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ROSS~クッキーの崩れる音

 
 ※アサ助と姫WIZに萌えてみよう
 ※アサ助×WIZ姫 ラブコメ
 ※2004/10/31
 
続き
 
 

「バレンタインである。よってそちにこれを遣わす」
 などというありがたいお言葉とともにオレが一ヶ月前にもらったのは、店売りの板チョコ。
 どう考えても義理だよな、あれ……。
 なのに何故オレはアルベルタくんだりまで行きましたか。こんな1個3kとかいうクソ高ぇクッキー買いましたか。しかも詰め合わせだコンチクショウ。超ぼられた気分。
 それと売り子のお姉さん、ラッピングしてくださいって言ったとたんニヤニヤすんのはやめてくれ。「がんばってくださいね」とか耳打ちよこすな。こちとら万年ソロのアサシンだっての。
 いやね、このクッキーの送り先はね、たしかに女ではあるんだが、いつも肉やらミルクやらハイスピやら低級カードやら融通してもらってるからね、ほらなんてえの?お返しって言うか誠意って言うか、チョコの礼にかこつけて感謝の気持ちを表したいなあとかそういうのであって、けっしてやましい気持ちでは(以下内容重複につき3万行削除)、OK?
 だからつまりその程度のしろものであってですね、他のギルメンが返礼にオレのクッキーなんかよりよっぽど高くてレアいもんをあげてたからってオレがへこむ理由はどこにもないわけで……。

