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System All Green byまなか陸

 
 ※お題『ゲームマスター』
 ※まなか陸 (Ridiculus
 
続き
 
 

 
 
窓の外は、三流の詩人なら「宝石箱をビロードの上にぶちまけたような」とでも表現するんだろう星の海。
俺は明日から、あの隅に見える、緑に光る星へ配属される。
向こうで使う道具なんかははもう荷造りして送ってしまった。今頃向こうの本拠地に着いている頃だろうと思う。
ぼんやりと星海を眺めていたら、友達が特別支給品を預かってきた。

「ほら、剣とクリップ。クリップは落とすととんでもないことになるから気をつけるんだぞ」
「了解……あー、剣が調整されてるー」
「ダメだったか?刃こぼれしてたから研ぎ依頼出してたんだけど……向こうではお前の命を守る道具だから粗雑にするなよ」
「ういうい。感謝感謝」
滑らかな刀身。オリデオコンで限界まで精錬された、透き通る青が美しい。クリップは、向こうで普及しているものとは
ちょっと違う、綺麗な緑色。
「あと服。明日転送機に乗るときには着て来いって」
「らじゃり」
金糸で縫い取りされた白い服。向こうの文化に合わせて、マントを着るような大時代的な服装になる。
「あ、なぁ。見せ合いっこしないか?」
「お、いいねぇ!」
俺は17、向こうは18。ほんとはこんなにはしゃぐ歳じゃない。でも今日だけは大騒ぎしたかった。
俺たちの騒ぎを聞きつけて仲間たちがぞろぞろやってきた。全部で12人。

明日には、ちりぢりばらばらになる、俺たち。今宵このまま、時が止まれば良いのにと切実に思う。
騒ぎは深夜まで続いた。この日ばかりは煩い棟長も、渋い顔の上官も何も言ってこない。
明日からの任務はそれほど厳しく辛いものだという裏打ちだ。誰しもがそれを悟っているけれど口には出さない。
窓の外は相変わらずの星の海だった。

スカイラブ「グラヴィティ」
十の星を抱いた星系に人の住める環境を開拓し、その行動を研究するという通称ラグナロク計画を遂行している。
いつか死の星系と化す地球の代替になる星を探すための研究だと聞いている。
ここに来る人間は、地球で厳しい試験を受け合格するか、強引に推薦されて仕方なく来るかのどちらかだ。
俺は後者。正直言って前者でやってくる人間には首を傾げてしまう。誰にも言ったことはないけれど。

ラグナロク計画を提唱した科学者がこんな言葉を残している。
「人生はゲームであり、我々はそのゲームを統べる者となるのだ。いわばあの星での神となる」
故に俺たちはあの星で「ゲームマスター(GM)」と呼ばれる。
あの世界では真っ白な織物は、下着のような小さな布地に限られ、ウェディングドレスなどは一般人の年収一年分以上に
相当するほど高価なものということから、服装は全身白づくめ、かつあの世界には存在しない金糸の縫い取り。
そして襟元には緑のクリップを挿す。神の力の源、Crip of System All Green. 
やれやれ、明日には神になれるというのに全く嬉しくない。そっと廊下に滑り出て手に持っていたコップの中身を空にする。
すると肩を叩かれた。振り返ればそこには友人。

「カソウ」
「ほい?」
俺のコップにそっと、葡萄の香りがする淡い金色の液体を注いでくれる。口に含むとほのかな酸味と芳醇な芳香、はじける泡。
「幸運を祈るよ」
奴も自分のコップにそれを注いで飲み干す。
「やだなー。任期終わったら戻ってくるってば」
「お前、どじだからさ。へまやって二度と帰ってこなさそうで」
「失礼な」
笑いがこぼれる。明日から惑星ビジョウに派遣される友人カイト。笑ってはいるが、カイトが行くビジョウは最近発見され、
いまだ発展途上にある未開星。一方俺の行くリディアは最近急激な発展を遂げ、さまざまなゆがみやひずみが出始めているとの
報告がなされている危険星。
俺の前任者は、とうとう帰らぬ人となってしまった。事故死なのかそれ以外の理由なのかははっきりしないけれど。

