※モンク子に萌えてみよう
※WIZ男×モンク子 微グロ
※2004/10/31
この世は神の見る夢で、私たちはその中に浮かぶ幻に過ぎない。しかし夢の登場人物である我々が、あまりに悪業を重ねれば、神は悪夢に苦しみ目をさます。そして我々は消えてしまうのだ。シャボン玉のようにぱちんと消えてしまうのだ。
だから善業を積んで神が安眠できるようにしなくてはならないのですよというお説教がその後ついてまわったのはおぼえている。だけどまさかそれが本当のことだなんて誰も思ってなかった。わたしだって思ってなかった。いくら教典の冒頭にそう記されているからといって、うのみにはしなかった。信じはしないが敬意は払う、それが知性ある大人の信仰のありようだったのだ。だからそれがそっくりそのまま事実だと判明したときの人々の慌てようときたらなかった。しかもわかったところでどうしようもないのだった。最初、人々は終末に抵抗しようとした。いがみあっていた人々がすべて休戦し、魔物よりも逼迫した事態の打開に向けて動いた。最高の知力と最高の武力と最高の権力と最高の財力と最高の政治力。それらがすべて集結し、あらんかぎりの努力をした。そしてもうどうしようもないのだということがわかると、一気に瓦解した。最初、国王はこの破滅を隠匿しようとしたらしい。だけど人の口に戸は立てられない。しだいに噂は広まっていき、とうとう自棄を起こした広報官がぶちまけた。大陸は、未曾有の混乱に陥った。
一週間後に世界が終わると知ったとき、わたしの頭に浮かんだのは、恥ずかしながらとうの昔に別れた男だった。なんとなく出会い、なんとなく別れた。それ以来音沙汰がない。風の噂で結婚したことを知った。連絡はこなかった。それだけの関係だったのだ。
なのに思い出すといてもたってもいられなくなり、わたしはすがる恋人を振りきって家を出た。なにしろ時間がないのだった。わたしの居るカピトリーナ修道院から、彼が住んでいるゲフェンまで、この国を横断しなけりゃならなかった。たどりついたとしても、彼がそこに居ない可能性は大いにあった。迷惑がられる可能性はさらにあった。だけど、このまま何もせず手をこまねいて終末を迎えるよりはましだった。
恋人のことは確かに愛していたし、今も愛していると思う。こうして走っていても胸がズキズキと痛んで、申し訳ない気持ちがあふれそうになる。この土壇場になって裏切った自分に反吐が出そうになる。でもわたしの足は止まらない。野を踏み、段差を飛び越え、一息で丘を越し、わたしは走る。恋人、師父、お世話になった先輩、わたしを慕ってくれる後輩、命を預けあった冒険仲間、血よりも固い絆で結ばれていると思ったそれらが、どんどん遠くなっていった。謝ってるひまもなかった。きれいごとを並べる時間も、自分に嘘をつく余裕もなかった。たまらなくなってわたしは吠えた。吠え狂いながら走りつづけた。自らに速度増加の秘蹟を途切れなく施し、彼がいるはずのゲフェンを目指して疾駆した。
途中、首都を通らねばならなかった。首都は躁に駆られていた。門に近づくとワイン樽を抱えた検問官が、「喜びと希望の街、プロンテラへようこそ!」と叫んでわたしに投げつけてきた。思わず拳を突き出すと、樽はあっけなく割れ、わたしはワインまみれになってしまった。地面の上に出来た赤紫の酒だまりに、倒れ伏していた人々が芋虫のように近寄り、口をつけてすすりはじめる。わたしはそれらを無視して西門を目指した。しかし首都の中央にたどり着いたとき、あまりの人ごみに立ち往生するはめになった。中央の噴水広場は祭りの日のように派手に飾られ、ぎっちりと人が集っていた。人ごみをすかして見ると噴水の前に仮設舞台が設けられ、そこではひとふりのブレイドを手にしたノビスの少女が演説していた。彼女は自分がこの世界に生まれた幸運と仲間と過ごした日々のすばらしさをせつせつと語り、最後に大変革(そう呼ぶ人もいた)後の新たな世界を信じると言いきった。