勢のままがまんしているペコペコのために、娘は急いでニンジンの小山を作った。
「はい、OK。たーんとおあがり」
 合図と同時に野菜にかぶりつくペコペコ。その健啖ぶりに娘の腹の虫も刺激された。
『あたしもなにか食べに行こうかな。でもペコペコはにおうから、食堂の人にいやがられちゃうかも……』
 騎兵の足であり大事な相棒となるペコペコだが、その独特なにおいを嫌うものも居る。宿屋なら馬小屋のすみを拝借することもできるが、食堂の前につないでおくのは気が引けた。娘は袋の中からニンジンを一本取り出した。ナイフで皮をむくと、えいやっとかじりつく。少々おぎょうぎがわるいが、背に腹は変えられない。
「相当おなかがすいてるんですね、鳥さんもあなたも」
 笑いをふくんだ声にふりむくと、花バンドのサービサーが立っていた。
「あ…はあ……まあ……」
 頬がかあっと赤くなる。娘は口にくわえたままのニンジンをどうすべきか迷った。
「わたしのことはお気になさらず。そうだ、これ使ってくださいな」
 娘のとなりに腰をおろしたカプラ職員は魔導器を操作した。ふたたびちいさな魔法陣が現れ、彼女の手の中に白い陶器の容器が呼び出された。
「はい、どうぞ」
「なんですか、これ?」
「新鮮卵のマヨネーズです。スティックキャロットには、やっぱりこれでしょう?」
「え?い、いいんですか?ありがたくいただきます!」
 娘はぱっと目を輝かせ、袋の中からさらに二本のニンジンを取り出す。皮をむいて棒状に切って、ベンチのうえに敷いた清潔なハンカチに並べた。当然の権利としてサービサーもつまんだ。
 マヨネーズはまろやかで、爽やかな風と高い空にかこまれてかじるニンジンをいっそうおいしくする。雲ひとつない空の下、ゲフェンはサファイアのドームに包まれてるようだ。
 カプラサービスを利用する客の訪れもなく、ふたりと一羽はのんびりと大地の恵みを楽しんだ。
「ああ、おいしかったわ。ごちそうさまでした」
「いえ、おそまつさまでした。マヨネーズ、ほんとにありがとうございました」
「いえいえ、カプラサービスは皆様とのふれあいをだいじにしているんですよ」
 お定まりのセールストークをちょいとひねった文句に、娘がころころと笑う。そんな娘に、サービサーが声をかけた。
「またこれからゲフェンタワーに行かれるのですか?」
「ええ、地下をひとまわりしてこようかなって」
「最近、がんばってますよね」
「仲間うちであたしだけ遅れがちだから、がんばらないといけないんですよ。でもなかなか……ですね」
 苦笑する娘に、職員はやさしく微笑む。
「知ってますか?この塔ではかの銀騎士も修行したらしいですよ」
「え?その銀騎士って、『あの』銀騎士ですか?」
「はい、そうです。ご存知のようですね」
「知ってるも何も!あたし、あの方にあこがれて騎士を目指してきたんです」
「まあ、そうなんですか?それじゃ、がんばらないといけないですね」
「はい!」
 娘は視線を動かした。その先には彼女が武者修行の場としている塔がある。
 眼下に広がるゲフェンの町並み、その中心にそびえたつゲフェンタワー。魔法都市ゲフェンの象徴であり、異界への門を封じる要石だ。地下には無数の魔物が跳梁跋扈し、心の闇をうつしとる幻魔もあらわれる。伝説の銀騎士が訪れていたとしても不思議ではない。
「……そうか、あの方もここで修行したのかあ……」
 娘はまぶしそうに塔を見た。
 見慣れた塔も、今はすこし違った色彩を帯びている。
「そうだよね、誰だって最初から強いわけじゃないもんね。あたしもがんばろうっと!」
 騎士の娘は両のこぶしをぎゅっと握ると、サービサーに別れを告げて愛鳥にまたがった。主人の元気が伝わったのか、ペコペコは勇ましいときの声をあげてゲフェンタワーに向けて突進する。陽光が、彼女の鎧をきらめかせた。

「いらっしゃいませ。カプラサービスはいつも皆様のそばにいるんですよ」
 ゲフェンタワー前、噴水広場のサービサーは本日も大忙しだった。次から次へと客が立ち寄り、まったく息つくひまもない。もっともそれをさばいてこそのサービサー、一点の曇りもない営業スマイルが自慢だ。
「あの……」
「いらっしゃいませ。カプラサービスはいつも皆様のそばにいるんですよ」
 ノビスの少女に声をかけられ、彼女はにこやかにふりむく。
 だが少女は二の句を告げない。なにか迷っているのか、うつむいて両手をもじもじさせている。少女の後ろには新米マジシャンがふたり、迷う少女を止めようとしている。
『なんでもいいですから早くしてほしいですね~……』
 花バンドの彼女は、ひきつりそうになりながらも笑みをたやさず少女の言葉をまつ。
「ねえ、やめときなよ」
「三人で魔法士になろうって決めたじゃない」
「…う、うん……そうだけど……」
 とうとう、気の短い冒険者のひとりがまだかと怒鳴った。サービサーはそちらに向けて、はいただいまと言葉を返す。
「お客さま、申し訳ありませんが他のお客様がお待ちですので」
「え、あ…」
「お決まりしだいお声をかけてくださいませ、すぐにうかがいます」
 彼女はそう言ってノビスに背を向けた。そのとき。
「あの、あの、倉庫のものぜんぶ出してください!」
 居あわせた者が思わずふりむいてしまうほどの大声でノビスの少女は叫んだ。
「ええっ!?」
「ほんとに、ほんとに魔法士やめちゃうの?」
 サービサーが答えるよりも早く、新米マジシャンたちがノビスにつめよる。ノビスの少女は意を決した様子で、仲間を見つめる。
「ごめんねふたりとも。わたし、やっぱり騎士になりたい。塔の地下に迷いこんだわたしたちを、魔物からかばって助けてくれたあの銀騎士様みたいな、強くてやさしい騎士になりたい!」
 ふたりの魔法士は顔を見あわせた。困ったような表情は、やがておだやかな微笑に変わった。
「そっか、おとなしいあんたがそこまで言うんじゃ、しかたないね」
「そうね。それにあなたが騎士を目指すなら、あたしたち3人、もっといろんなとこに行けるかもしれない」
「……じゃあ…」
「うん、なりなよ。騎士」
「仕度できたら、イズルートに行こう。ニンジンもってさ」
「あ、ありがとう……ありがとうふたりとも!」
 少女は感激のあまり2人に抱きついた。カプラ職員は年若い彼女たちの友情に目を細め、魔導器の操作を開始する。召喚の渦が現れ、気流が巻き起こる。
 まだ仲間の胸元に顔をうずめて泣いているノビスの少女、その背中の銀髪が、風に舞いキラキラと輝いた。

 混沌の大地に英雄は降り立つ
 禍々しい風をはらむ空から、一条の光がさすように
 たとえばノビスを助けた娘の話
 ちっぽけな日常の一コマ
 すぐに忘れてしまうありきたりな話
 いつかどこかで耳にしても自分のこととは思わない話
 それはふとしたきっかけ
 それはちいさな真心

 やがて言の葉に紡がれ、伝説となる。