※プリ兄とアチャ子に萌えてみよう
※クリスマス ほのぼの
※2004/12/24
祭りが近い。皆浮かれている。
わたしの妹も例外ではなく、昨晩から弓の手入れに余念がない。
毎年恒例の玩具会社キャンペーンに加え、カプラ社の協賛イベントも行われるので、今年は一味違った豪華な祭りになるそうだ。わたしはたいして興味を抱けなかったので、朝食の準備の合間をぬって生返事をかえす。普段なら「おにいちゃん感じわるーい」と唇をとがらせる妹だったが、今日は気がせいてならないらしく朝食をたいらげると弓矢をつかんで飛び出していった。わたしはその背中に手を振り片づけを済ませると、いつもどおり首都南公園におもむいて臨時速報をながめていたのだが、突如足元に現れた帽子のかわいいピンク色ゼリー状物体を見た瞬間、『浮かれポンチ状態になりました』。
なので今血眼になって指名手配中の偽サンタを追っている。最大手玩具会社のキャンペーンガールによれば、この偽サンタと社長は不倶戴天の間柄であるらしい。ただの私怨でミッドガルド全域に指名手配をかけるのはいかがなものかとは思うが、引き渡せば多額の賞金と玩具工場特製レアアイテムセットが手に入るのだ。厳しい財政事情を吹き飛ばす救世主の御降臨。私利私欲のために尊い犠牲になっていただこう。
しかし毎年この時期に追いかけまわされるだけあって彼奴も手馴れたもので、必死になってかじりつくわたしを嘲笑いながらテレポートで逃げていく。足止めの祝詞は届かず、メイスが空振る。罪のないポリンが腹いせにかち割られる。いたちごっこをくりかえした挙句バイバイキ~ンと高らかに勝利宣言され、気を腐らせたわたしは、早々に偽サンタ捕獲をあきらめてたまり場にひきあげた。手元には彼奴の遺留品である靴下が何枚か。こんなものでも賞品は出るらしい。引き換えに行くのが面倒なので、他に拾った雑貨と同様古買屋で換金することにした。
一休みしようと木箱の上に読み捨てられたMNN新聞を拝借し目を通す。やはりというかなんというか紙面はカプラ社と玩具会社の提携キャンペーンで埋め尽くされていた。『特製リングに愛を添えて白い思い出をあの人と』という欄を読んでいたとき、ギルドの狩人夫婦が戻ってきた。キャンペーンには参加せず狩りに行っていたらしい。興奮冷めやらぬ旦那はどっかりと腰をおろし、気持ちよさげに大きくのびをした。その手もとがきらりと光る、目をこらすと見慣れない指輪をしていた。特製リングとやらを作ったのかたずねると嫁だけがうなづいた。
「もちろん作って渡したわ。まだ私の分を受け取ってないんだけど」
のびをした姿のまま、旦那が硬直した。
「できれば自発的にお返ししてほしかったから、あえて黙ってたんだけどね」
最後の、ね、をことさら強調する。旦那が真っ青になる。
「行ってきます!」
跳ね起きた彼は、看板に靴下売りますと書かれた露店に向かって猛然と駆け出した。やがて叫びが聞こえてくる。
「高っ!」
「……ふーん、買ってすませるんだ」
悲鳴を聞いた嫁がぼそりとつぶやいた。ニヤニヤしている。
「狩ってきます!」
のんびりと毛づくろいする鷹を口笛ひとつで呼び寄せ、旦那は人ごみのなかに全力疾走で消え去った。特製リングを作るまで帰ってこれないだろう。嫁を見た。ニヤニヤしている。こわい女だ。わたしもニヤニヤした。
ひとしきりニヤニヤすると彼女に挨拶して、露店めぐりに出かけた。祭りが近いので、街はきれいに飾られていた。どの家も金と銀のモールを誇らしげに巻きつけ、星やお菓子やちかちか光る豆光球を勲章のようにさげている。露店の呼び込みの声も普段よりも大きく、行きかう人々の足取りはせわしなく、そして軽い。
「どうも」
きれいにラッピングされたプレゼントボックスを眺めていたら声を掛けられた。振り返るとよく狩りに同行するローグだった。目の下にくまができている。おつかれですかとたずねると返事の代わりにため息がかえってきた。