群集は大いに沸き、彼女は手を振ってそれに答えると、「それでは皆さん、お先に失礼します」そう言って手にしていたブレイドを腹につきたてた。苦痛に顔を歪ませたのは一瞬で、彼女はにっこり笑うとブレイドを横一文字に動かした。腹圧で赤や緑の内臓が噴き出した。彼女は得意満面ではみ出た腸を頭上高く掲げると、ラウンドガールのように壇上を一周し、ぱったり倒れた。群集は拍手喝采。紙ふぶきが飛びかい歓声がこだました。すぐに壇上へ次の人影が踊り出た。若いシーフの男だった。彼もまた愛用の短剣について心温まる逸話をひとくさり話すと、それで頚動脈を掻き切った。噴水のように血しぶきがあふれ、観衆の上に降りそそいだ。祭りの勢いは高まる一方だった。わたしは人ごみをかなり強引なやりかたで抜けていったが、誰も何一つ文句を言わなかった。足を踏まれようが背中を小突かれようが、魅入られたように壇上を見つめつづけていた。突然うしろのほうから轟音が聞こえた。反射的に振り返ると、ちぎれた腕や生首が人々の頭の上を飛ぶのが見えた。武器を手にした一群が人ごみに押し入り、そこで無差別な殺戮を始めていた。殺戮者は豪華な装備で身を固めてはいたが、ありがちな叫びも、熱狂的な空気もまとわず、どいつもこいつも石のように無表情のままひたすら剣や斧を振るっていた。ペコペコに乗った騎士がボーリングバッシュを打つと、おもしろいように人体が破裂し、四散する。壇上にあがった自殺志願者をハリネズミにしていたハンターが、横から飛んできた電撃に撃たれ、のた打ち回って動かなくなる。メマーナイトを連発していたブラックスミスが、カートを群集に奪われて轢き殺される。あたりは死にたがって前へ出るやつと命が惜しくてうしろへもぐりこもうとするやつがぶつかり、壮絶な殴り合いがはじまりつつあった。わたしは混乱の中、ただひたすら西を目指す。殺気だって向かってくる人の波を避けるうちに、とうとう人ごみの外へ抜け出すことができた。群れからはずれたわたしを弓や魔法が狙い打つ。だが暴動のおかげでそのどれもが見当違いの方向へはずれ、わたしはかろうじて物陰にすべりこむことができた。細い道を走り抜ける最中に、折り重なって倒れている人たちに出くわした。こちらは毒でもあおったらしい。口元が赤の混じった吐瀉物で汚れているほかには、目立った外傷はない。おそろいのワッペンをつけ、みんなで手をつないだまま絶命していた。わたしは速度を落とさず、ごめんねとつぶやきつつそれらを踏み越えた。西門はもう目の前だった。わたしは通りへ出た。ところが西門からわらわらと人が押し寄せてくる。みな恐怖に憑かれ、顔は真っ青だ。
「逃げろ!深遠がいるぞ!」
血走った目の検問官が叫ぶ。
どぉん。どぉん。
腹のそこに響く重低音がする。石造りの門からぱらぱらと埃が落ちてくる。門の向こうにその身を破壊槌と化して城壁にぶつける魔物たちの姿が見えた。せめてもの防衛のためだろうか、わたしの目の前で、門が閉じていく。冗談じゃない。
わたしは人の波に逆らい、全速力で門に向かった。深遠の騎士が、肉のこびりついた大剣をふりかぶるのが見えた。わたしはまっすぐにつっこんだ。わたしの心は、ずっと先を、ゲフェンの方角だけを向いていた。わたしが走り抜けた直後、闇色の剣が旋風を伴って門を両断した。
幸いにも魔物の目は首都に釘付けのようだった。なかには新鮮でおいしいごちそうがたっぷりつまっているのだから。そのおかげでわたしは瘴気を放つ包囲網を抜けることができた。
昼と夜が交互にやって来るなか、わたしは野ウサギのようにこまめに休息と疾走を繰り返し、ゲフェンを目指した。野外には、まともに暮らしていれば一生顔を拝むはずのない悪魔や不死者が、あきれかえるような巨躯をさらけだして悠々と闊歩していた。ふたつの太陽はいまや完全にその栄光を失い、地の底に押し込められていた魔物たちが1000年ぶりに顔を出していた。襲われそうになることもたびたびあった。そのたびにわたしは脱兎のごとく跳ね起き、頼りないヒールで傷をごまかしては命からがら逃げおおせた。彼らは深追いはしてこなかった。どちらかというと窮屈な洞窟から開放され、思うがままに威容をさらす喜びを味わっているようだった。