 潮風が気持ちいいなあ。空は今日も青いですね。
 浜辺に座ってぼーっと水平線を眺めているオレです。

 へこんでませんよ?ほんとほんと。
 ちょっとクローキングで逃げてきちゃったうえに、クッキー返品しようと思ったら「できません」って笑顔で言われて途方にくれてるぐらいで……どうしようかな、これ。
 ため息とともに視線を落とせば真っ白な絹の袋に金色のリボン。品がいいですね、王室御用達なだけあります。リボンをほどくと甘い香りがふんわり。でもふしぎと食欲は湧きません、普段なら1も2もなくかぶりついてるのに。
 ついでなのでひとつ取り出してみます。小人をかたどったクッキーは目鼻もきちんとついていてたいへん愛らしゅうございます。捨てるのもなんだし、頭から食いちぎってやりますか。断末魔でもあげるがいい。いや、ほんとに叫んだら怖いけど。
 バターたっぷりのクッキーは、軽く歯を立てるだけでさりっと小さな音をたてました。
 う、甘い。
 口にしたとたん腹の底がむかついて吐き出しそうに。おかしいな、オレ甘いものは嫌いじゃないはずなんだけども。思ったよりずっとダメージでかかったのかな、やっぱ。
 立ち上がって伸びをして、それからまた座りこんで、もう一度立ち上がって、クッキー片手にうろうろ歩いて、アホですかオレは。あーあ、ヤだヤだ!
 袋の口を全開にし、中身を海へぶちまけた。薄茶の破片が波間に散らばり、揺られるたびに重く濡れる。さよなら、オレの15k。財布がすっかり軽いです。ヤツのように高価なものを、さらりと渡せる身分になりたいけど。こんなことじゃおまえにプレゼントなんて夢のまた夢。打ち寄せられたクッキーが波打ち際でゆらめいている。名残惜しげに見ている自分に気づいて、舌打ち。
「食べ物を粗末にするとは何事か」
 聞きなれた声が耳を打った。振りかえれば、砂に触れるのを嫌がってマントをたくしあげたウィザード。茶巾袋に見えますよ、おまえ。それより何故ここに。
「いい年した男(おのこ)の行動とは思えん」
 彼女はオレを無視してまっすぐに波打ち際へ進むと、そこで揺られていたクッキーを拾いあげた。そして海水をたっぷり吸ったそれを口に運ぶ。
「潮臭い」
「そりゃ……そうだろ……」
「然り。それよりそち、何ゆえ人の顔を見るなり姿を消すか。本日はホワイトデイなるぞ。いやしくもチョコレィトを受け取ったならば、礼のひとつでも言うが道理であろう」
「あら、ばれてたのね。うまく隠れたと思ったのに」
「何ゆえあのような無礼におよぶ。不可解至極也、早急につまびらかにせよ」
 ごまかそうとして飛ばした挑発は見事にスルーされた。単刀直入はおまえのいいとこだと思うけども、なんだかどてっぱらに脇差ぶちこまれた気分です。
「……」
「申せ」
「……」
「言わんのか」
「……」
「……」
「……」
「……」
 無言の押し問答の続くこと十数分。青い瞳がひたりと見据えてくる。それは怒ってるように見えて、怒ってるんじゃなくて、何かあったのかと心配してる目だってわかる程度に、オレはおまえのことを知っているから。
 逆らえないんだよなあ。
 観念して、オレは全部話した。バレンタインにチョコもらったのがうれしかったこと。義理だとしても、とてもうれしかったということ。お返しになにかいいものをプレゼントしたいとはりきったこと。結果はお察しくださいだったということ。仕方ないからおまえの好きそうなお菓子を買ったこと。たまり場に戻ったら、オレのプレゼントよりよっぽどいいものをおまえが受け取っていたこと。で、激しく落ち込んで逃走したということ。
 すべてを語り終えたオレに、彼女は腕組みをして一言。
「そち、ひがみっぽいな」
「うるせー」
 泣きそう。
「品物そのものに価値などないわ。重要なのは誰からどのような思いで受け取ったかであろう。隣りの芝生に目を取られて礼の精神がおろそかになるとは嘆かわしい」
「そんなポンポン正論言うなよ。オレが悪いのはわかってんだよ」
 そうさ、顔を見るなり逃げ出せば誰だっていやな気分だよな。しかもそれがオレの一人相撲のせいだってんだから救われねえ。だけどさ。
「……たまには見栄はりたかったんだよ」
「何ゆえか。そちが手元不如意なことはギルドの誰もが知っている。無理をして高価なものを買う必要はない」
「それでもそうしたかったんだよ」
「解せん」
 とことんまで追求するなあ。
 オレはため息をついた。
「だってね、おまえ。甘えてばかりなのはきついもんがあるんだぜ。いつももらってばかりで、返せるものなんてなんにもなくて。でも懐苦しいからついおまえの好意に頼っちまう。そうしてると段々、自分で自分がいやになっていくんだ」
 ウィザードはそうかとつぶやき、うなだれた。
 言葉が見つからなくて、オレは頭をかく。
 カモメが鳴いている。波は幾重にもやわらかく打ち寄せ、白い波紋を作りだしては消えていく。クッキーはもう見えない。ほろほろと崩れて沈んでしまった。
 いたたまれない空気をかみしめながら、海を見る。
 うつむいていたウィザードが、もう一度そうかとつぶやいた。
「ありがとうしか言えないのは、みじめか」
 やっぱりおまえは賢いね。オレが探しきれなかった言葉をいともたやすく拾いあげる。オレは彼女に顔を向けた。沈んだ瞳に罪悪感を感じながらも、うなづく。
「ごめんな、わがまま言って」
 彼女がふっと笑って首を振る。
「忘れておったわ。そちと私は似たもの同士であったな。独りで努力するそちに向けての応援のつもりだったのだが……。ふふ、難しいものよ」
 潮風が彼女の髪を揺らす。気持ちよさげにそれを受け、たくしあげていたマントをおろした。風が浅黄色の布をなびかせ、砂の上をゆるくなぞって紋を描く。
「ところで」
「ん?」
「私への礼はどうなったのだ」
 ホワイトデイの?
 目で問うと、彼女はこっくりとうなづいた。猫のような瞳がにっと細くなる。
「プロンテラにいた私をここまで走らせた対価が塩水漬けクッキーか?そちはそこまでおめでたいのか?」
「言うね、おまえ」
 オレは吹きだしながら、まだ手にしていたクッキーの袋を海に放り投げた。金色のリボンが陽光を浴びてきらめく。舞い落ちたそれは輝いたままゆっくりと蒼い水面に吸いこまれていった。
「腹減ったなあ」
「同意也」
「何食う?」
「そちが決めよ」
「そうだなあ……」
 オレは財布を確認し、倉庫の中身に思いをめぐらせた。たくわえはそこそこある、ぱあっとやるのも悪くない。目の前で笑うウィザードに、ありがとうとよろしくを兼ねて。
 ちょうどむこうから船も出てるし、コンロン行って点心でも食いますか。

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   from 小説書きさんに100のお題 No.72