「偽サンタ逃げ足速すぎです……」
彼は肩の荷物をおろし、街頭に寄りかかった。偽サンタにさんざん馬鹿にされたうえに、賞品でもらったプレゼントボックスにはガラクタしかはいっていなかったそうな。骨折り損のくたびれもうけとはこのことだとまたため息をついた。We Love Rogueと刻まれたジャケットも薄汚れている。
「あの会社もそろそろ経営やばいんですかね。去年はもう少しいいものを配ってた気がしますが、今年の福袋は全敗でしたよ」
「去年は引換条件が厳しかったでしょう。けど工場内の魔物も駆除されないままだし、実際なんでまたあの会社が続いてるのかは理解に苦しむところですが」
「外注まかせなんでしょう。まったく、すなおに売ればよかった。そのまま売るだけでも結構な値段だったろうに」
「いま……くらいですかね」
「ええ?昨日は……でしたよ!値崩れ激しいなあ!」
「昨日の今日でこれだから明日はさらに値下がりしてると思います」
「勘弁してくださいよ、俺もうすぐ3人目が産まれるのに」
彼は大げさな身振りで頭を抱えて見せた。日に焼けた手に結婚指輪が光る。
「あ、そうなんですか?おめでとうございます」
「どうも。うれしいけど正直きついですわ。春には上の子が学校に上がるし」
「おや、学校に行かせるんですか?学費だけでも随分かさむでしょう」
「そうなんですよ。ローグの息子に学問なんかさせたってしょうがないだろうって言ったんですけどね。おとなしく本読むようなタマじゃないっすよ、あいつは」
わたしも何度か彼の長男に会ったことがある。肌寒い日だったがツギハギだらけのシャツ一枚で、するすると庭先の木に登り、そこから屋根の上に飛びのってみせてにかっと笑っていた。
「女房ときたら、息子にゃあんたみたいな暮らしは絶対させないなんて息巻いちゃってねえ。もう親父は針のむしろですよ」
「ああ世知辛い世知辛い」
ふたりそろって首を振る。ふと彼が顔を上げた。
「そういえば、妹さんはお元気ですか?」
「妹ですか。元気ですよ。最近彼氏が出来たらしくて」
「おや、いいことじゃないですか」
「無断外泊が増えましてね……」
「ははは……」
「ええもう15なんだしそういう年だってのはわかってますけど、待ってる身としては心配で。相手はどんな奴なのかとか、ひょっとして悪い男にだまされてるんじゃなかろうかとか、よくないほうにばかり考えてしまって。もうあいつに何かあったら天国の親に申しわけなくて」
「あなたの妹さんならきっと大丈夫ですよ、ええ」
「そうでしょうか」
「信じてやりましょうよ」
「そうですねー……」
何かいいことありませんかね。彼がぼやく。
わたしは答えが見つからなくてポケットに両手を突っ込んだ。もそりと違和感がある。引っ張り出すと靴下の入った袋だった。引き換え用に別にしておいたのを思い出す。
「ルティエ、いきますか」
「ルティエですか」
わたしがうなづくと、彼もヒップバッグの中に手を入れた。やがて何枚かの汚い靴下が引っ張り出される。
「よし、ついでだしこれも箱にしてしまおう」
決まった。
わたしたちは人ごみからはなれ、移動用のワープポータルを開く。空間をつなげ、アルデバランを経由して雪の町ルティエへ到着した。アットホームな玩具会社オフィスにたどりつくと、そこは冒険者で混雑しており、誰も彼もが異臭のする靴下を手にしているものだから、熱気と悪臭で鼻が曲がりそうだった。
なるべく深呼吸しないように気をつけながら、靴下とプレゼントボックスを交換してもらう。わたしは2個。彼は3個。つるっとした四角い箱を抱えて行列からはずれる。きついにおいに弱いわたしは軽く頭痛がしてきたため、彼とともにカプラ嬢の控える隣の部屋へ避難した。そこは隣に負けず混雑していたが、あの靴下がない分まだ救われた。
「へえ、ラッピングサービスなんかやってたんですね」
彼が忙しく働くカプラ嬢を見てそう言った。
「今年はカプラ社の協賛だそうですよ」