カピトリーナを出て、7度目の太陽が昇った日。わたしは、とうとうゲフェンについた。
魔術士の街は、表向きは穏やかだった。人影は少ない。みな家の中に引きこもっているようだ。時折爆音が上がる以外は、静かなものだった。街のシンボルである塔は見事にぽっきりと折れて間抜けな姿を晒していた。主だった建物はすべて破壊の憂き目を見ていたが、民家の類は比較的無事だった。角のカフェテリアが、奇跡的に店をあけていた。昔、ふたりでよくこの店のランチを食べたものだった。そうおいしくはなかったけど、値段が安いものだから常連になっていた。若い店主は二代目らしく、わたしのことをおぼえていなかった。彼は無気力に手を振ると「コーヒー?そこに豆があるから好きなだけもって行きなよ」と言った。わたしはありがたく高級品をちょうだいしていった。わたしはおぼろな記憶だけを頼りに小道を歩いた。宿屋の裏手のひなびたアパルトメント。記憶の中よりもずいぶん煤けて、それはあった。一階の角部屋が彼の部屋だった。昔、わたしはよく、せめて二階だったら、もっと日当たりがよかったのにって不平を言ったものだった。わたしがそういうと彼はいつも、室温が一定だから本が傷まなくていいだなんて、よくわからないなぐさめをくれた。今、窓をのぞきながら、わたしは彼の部屋が一階だったことにちょっとだけ感謝した。
部屋の中は本の森だった。窓際にもうずたかく本がつまれて埃をかぶっている。すきまからメモやプリントや筆記用具やけしかすや汚れたコップで散らかり放題のテーブルが見えた。人影はなかった。
彼は、いなかった。
わたしは肩をすくめて苦笑した。発作的に飛び出し、大事な人をすべて捨て去り、命の危険を冒して、走って、走って、走りつづけて、わたしは何をしたかったのだろう。ただ焦燥に駆られただけで、彼のことはただのきっかけなのかもしれない。忘れてしまうほど奥のほうでくすぶりつづけていた思いに、止めを刺しに来たのかも知れない。なんにせよ無軌道で無意味な行い。わたしを知る人も知らない人も、誰もがわたしを責めるだろう。だけど、それならそれでいい。そう思った。妙にすがすがしい気分だった。そんなことを思う自分がおかしくて、わたしはくすくす笑った。
さて、もはやカピトリーナに戻る時間はない。長距離を移動する転送ゲートは不安定だし、その秘法を握るカプラサービスは真っ先に壊滅した。残り少ない時間。終末までどうすごそうか。わたしはかかとを鳴らして回れ右をした。そしてそこに、道の真中で棒立ちになっている人影を見つけた。その部屋着の上からだるそうにひっかけたウィザードのマント。見覚えのある灰蜜色の瞳。痩せた、細いシルエット。
「……」
「……」
彼は驚いて口も聞けないようだった。わたしも不意を突かれてかたまっていた。別れを告げてからずいぶんと時がたっているのだから、なにかもっとこう歳月をへた者独特の余裕を感じさせる再会シーンを決めたかったのだけど、予想外の事態にお互いハトが豆鉄砲を食らった風でしばらく突っ立っていた。
まばたきするたびに、彼の目にいろんな疑問が浮き上がってくるのが見えた。そのどれもが飽和して、また沈んでいった。半開きの口がかすかに動き、何事か言いかけては止まった。わたしもまた、千の言葉を舌にのせそこね、いたずらに唇を湿すばかりだ。探りあうような沈黙は続き、やがてそれは彼の長い吐息でおしまいを告げた。それを合図に、先ほどまでの戸惑いが嘘のように、わたしの口からなめらかに言葉が出ていく。
「おひさしぶり」
「ひさしぶり」
「元気?」
「元気」
「なにしてるの?」
「あいかわらずだよ」
「そう」
「うん」
「コーヒーもらってきたの」
「ありがとう」