しばし無言で外を見つめる。視界の端に一筋の細い光が流れ落ちる。静寂があたりを満たす。
カイトのペイルブルーな髪が廊下の明かりに照らされ、宵闇の色にけぶっているのが美しい。
「何じっと見てるんだよ」
微かな苦笑を含んだ、髪と同じ色の瞳で見つめ返され、どぎまぎする。
「あ、いや……。綺麗だな、と思って」
カイトは大げさに身震いした。目には笑いが宿る。
「俺はそういう趣味はないぞ!酔ってるのか?」
俺も笑ってしまった。
「俺もないって。いやなんでだろうな?なんだか妙に名残惜しい」
「やめろよ、縁起でもない」
そうだね、と苦笑いした。考えるのは止めよう。
「んじゃ、一年後に」
「ああ、元気で」
任期の間は、惑星爆発でも起こらない限り、ここに戻ってくる事は許されない。本当に、きっかり一年後でなければ会えない。
さぁ、明日は早い。ゆっくり寝ておかなくては。
とは思ったが、俺の部屋は酔いつぶれた奴らで死屍累々。仕方なくカイトの部屋に雑魚寝させてもらった。
寝ようと思ったが結局二人とも目がさえて、結局朝までやくたいもないことを語り明かしてしまったのは
きっと良い思い出になるだろう。

「そういえば、お前のカソウって言う字、どう書くんだ?」
「花を想う。俺の故郷は核誤爆で死の大地になったから」
「ああ、なるほど。でもその字じゃ女の名前じゃないの?」
「体、弱かったんだ。……えーと、俺の住んでたとこでは、体の弱い子供には異性の名前をつけたんだ」
「へー」

浅くわずかな眠りに落ちる前の、最後の会話。目覚めたらすでにカイトはいなくて、俺もあわてて支度して
転送ルームに向かった。
裾に金糸の刺繍を施した、滑らかな純白のローブ。ぴったり合ったマント。胸元には忘れずクリップ、腰に帯剣。
「花想=イリオロイド、辞令に基づき惑星リディアへの転送を願います」
足元に飛沫を上げて光るワープポータル。目を閉じる。

さぁ、神様業務のはじまりだ。

目を開けるとそこは石造りの部屋だった。一人の少女がこちらを見ている。腰までの桃色の髪。
「花想さんですね?」
「そうです」
少女は手元の紙に視線を落とした。
「はい、確認しました。ちょっと動かないで……GM01978-Kasou=Irioloid.」
再び目を上げた少女が、俺のクリップに指を沿わせて呟く。GMコードといい、俺たちゲームマスターの識別子だ。
彼女はしばしそのまま静止し、それから指を離してにこりと微笑む。
「はい、動いて宜しいですよ」
ちょっと襟を引っ張ると、クリップの効果名の上に俺の名が、一体どんな手段なのか精緻に彫り込まれていた。
「私のGMコードはGM-0007。優良=セルリアと言います。惑星リディアGMチームのサブリーダーを務めています」
確かに彼女のクリップにも Yura=celrea. と刻まれている。数字が恐ろしく若い。という事は相当な大先輩だ。

こちらへどうぞ、と促され、狭い部屋に一つだけあった扉をくぐる。ひんやりとした空気。
「ここはこの世界の最大都市である、ルーンミドガルツ王国の首都プロンテラにある王城の地下です」
言われてあわてて知識を脳裏で整理する。
「今居るのは地下14階です。これから他のゲームマスター達の常駐する地下5階まで上がります」
突き当たりにある壁の一部をそっと撫でると、いきなり床が浮き上がる。驚いて上を見上げると四角い穴。
「14階は今回のあなたみたいな、新規の方専用の部屋しかないので、めったに使いません」
「新規じゃない人の部屋もあるんですか?」
「ええ、私達がテレポートで戻ってくる専用の部屋がいくつかありますよ」
全部同じ箇所だと万が一の場合一網打尽にされることを恐れて、らしい。感心していると、がくんと浮上が止まる。

「着きました。地下5階です」
そこはかなり明るかった。まだ電気というものがないこの世界では、明るい地下というのは大変珍しい。廊下のあちこちに
輝煌球という、ブルージェムストーンを原料とした熱を持たない灯が浮かんでいる。単価が高いので一般家庭はおろか
貴族や王族でも限られた場所にしか使わない大変な貴重品である。しばらく歩くと突き当たりに扉があった。
彼女は軽くノックして扉を押し開ける。
「お待たせしました。今日から私達の一員になる花想さんです」
そこには数えるほどしか―――正確には6人しか人が居なかった。俺は思わず優良さんに耳打ちする。
「あの、これで全部ですか?」
振り返った彼女はなんともいえない表情を浮かべていた。強いて言うなら「悲しみをたたえた笑み」かもしれない。
「ええ……残念ですけど」