「なるほど」
カウンターの奥は戦場だ。カプラ社の誇る有能姉妹たちがせいぞろいし、殺到する注文をさばくため一心不乱に包みつづけている。派手な色合いの包装紙や照り輝くリボンが彼女たちの手元に引き込まれるや否や、味気ない灰色の箱が目も覚めるようなギフトに変わる。
「……番のお客様、お待たせしました。どうぞお受け取りください」
ディフォルテ嬢がよくとおる声をあげる。剣士の少女があわててカウンターへかけより、赤と黄色のプレゼントボックスを受け取った。少女はわたしたちの横を通ってドアの向こうへ消えた。そのりんごのような頬。瞳はきらきら輝き、隠しきれない喜びに微笑んでいた。きっとあの箱は、誰かに手渡されるのだ。明るい笑顔と祝福の声とともに。
何故だろう、わたしまでふくふくと優しい気分になってきた。
隣を見ると彼も同じ思いをしたらしい。ばつが悪そうに笑った。
「売りますか?」
「売ったほうがいいですよね」
「どうせろくなもの入ってないでしょう」
「開けても仕方ない」
彼がニヤニヤしている。わたしもニヤニヤしている。お互いに伺いあう。どちらが先に一歩を踏み出したかは覚えていない。
「ラッピングお願いします」
わたしたちは同時にカウンターへ向かい、手持ちの箱をすべて受け付けのテーリング嬢に渡した。たいして待たされることなく、わたしたちはきれいにラッピングされた箱を手にした。わたしの箱は夏と冬の空の色、彼の箱はもみの木とりんごの色。リボンの下には名前の入ったカードがはさまれている。
「あーあ、やっちゃった」
「あーあ、女房に叱られる」
「いいじゃないですか」
祭りが近いんだから。
わたしは彼に向けて箱を差し出した。
「いつもお世話になってます」
彼もまたひとつわたしに寄越した。
「こちらこそ。今後ともよろしく」
受け取ったプレゼントをさっそく開封する。ぱりぱりと幸せな音をさせながら包装紙がはがされていく。
「サファイア」
「オパール」
「やっぱりろくなものじゃなかった」
「まったくろくなものじゃなかった」
こらえきれなくなって、わたしたちは笑い出した。周りの人が振りかえり、少しの驚きのあと得心の微笑を浮かべる。
「よし、毒食わば皿までだ」
彼は壁の自動販売機で銀の指輪を買い込むと、奥の人だかりにむかった。天井近くに、特製リングお作りします、の看板があった。しばらくして戻ってきた彼は小さなビロードの箱を大事そうに抱えていた。わたしと目があうと照れくさそうに笑う。
「馬鹿な買い物してって言われるだろうなあ」
そうでしょうねと相槌を打ったわたしは、やっぱりニヤニヤしていた。
彼とルティエを離れ、ギョル渓谷で日が暮れるまで狩りに励んだ。明日の予定をとりつけて別れる。彼がはりきっていたせいか、懐がいつもより暖かかった。
家に戻ると妹がソファを占領し、ポテチをつまみながら雑誌を読んでいた。
「おなかすいたー」
第一声がそれだった。
「ご飯くらい作りなさい。女の子でしょう」
「いいじゃんべつにー。今日はみーくんとサンタおっかけててすごい疲れちゃったんだもーん」
わたしは法衣の上からエプロンをし、流しに立った。まな板の上に妙なものがおいてある。夕焼け色の箱に、お日様色のリボン。いつもありがとうと金色のペンで書かれたカードには妹の名前がはいっている。
「おーい、これ兄ちゃんにくれるのか?」
「余っただけだもーん。べつにおにいちゃんのために作ったわけじゃないもーん」
「ありがとな」
返事はなかった。妹はぷっと頬を膨らませて自分の部屋に戻っていった。少し顔が赤かった気がする。わたしは荷物の中から昼間のプレゼントボックスを取り出す。
「おにいちゃーん」
部屋から妹の声が聞こえてきた。
「イブの夜はみーくんとルティエ行くからさ、アルデバランまで送っていってよ。ぽたあったでしょー?」
「はいはい」
わたしは妹の席にきらきら光る空色の箱を置くと、鼻歌を歌いながらじゃがいもを洗い始めた。