彼はドアを開け、わたしを部屋の中に招きいれた。狭い室内は外から見た以上にちらかっていた。炊事場に至っては年単位で使った形跡がない。きびきびした生活の痕跡はどこにも感じられなかった。
「奥さんは?」
「いないよ」
「結婚したって聞いたわ」
「逃げられた」
「誰かに会いに行ったの?」
わたしのように。
「いや。二年前、弟子と」
そう言って彼は頭を掻いた。わたしはことの次第を飲み込むと即刻彼に檄を飛ばし、人心地つくスペースを確保させる。自分は炊事場に応急処置を施してお湯を沸かした。戸棚の隅にわたしが買ってやったコーヒーメーカーがそのまま残ってたからそれも利用した。
「あんたこんなものいつまでも取っておくから、嫁さんに逃げられるのよ」
「一理あるな。次に結婚するときは検討する」
ぬけぬけと言ってのけた彼をわたしは小突いた。ちいさなテーブルを囲んで、パンとチーズのランチを取った。どちらも彼が無人の店先から拝借してきたものらしい。砂糖もミルクも探すのが面倒だったからコーヒーは苦味をそのまま味わった。遠くから、思い出したように爆音が聞こえる。花火の音を聞いているようだ。
「静かね、ここ」
「そう?」
「プロンテラはすごかったもの。外は魔物、中は暴動で。もうみんな半狂乱」
「ここも数日前まではそれなりに荒れてたよ」
「そうなの?」
「自暴自棄になるやつが多くてさ。ここぞとばかりに街中で大魔法を連発してみたり。このあたりも一時期危なかった」
「ああ、それであちこち派手に壊れてるのね。いまはおさまってるみたいだけど」
「同士討ちをやらかして潰しあったからね。いまゲフェンに居るのは行く宛のない小市民ばかりさ」
「もしくはあんたのような隠者くずれ」
「あるいは君のような変人」
笑いあう。またしばらくとりとめのない話を続けた。だが、さすがに共通の話題は少ない。食事も終わるころになると会話は途切れがちになった。なかば瓦解した隣りの家の、焦げたドアや折れた梁、砕けたレンガが、日ざしのなかで光っているのを、無言のままふたりで眺めていた。なにも言いたくなかった。沈黙が心地いいと感じたのは久しぶりだった。ふと、彼が視線を動かし、時を確認する。
「散歩に行こうか」
ああ、そろそろか。断る理由はなかった。わたしと彼は連れだって外へ出た。鍵はかけなかった。盗られて困るものは何一つなかったから。
街の中心部に近づくにつれて、惨禍の痕が多くなった。瓦礫に埋もれて、死体が転がっている。既に腐敗がはじまっていて、物のすえたような甘酸っぱい匂いがあたりに立ち込めていた。カラスが何羽も飛来しては、焼け焦げた肉のあいだからこぼれる臓腑をつついていた。わたしたちはそれらを踏まないように注意しつつ焦げ臭い街をあるいた。街の中心を貫いていた塔は、切り取ったようにきれいに上半分がなくなっていた。ヌシが出てきたんだと彼が教えてくれた。近寄ってみると、塔は巨大な煙突のようだった。青空の下で静かにたたずんでいた。
塔を見あげていると、カラスにたかられ過ぎてバランスを崩した死体が、瓦礫とともにわたしたちの目の前に落ちてきた。落ちてきた死体は、忘れ去られたトーストのように真っ黒になった背中と裏腹に、前面にこげ痕はなく、かっと見開いたままの目が空をにらんでいる。驚きからくる硬直がとけると、彼は死体に近寄り顔をなでて目を閉じさせようとした。だけど、意識を永遠に手放した肉体は、まぶた一つ思い通りにならない。わたしも試してみたけど、死体は冷たく、べたべたしたねばっこい感触がした。油粘土でもさわっているようだった。まぶたは何度閉じさせてもうっすらと開いてきて、眠りたがらない子どものようだった。彼がポケットから銀貨を取り出して、両の目にのせてやった。
「偽善者だな」
「なにが?」
「こういうことをする自分がさ」
「そうかしら」
「そうだよ。君がいなかったら素通りしてた」
「わたしもよ」