―――人口7千の星に統率者がわずか…俺も入れて8人。何の冗談かと思った。でもこれが現実で。

それから10ヶ月が過ぎた。たった8人で7千人を統率するのは想像していた以上の難行だった。
リディアでは最近、魂を抜き取られ操られ、殺戮を繰り返す集団が頻繁に現れていたから、その難行がさらに度を増していた。
一体どんな術を使うのか、一度魂を抜き取られたものはまずもって元に戻らない。よって俺たちが与えられるのは
永遠の眠りのみ。一日に3体を始末するのが精一杯なのに、数は日に日に増えているようだった。
そしてリディアにGMが少ないわけも分かった。こいつらを処理する時に、誤って殺される人間が多いんだ。
実際、この10ヶ月で同僚の3人が死んだ。この言い方は好きじゃないけど、補充されるまでの間、目が回るほど忙しかった。
こちらも全力を挙げて相手を捕獲するんだけど、向こうも向こうで日々どんどん進化してて、いたちごっこ。
強制ワープポータルを避ける。Wisは無視する。こちらの姿を驚くほど遠くから見極め姿をくらます。
余りに状況がはかばかしくないのに業を煮やした上層部が取り入れた新スキルすらあっという間に解析されてしまう。
こんな仕事、よくも立候補する奴が居るもんだと素で思った。
神様なんてやるもんじゃない。これが俺にとっての素直な感想。
他の惑星……たとえばバルダーなんかは、人が多いしやたら働くゲームマスターがいるそうで、
ここまでの惨状を晒しているのはリディアだけだった。

一年がすぎようと言う頃、俺の前任者がどうなったかを聞いた。俺の前任者は―――

「その格好、見るのは久しぶりだなぁ」
その男は綺麗な金髪をしていた。森の緑を宿した瞳。
「ちょっと頼みがあるんだけど……」
男は足元に横たわる銀髪の少女を指差す。
「僕とこの子を首都まで送って欲しいんだ」

ルーンミッドガルツとシュヴァルツヴァルトから巨額の金が一人のゲームマスターへ流れたという。
過去のゲームマスター中最高峰の術者。天才的ともいえる技術と頭脳。

「嫌…とは言わせないよ。僕はまだこれを持ってるからね」
指先に抓まれた、常緑の煌き。
「あいにくとポタメモ、首都消えちゃっててね」

にこりと微笑む笑顔。女の子なら10人中8人はうっとりするだろう。
彼はその技を誇るでもなく控えるでもなく、ただ大喜びだったという。子供が、素敵なおもちゃを手に入れたときのように。
だから彼はこう呼ばれていた。

「あなたは……Ra―――」

瞬間、即頭部に衝撃を感じた。重く、砕け落ちそうな痛みが弾ける。
「人の名前を安易に口走るもんじゃないよ?」
軽く微笑みさえ混じった声。
「とりあえず時間がないから借りるね」
襟元をまさぐられたのを最後に記憶が途切れて。

それから2週間後に帰還してすぐ、俺は退職した。それっきりあのスペースコロニーにも、もちろん惑星リディアにも
行っていない。
俺の友人たちは、神様になったことを羨み、何故戻らないのかと不思議そうに何度も聞いてきた。
そのたびに俺は苦笑いする。

人を裁くということは決して易しいことではない。むしろ辛い。やむにやまれず裁かれるようなことをしている人もいる。
だから時には慟哭の叫びを聞くことだってある。
再会を誓ったカイトは、その叫びを聞くのに耐えられず、半年で神経衰弱を起こし辞めたそうだ。
同時に思うことがある。あの人は何故、こちらの世界を捨て、あえてあちらの世界にとどまることを選んだのか。
そしてグラヴィティは、何故あのクリップを持たせたままなのか。
それは一介の「人」には知るべきでない謎かもしれない。
 

 
 
 

脳内ルールである「いかに違和感なくROの世界を表現するか」にこだわってみました。
発想の元ネタは、強いて言うならラグナロ娘?
ROの根幹にかかわる存在でありつつ私達プレイヤーとも同じ視点で物を見ている人も
いるのかもしれない、という仮定の下に話を組みました。
緑クリップは、持てば不可能は何もなくなるクリップ。欲しいです切実に。

設定が気に入ったので、拙作の一部とリンクさせています。
2003.10.06 まなか陸(Ridiculus)