3杯目のカップを空にしたところで、窓の外に少女がいることに気づいた。
高層ビルの一室で仕事をしている。
仕事といっても軽い打ち合わせで気楽なものだ。
オフィスはとても広く、四方がガラス張りになっている。
欧米風で壁がなく、個人のブースは観葉植物で仕切られており、天井は吹き抜け。角ばったデスクに混じって休憩用のアームチェアが置いてある。ずいぶん高いビルらしい。窓からは街が一望できる。
紙をまとめる音、ペン先がすべる音、キータッチに衣擦れの音、まばたきの気配。皆自分の仕事に打ち込んでいる。僕はといえば商談相手が予定より遅れてくることになったので、とりたててやることもなく紅茶を飲みながらのんびりしている。
3杯目のカップを空にしたところで、窓の外に少女がいることに気づいた。色は白く、目は緑色、色とりどりの花でできた冠をかぶり、白いワンピースを着ている。そんな少女がガラスに両手をつけて、こちらを興味深そうにのぞいている。あまりに熱心にのぞきこんでいるので何かあるのかと思って少女の視線の先を探したが、めぼしいものは見当たらなかった。
ふたたび少女に視線を戻すと、ふたりに増えていた。顔も背格好も同じ少女がふたり、ガラスの向こうからこちらをのぞきこみ、時折顔を見合わせて何事かしゃべってはうなづきあっている。よく見るとむかいの窓にもそっくり同じ姿の少女がいるではないか。彼女は僕と視線があうとぺろりと舌を出した。
首をひねって左右の窓を見るたびに少女は増えていった。数が増えるにつれて彼女たちの服はきらびやかになり、花冠は豪華になっていく。
「春ですね」
聞き覚えのある声に振り向くと、商談相手が立っていた。
「春ですか」
「ええ、春です。今年はずいぶんと遅れたようでしたが、これで安心しました」
彼は窓の外の少女たちをまぶしそうに見つめた。ふと気づくとオフィス中の人が手を止めて窓の外を見ていた。少女たちと目をあわせると、口元に明るい微笑を浮かべ、また自分たちの仕事に戻っていく。
「それじゃ始めましょうか」
商談相手が書類を取り出し、僕は襟を正して椅子に座りなおした。
僕らのうしろでは少女たちが手をつないで一列になり、歌い踊り、花びらをまきながらビル街の空を渡っていった。