あっけらかんと答えたのが気に入ったのか、彼はのどを鳴らして笑った。いくら取り繕っても、所詮死体は死体で。花と涙に埋葬される死者は、やはり特別なものなんだろう。特別だからこそ心に残るし、特別だからこそ人間らしい感傷も抱けるのか。わたしには哀惜も敬意も感じられはしなかった。ただ、気味が悪かった。
わたしは彼を促してその場を離れ、街を出て巨大な橋を渡る。大運河を横切るのは気持ちいい。水面をなでる風は清らかで、陽光が躍るさまは大自然の力強さを感じさせる。ここには焦げ臭い空気もすえた匂いもない。振り返れば廃墟と化したゲフェンがあるというのに、まるで別天地だ。
この風光明媚を絵に描いたような風景を一望しようと、わたしたちは物見台へ向かった。それは橋を渡って右に曲がったところにあって、まだ平和だったころは観光名所として人気の高かったスポットだ。いかなる技術によるものかは知らないが、家一軒ほどの大きさの土塊がいくつも宙に浮いており、見えない楔によってつなぎとめられて風のなかで揺れている。そこから望む景色は目もくらむほどに美しい。しかし今、空に浮いた物見台は先客でぎっちり詰まっていた。せめて最後にこの景色を目に焼き付けてからと思っているのかどうかは知らないが、せっかくの物見台には黒山の人だかりが出来ていて、おさまりきらなかった人がはしからぼろぼろとこぼれていく、あるいは手に手を取って飛び下りる有様だったので、わたしたちは予定を変更して左へ曲がり、橋と運河を臨む小高い丘の上に陣取った。ぽかぽかとよい天気だった。わたしがサンドイッチを作ってくるべきだったというと、彼もまじめな顔をしてせめてコーヒーぐらいもってくるべきだったなとうなづいた。うかつだった。豆は使い切ってない。
「せっかく高いのをもらってきたのに」
「ああ、そうなの?レギュラーだと思ってた」
「味のわからない人にいれてあげるコーヒーはありません」
「うそうそ、えーと、ブルーマウンテンだよね」
「適当言ってるでしょう」
「うん。……ギブギブ!ロープロープ!」
ちょっと四の字固めを決めただけなのに彼はあっさり音をあげた。
「隣り、いいですか?」
背後から声をかけられて、わたしたちは振り向いた。商人とアコライトのふたり組みがたっていた。ふたりともまだ幼さの残る顔立ちだ。
「いいですよ。どうなさったんですか?」
「いやあ、ふたりで死のうと思ってここまで来たんですけどね」
「お互い相手が死ぬのを見るのがいやで、先に殺してくれって言い合ってるうちにけんかになっちゃって」
「そこにあなたがたを見かけて、なんとなくついてきた、と」
若い二人は手をつないで照れくさそうに笑っている。
「かまいませんよ、どうぞ」
ふたりはうなづき、わたしたちの隣に座った。
丘の上で談笑するわたしたちを見かけて、人々がぽつぽつと集まってきた。遠すぎず近づきすぎず、一定の距離を保って座りこみ、隣りにいる誰かと会話を交わしはじめる。
空は、薔薇色に染まっていった。夕暮れには早く、夕暮れよりも鮮やかだ。ふたつの太陽は光る雲に隠され、中天にはぽかりと渦が浮きでた。空全体が重く対流をはじめ、赤や紅や桃がからみあい溶けあい渦に吸い込まれていく。空気もまた発光をはじめていた。輝きを受けてあらゆる物がくっきりと浮かびあがる。フィルターをはぎとられたようだった。草木はこんなにも濃い緑だったのか。あの運河はあんなにも深い蒼だったのか。煤けたゲフェンでさえも、今はまばゆい。
彼の手をにぎりたくなって、わたしは手を動かした。思いがけず指の先にあたたかく固い感触があって、目をやると彼もまた私の手をにぎろうとしていた。視線を交わして、微笑みあった。初めて会ったときのように。
地平線がぶれていく。空はもう目もくらむような色彩の洪水だ。渦は次第に勢いを増していく。やがてすべてあれに吸い込まれる。世界は終わる。
だけど、それがどうしたというんだろう。いつ離れ離れになってもいいように、わたしたちは、ゆるく手をつないだ。