大聖堂の廊下を、老婆が歩いている。
※プリとアコ
大聖堂の廊下を、老婆が歩いている。
迷子の目のまま、おろおろと。
荘厳な内装は彼女を畏怖させ、行き交う人々は皆彼女の脇をすり抜けていく。老婆は誰かとすれ違うたび、声をかけようとして戸惑う。
花園へ行かなくてはならないのにどう行けばいいのか分からない。こんなにも心は急き立てられているのに。
どの角を曲がればいい、どの廊下を行けばいい、どの階段を使えばいい、どの扉をくぐればいい。
どこへ行けばいい?どこへ行こうとしていた?
老婆は道を見失っていた。
彼女はぐったりと疲れ、痩せた両足は老いた体を支えるので精一杯だ。ここまで来たのだ、あともう一歩なのだ。それは分かっている。なのにあと一歩が分からない。
誰に聞けばいい、誰にすがればいい、誰が知っている、誰が導いてくれる。
どうすればいい?何をすればいい?
衝動のまま歩を進めるも、よたよたと数歩動くのがやっと。焦燥が彼女の心を削る。聖堂の空気がのしかかり、雑踏は孤独と化して氷雨のように彼女を侵食する。
ついに老婆はひざをついた。
大聖堂の豪奢な紅い絨毯の上で、彼女は疲弊しきっていた。両の目がみるみるうちに濡れ、最初の一粒が転がり落ちようとした、その時だった。
「ありゃ、おばあちゃんどうしてん?」
すぐ隣の扉が開かれ、若草色の髪の青年が声をかけてきたのは。
司祭の祭服を着込んだ彼は人懐っこい笑顔でおいでおいでと手招きした。
通された部屋は明るく、裏庭に続く扉と簡易なキッチンがあった。
「遠いところ歩いてきて疲れたやろ、これ飲んで一息ついてや」
老婆は恐縮しながら青年が用意してくれたカップを受け取り、口をつけた。やさしいぬくもりがのどを潤し、自分が乾いていたことにやっと気づく。そうだ、今まで歩き通しだったのだ。冷えた体のままで。たなごころに乗せたカップからじんわりと熱が伝わってくる。老婆は身も心も温まるような気がした。
おおいと、誰かに呼ばれた。
老婆が顔を上げると、窓の向こうに人影があった。白い服の老人が、窓に両手を当てて彼女を呼んでいる。
老婆は息を呑む。老人は彼女の亡き夫であった。老婆の目が限界まで見開かれ、先ほどとは違った涙があふれだした。
ああ、ここだ。ここだったのだ。私はここに来たかったのだ。
老婆はまろぶように駆け出した。扉を開ける。真っ白な光があふれ、老婆を包む。その光の真ん中にいる愛しい夫を目指して、彼女は腕を伸ばした。
「失礼します」
ノックの音のあと、銀髪のアコライトが部屋に入ってきた。若草色の髪の上司は、デスクチェアの上でのんびりとくつろいでいる。開いたままの裏庭に続く扉が、春風に揺られてきいと鳴った。
「送られたのですか?」
「ん」
司祭はこっくりとうなづく。そうですかと返事を返して、アコライトは扉を閉めた。
「暖かくなりましたね」
「花見の季節やな」
「そうですね」
「裏でやるか」
「ご冗談を、確かに花木はありますが」
部下は苦笑した。裏庭の先には、花に囲まれた共同墓地が広がっていた。